幕間 美恵莉とメルシャの休日
10月8日。美恵莉とメルシャは商店街を歩いていた。
「じゃあ、メルシャが問題を出すから、答えてね」
「えー……遊びに来てまで勉強?」
美恵莉が不満の声を上げるのを、メルシャは無視した。
「牛肉はどこから輸入しているか。多い順に3か国答えよ」
「……B国、島国、A国?」
「それは鶏肉だよ。牛肉は、B国、A国、D国」
「あー、そっか……そんな情報要る?」
「うん。小テストに出るんだ。ミエリは数学と理科は悪くないのに、社会だけ引っかかって缶詰めになるのはもったいないよ」
メルシャの言葉に、美恵莉は苦笑いした。数学と理科は中学校で習う内容と大差ない。時折高校レベルも混ざるが、小テストで合格点は取れていた。しかし、社会は全く違う。
「だって、全然知らないんだもん」
地理、歴史、現代社会。どれをとっても、美恵莉にとっては複雑怪奇で覚えづらいものだった。
「あ……そう、だよね」
メルシャは申し訳なさそうに言った。美恵莉が異世界から来たということを失念していたのだ。
「特に歴史がわけ分からない! 難しすぎる! あ、でも、この1文だけは覚えたよ。この大陸が20以上もの国に分かれていた頃、異能力者と呼ばれる者たちが戦争に影響を及ぼした」
「それだけ覚えても意味が無いと思うな……あと、戦争に、じゃなくて、戦局に、だよね?」
「あっ、そうだった。……いくら私でも、それだけ覚えたってわけじゃないよ? A国の建国に携わった人はトルム! 合ってる?」
メルシャは苦笑した。歴史の流れを理解せず、単語だけで覚えているようだ。
「合っているよ。その人、メルシャのご先祖さまなんだ」
「そうなの⁉」
美恵莉は驚いてメルシャを見つめた。まさか、歴史上の人物を祖先にもつとは。
「証拠は無いんだけどね。お父さんが言っていたんだよ」
そんな話をしながら、2人はゆっくり南へ進む。
商店街に来た目的は、雑貨屋巡りだ。可愛らしい小物やアクセサリーが並んでいるのを見るだけでも楽しい。もちろん、気に入った物があれば買うつもりだった。
雑貨店を見つける度に入っていく。
「見て、これ可愛い!」
美恵莉がマグカップを手に取って言った。花に埋もれるようにして猫が座っている絵。花弁の形を模した持ち手。
「可愛いけど、使いにくいかもって思っちゃうな」
「使わないよ? 部屋に飾るの」
マグカップを飾るという発想が理解できず、メルシャはきょとんとした。
「でも、ちょっと高すぎるかな」
値段を見て、美恵莉は買うのをやめた。
何件も雑貨店を見て回ったところで、目についた店があった。パワーストーンを売っている。
「ここでお揃いの何か買わない? 結局何も買ってないし」
美恵莉が提案すると、メルシャは頷いた。
加工された石がストラップや髪飾り、指輪、ネックレス、ブレスレットなどになって売られている。
「何にする?」
「メテロサイトが良いな」
メルシャはパワーストーンの名前を答えた。美恵莉は初めて聞く名前に首を傾げる。
「これだよ。脳を活性化させるっていわれているの。色が好きなんだ」
銀色のざらざらした石を手に取って、メルシャは言った。角度によって緑や青に見える。
「本当に効果があったりする?」
美恵莉は尋ねた。魔法のある世界のパワーストーンなら、実際に何か力があるのでは、と思ったのだ。しかしメルシャは
「実証された効果は無いよ」
きっぱりと答えた。
「そっかー。そうだよね。じゃあ、これ買う?」
美恵莉はネックレスを指さして言った。メテロサイトが小さなビー玉のような形に加工され、ペンダントトップになっている。値段も手ごろだ。
「うん、それにするよ」
