1章(4) 五重の塔
15分ほど歩いて洞窟を抜けた鋭斗は、目の前の魔物を見て感嘆の声を漏らした。どう見ても五重の塔だ。本物よりも少し小さいようだが、充分な迫力を備えている。
写真では黒っぽいビルのように見えていた。珍しくピントが合っていなかったのだ。
とりあえず火の玉を放ってみたが、当然のようにかき消えた。
(やっぱりか……どうやって倒そうかな)
そんなことを思っていると、魔物の輪郭がブレた。
(ん?)
目をこすってもう一度見ると、五重の塔が3つ並んで立っている。
(分裂した⁉)
一体この魔物はどんな攻撃をしてくるのだろうか。まるで想像がつかない。
魔物は鋭斗を囲むように移動し、そのまま周りをぐるぐると回る。
(速い……)
見ていると目が回りそうだ。だんだん距離が縮まってきている。
「……⁉」
迫り来る基壇。3方から、角をこちらに向けて。
何をのんびり見ていたのだろう。相手は15000の魔物だというのに、危機感がなさすぎた。このままでは潰されてしまう。
「くっ……」
地を蹴って、なんとか屋根を掴んだ。1階部分の屋根だ。本体なのか分身体なのかは分からないが、その屋根の上によじ登る。3つの五重の塔が激突した。衝撃で落ちそうになるのを屋根にしがみついてこらえた。
「あっぶなかったぁ……」
安堵の溜息と共に呟いた。
(……どうせなら、一番上まで行ってみよう)
可能なはずだ。地上から1階の屋根よりも、屋根の上から上階の屋根の方が近いのだから。
屋根の端の方に行き、跳ぶ。上の階の屋根をつかんで上がる。これを繰り返し、5階の屋根の上に来た。
魔物は動きを止めてる。3つとも無傷だ。衝突後に移動したのか、互いにぶつからないよう少し距離を開けている。
(次はどう動いてくるんだ?)
思いながら、塔の中心に向かって進む。四つん這いになって。
空に向かって伸びる相輪のもとで、魔法を使った。
氷塊をぶつけ、そこに雷弾を撃ち込む。5階の屋根が消えた。
「うわっ」
ヒヤリとしたが、4階の屋根に着地した。
(……これ、分身体?)
他の2つの五重の塔は、何事もなかったように形が保たれている。
鋭斗は飛び移ることにした。助走をつけて、屋根を蹴る。直接5階の屋根に到達することができた。
と、その時。相輪がカッと光った。
「っ!」
咄嗟に屋根の上を転がる。左脚に血が滲んだ。かすったようだ。
相輪は電気をまとっているようで、バチバチと音を立てている。いつの間にか、五重の塔はこれ一つになっていた。
(これが本体だったのか……)
再び相輪が激しく光る。防御障壁を展開しつつ、横に跳んだ。
障壁はあっけなく砕け散る。
(避けるしかない、か)
攻撃もしなければならない。氷塊を落とすが、こちらが再び魔法を放つ前に砕かれてしまった。
(駄目か!)
相輪にラトゥール鎖を巻き付ける。相輪から雷撃が放たれたが、鎖は消えなかった。
(よし!)
