2章(2) 空港へ
翌日、鋭斗は中級の「雷の玉を撃つ魔法」を覚えた。家に帰り旅支度を整えると、16時を回っていた。
さっさと駅へ行き、電車に乗る。
空港があるのは海沿いの街の埋め立て地だ。首都から北西に電車で1時間のところにある。よく遅延する路線だ。
電車に揺られて40分が経った。鋭斗は眠くなってきて、寝ようかどうか迷っていた。
その時。
ギイイイィィィ
耳障りな音を立て、電車が緊急停止した。
車内アナウンスで何か言っているが、音が割れていて聞き取れない。
(あー、また遅延……)
あくびをしながら思っていると、車掌が前の車両から入って来た。
「お客様の中に魔導師の方はいらっしゃいませんか」
言いながら通路を歩いていく。
「あ、俺、魔導師です」
鋭斗は慌てて言った。座席に座ったまま。
「よかった、どうか線路上の魔物を倒してください。この電車代はタダにしますので!」車掌はほっとしたように言い、鋭斗の近くの扉を開けた。
「あ、はい」
鋭斗は思わず了承し、席を立った。
窓からは見えなかったが、外に出て見ると、なるほど、魔物がいる。線路の上で、モコモコした物体が丸まっているのだ。電車の前面と同じくらい大きい。
(……倒せるかな)
安請け合いしてしまったが、どのくらいの強さの魔物か分からない。
覚えたばかりの中級攻撃魔法を放ってみた。魔物に雷が着弾。
表面の毛を焦がしただけだった。
(げっ)
これは、かなり強い魔物なのではなかろうか。不安が押し寄せる。
丸まっていた魔物が、のそりと動いた。じろりと鋭斗に目を向ける。
(目がある⁉)
こういう時こそ目くらましの出番だ。魔物の目の前に土煙を充満させる。
すると突然、魔物の姿がかき消えた。
「っ⁉」
咄嗟に跳び上がる。電車の上へ。
その瞬間、上から魔物がズシンと落ちた。ついさっきまで鋭斗がいた場所に。
「電車出してください!」
鋭斗は叫んだ。必要なのは線路上から魔物を退かすことのはずだ。
「俺じゃ倒せません!」
はっきり告げると、電車がゆっくりと動き始めた。
魔物を見据える。電車の上に落ちてこられるとまずい。タっと駆け、魔物に飛び乗った。
「……」
魔物の上は、ふわふわしていて心地よかった。
(……って、そんな場合じゃない!)
そう思った時、突如として景色が変わった。
少し遅れて、魔物が跳び上がったのだと気付く。
落下。
息が詰まる。
ズシン。
「……っ、はぁっ」
これを繰り返されたらしんどい。死にはしないだろうが、凄く疲れる。とはいえ、魔物から降りるわけにもいかない。リスクが高まるからだ。
(倒せないって宣言したけど……)
まだ試していないことがあるのを思い出した。
柔らかな毛にラトゥール鎖を緩く巻き付ける。その上に氷塊を落とした。魔物はそれを意にも介さず、また跳び上がり、落ちる。
鋭斗は荒く息を吐きながら、氷塊めがけて上から風刃を叩きこんだ。
ズバッと魔物が真っ二つ……にはならなかった。上から3分の1ほど斬りこんだところで止まってしまったのだ。
(でも、ダメージは与えた!)
手ごたえを感じながら、再び同じことをしようとして
「いっ⁉」
突然の痛みに声が漏れた。柔らかかった魔物の毛がいくつもの束になり、針のように固く尖っている。様々な方向を向いているそれが、刺さっていた。手に、腕に、脚に。
胴に刺さらなかったのは運が良かったといえるだろう。
下手に動けば余計に痛くなりそうだ。いや、痛いだけで済むのか分からない。
(さっきと同じことなら、この状態でも出来る……!)