メルシャの返事を聞き、美恵莉はそのネックレスを2つ持った。そのままレジに行き、購入する。そして1つをメルシャに渡した。
「えっ、自分の分は自分で払うことになっていたはずだよね?」
メルシャは戸惑いながら受け取る。
「気にしないで! 勉強教えてもらってるお礼と、年上の意地だから」
「……ありがとう、ミエリ」
話しながら店から出ると、目の前を猫が歩いて行った。ふわふわした薄茶色の毛を揺らしている。
「可愛い……!」
呟きながら、美恵莉は猫の後ろについて歩く。メルシャも追いかけた。
猫は速度を上げたり下げたりしながら進み、やがて路地へ入った。2人はそのまま猫を追う。
しばらく歩いたところで、メルシャは美恵莉の手を掴んで引いた。
「? どうしたの?」
美恵莉は猫に夢中で気付いていなかったが、前に人がいる。
「お嬢さん方、良いところに来た」
その人が言った。仮面をつけた、いかにも怪しい風貌の人だ。目深に帽子を被り、体格が分からないような服を着ている。声から男だと分かった。
「メルシャたちは魔導師見習いなんだよ。何か変なことをしてきたら、魔法で攻撃するからね!」
警戒心をむき出しにして、メルシャは美恵莉の前に出た。
(変な格好だなー)
美恵莉はのんきにその男を眺めていた。
「心外だなあ」
男はクツクツと笑って言う。
「ただ、これを受け取ってほしいだけさ。連れと行くつもりだったのが、都合が悪くなってね」
2つの小封筒をひらひらと振ってみせた。
「どうしてメルシャたちに渡そうとするの?」
「捨てるのも勿体ないし、1人で行くのも味気ない。だから誰かにあげようと思っているところに、お嬢さん方が来たのさ。他に理由が必要かな?」
メルシャはどう判断すれば良いか分からず、無言で男を睨んだ。
男はまたクツクツと笑うと、封筒を地面に置いて路地の奥へと去った。
「魔道具ランド?」
美恵莉は封筒に近付き、書いてある字を読んだ。
「B国にあるテーマパークだよ」
言いながら、メルシャは封筒を開けた。チケットと航空券が入っている。美恵莉も封筒を開けた。
「あー、平日だね」
券に書かれた日付を見て、美恵莉は残念そうに言った。
「休日だったら行く気だったの? 怪しいのに」
「見た目が怪しかっただけで、言ってたことは普通だったよ」
「ミエリはもっと警戒した方が良いと思うな……」
2人はしばらくの間、これをどうするか考えていた。捨てる、誰かにあげる、金券ショップに持って行く……。
「兄さんとフィノーラさんに渡そうかな」
美恵莉が名案を思い付いたように言った。
「ミエリはフィノーラさんと知り合いなの?」
メルシャが意外そうに聞く。
「最近仲良くなったよ」
美恵莉はさらっと答えた。
「それより、兄さんに渡す時に色々聞かれそうだから、メモしてくれない?」
「色々って何かな……え、どうしてその2人なの?」
「兄さんが気になりそうなこと! 私にはあんまり分からないけど、メルシャなら分かるんじゃない?」
「分かる……かな? 情報を書くのは良いんだけれど、どうしてエイトさんとフィノーラさんに渡すの?」
メルシャは改めて尋ねた。
「2人の距離を縮めたい……っていうか、くっつけたい」
美恵莉の言葉に、メルシャは唖然とした。なぜそう思うのかも分からないし、その2人の接点も分からない。
「……一緒に行くとは限らないと思うんだけど」
「一緒に行かせるよ! 大丈夫、作戦は考えたから」
美恵莉は自信たっぷりに言った。
「分かった、ミエリの案で良いよ」
「じゃあ、お昼食べに行こっか」
美恵莉が言って歩き出す。メルシャは
「帰ってからメモを作るから、ミエリも手伝ってね」
言いながらついて行った。