ラトゥール鎖に向けて水弾を撃つ。相輪が折れた。しかし魔物の攻撃は止まない。また脚にかすった。距離が近すぎて避けきれないのだ。
半分になった相輪にむけて土煙を漂わせる。そこに、ラトゥール杭を落とした。
相輪が割れ、消滅する。そこから伝播するように、屋根もさらさらと消えていく。
鋭斗は慌てて下の屋根に、下の屋根に、と降りて行く。地面に着地した時には、魔物は消え去っていた。
(脚が痛い)
鋭斗は電車を待っていた。ズボンの一部が焼け焦げて、傷をさらけ出している。吹き付ける風のせいで痛みが増す。
(よく考えると、てっぺんまで上がったのは愚策だった)
何度目か分からない溜息を吐いた時、電車が来た。乗り込むと先客がいた。プロニとレウリオだ。
「……なんか、久しぶりだな」
鋭斗が言うと、プロニは不思議そうな顔をした。レウリオも首をかしげて、
「1週間くらいしか経っていない思うけれど……久しぶりかい?」
と言った。
「それより、どうしたの?」
プロニが鋭斗の脚を見て言う。
「かすった」
鋭斗が溜息を吐きながら言うと、
「魔物の攻撃が?」
プロニは意外そうに尋ねた。鋭斗は頷く。
「それくらいなら、初級回復魔法で治せるだろう? どうしてそのままにしているんだい?」
レウリオが怪訝そうに言う。
「覚えてないんだ」
鋭斗は面倒くさそうに言った。攻撃魔法を優先していたから、というのもある。しかし、最大の理由は「不要だと思ったから」だ。
初級回復魔法で治せる傷など、たかがしれているのだ。覚えていなくても、少し痛いのを我慢すれば良いだけ。小学生の時など、スリルを楽しみたいがために無茶苦茶なことをしてはしょっちゅうけがをしていた。それに比べればこの程度、何の問題も無い。
(まあ、痛いんだけど。時間が無限にあるなら覚えるんだけど)
そんなことを考えている間に、レウリオが治してくれた。
「エイトは防御も避けるのも上手いのに、傷を負うなんて……一体、どんな魔物と戦ったんだい?」
礼を言う暇もなく、レウリオに質問されてしまった。
「五重の塔」
鋭斗が答えると、
「塔が5つ重なっているのかい?」
レウリオは上手くイメージ出来ず、困惑の表情を浮かべた。
「ボーナスは?」
プロニが聞く。
「15000」
その答えに、プロニとレウリオは目を丸くした。
「何でいきなりそんな高いのと戦ってるのよ! あたしが言えることじゃないけど……」
「倒せたのかい?」
2人の言葉に、鋭斗は
「何となく。倒せた」
簡潔に答えた。
「中級魔法を覚えたのかい? それとも、同時発動かな?」
レウリオが興味津々といった風に聞いてくる。
「いや、まだ中級魔法は手付かずで、同時発動は3発できるかどうかってとこ」
「あたしは4発同時発動できるようになったわよ!」
鋭斗の言葉に対し、プロニが自慢げに言った。
「それで倒せるのかい?」
レウリオが不思議そうに言うので、鋭斗は
「相乗効果で……」
口を滑らせた。
(あれ? これ言って大丈夫なやつだっけ?)
ひやひやしていると、
「まさか。相乗効果を起こせるのは長年に渡り魔法を使い続けてきたベテランの魔導師だけだと聞いたことがあるよ。きっと勘違いさ」
レウリオは笑って言った。
「あたし、相乗効果なんて聞いたことないわ。有名なの?」
プロニが尋ねると、レウリオは
「僕は父から聞いたんだ。引退した魔導師と交流があるらしくてね、その時に聞いたそうだよ」
爽やかに答えた。
「たしかに俺の勘違いだった。何か分からないけど倒せたんだ。多分、運が良かった」
鋭斗が誤魔化すと、
「ふうん? エイトって、意外とバカなのね」
プロニはからかうように言った。
「そうだな」
鋭斗は自分の行動を思い返して肯定した。馬鹿と煙は何とやら。
「反論しないの?」
プロニは意外そうに目を瞬かせた。
(だってな……)
慢心していたのだ。もともと避けるのが得意だったのだから、身体能力が強化された今なら多少強い魔物の攻撃くらい全て避けられるだろう、と。
鋭斗が口を開きかけた時、電車が終点に着いた。
「このまま報告に行くんだろう?」
レウリオに聞かれ、鋭斗は頷く。そのまま3人で宮殿に入って行った。
(同時発動、連発、中級魔法……課題が山積みだな)
討伐完了の報告を済ませ、鋭斗は寮に帰った。ソファにもたれ、伸びをする。
相乗効果が起こせるだけでは駄目だ。今日の討伐で、それが分かった。
(間が開きすぎてるんだよな)
同じ魔法なら、ほとんど間を開けずに放てる。しかし、相乗効果を起こすために別の魔法を使うとなると、2秒くらいは開いてしまう。これを改善できるまでは中級魔法を使った方が良いように思えた。
20万への昇給試験は、2万相当の仮想魔物を倒す、というものらしい。今のままではクリアできないだろう。
(実績より実力を上げないと)
来週は中級攻撃魔法を覚えることから始めよう。鋭斗はそう決意した。