なるべく体を動かさず、ラトゥール鎖、氷塊、風刃。同じ場所に、立て続けに。
魔物が何か別の攻撃をしようとしている気がした。急げ。早く倒してしまえ。
必死に連ねる。風の刃がようやく魔物を切断しきった。
魔物が消えていく。毛ごと動ける状態になったので、魔物から飛び降りた。
刺さっていた毛も消えていく。
(これ、どうなんだ……? 大丈夫なやつか、ヤバいやつか……)
出血量がどうなるか。それが問題だ。
予定通り回復魔法を覚えられていれば、何の心配も要らなかったのに。
とりあえず寝転んで、患部を心臓より高い位置になるようにしてみた。
(早く誰か来てくれ)
絶対に、ランクの高い魔導師が来るはずなのだ。
そうして何分か経った頃、
「あれ、魔物は?」
声がかかった。30歳くらいの男だ。魔導師だろう。
「倒せた」
鋭斗が答えると、
「倒せないって言ってたって聞いたけど?」
男は苦笑しながら回復魔法をかけてくれた。
「ありがとう。いや、本当に倒せないって思って……運が良かったんだと思う」
「運は悪くね? 魔物と遭遇してる時点でも、その魔物が強かったって点でも」
「じゃあ、不幸中の幸いだったってことで」
言いながら、鋭斗は立ち上がった。そして、
「あ!」
思わず声をあげてしまった。荷物。電車の座席に置いたままだった。すると、どこかへ立ち去ろうとしていた男が
「おっと言い忘れてた。荷物は次の駅で預かってもらってるってさ。車掌に伝言頼まれてたんだ」
と言った。
「それは良かった」
鋭斗は安心して、線路沿いを歩き出した。10分ほどで駅に着き、荷物を受け取り電車を待った。
ようやく目的の駅に着くと、時刻は18時半だった。
夕食を売店で買い、外に出る。ホテルが目の前にあった。
破れて血の付着した砂まみれの服で入るのは気が引けたが、仕方がない。
フロントに行き、
「予約してないんですけど……」
声をかけた。
そうして一番安いシングルルームにチェックインした鋭斗は、部屋のドアを開けるなり
「狭っ」
と呟いてしまった。
(……いや、シングルだとこれが普通か)
どうにも感覚がおかしくなっている。寮の部屋がホテル風なのに広いからだ。
その夜、鋭斗は夢を見た。
飛行機の窓際に座り、外を眺める。主翼に遮られ、景観は良くない。
その主翼が突然、燃え上がって吹き飛んだ。
鋭斗は愕然とした。嘘だろ、と口だけ動かすが、声にならない。
機内を見ると、先ほどまでいた乗客が姿を消していた。誰一人いない。
どうなっているのか、と考える暇も無く、飛行機はバランスを崩し墜落していった。
ピピピ、ピピピ、ピピピ
その音で、鋭斗はいっきに現実へ引き戻された。備え付けのアラームの音だった。
背中が汗でびっしょり濡れている。大きく溜息を吐き、
「縁起悪い……」
ぽつりと呟いた。
最近、変な夢をよく見る。いや、毎日だ。昨日は誰かに崖から突き落とされたし、その前は蜂に刺されて……。
(6日連続だな。これは新記録)
鋭斗が夢を見るのは週に3回程度だった。たまに連日見ることがあり、今までの最高は5日連続だ。
(何連チャンいくかな)
謎の期待をしつつ、そろそろ楽しい夢も見たいな、などと思った。
素泊まりだったので、どこかで朝食にしようと歩き回る。開いている店がなかなか無い。
強い風が吹きつけて、体感温度を下げている。早く店に入りたかった。
ホテルの南を見て回っていたのだが、そもそも店が少ない。駅ビルはあるが開店時間が遅い。諦めて、一旦ホテルに戻った。
(空港の中にあるか?)
そう考え、ホテルの中を北へ通り抜ける。
ホテルから出た先には空港へ繋がる動く歩道があった。その上を歩いて行く。
空港に着くと、やはり開いている店があった。
(コンビニ⁉)
雰囲気から品ぞろえまで、いかにもコンビニエンスストアな店。それが、遠くに見える。右を見ても、左を見ても。
(……って、何で品ぞろえまで見えるんだ)
目をこすってもう一度見る。パン、雑誌、弁当、飲料、……。
見える。
(え、俺こんな視力……あ、レスカーダ化の影響か)
全く気付いていなかったが、視力が凄く良くなっているらしい。ここまで変わっていたら、もっと早く気付いてもよさそうなものだが。
(……あ、見ようと思わなければ見えない)
どうやら視力が可変になっているようだ。だから気付かなかったのだろう。なんだか笑えてきた。
右側のコンビニに行き、パンとペットボトル水2本をカゴに入れる。それをレジに持って行き、カウンターコーヒーを注文した。
品を受け取り店を出て、近くの椅子に座る。南を向く形になった。正面の壁は透明だ。
パンを食べながらコーヒーを飲み、外を眺める。ホテルに遮られて街は見えない。少し残念に思った。
朝食を終え時計を見ると、6時を少し回っていた。そろそろフィノーラとの集合場所へ行く時間だ。
フィノーラとは保安検査場前で6時20分集合ということになっていた。メモに追伸として書かれていたのだ。




