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1章(3) 150年の平和

 高層ビルの屋上。向かい合う2人。吹きすさぶ風に煽られて、体が揺れる。

 夜だというのに辺りは明るく、星のひとつも見えはしない。

 銃口が向けられた。撃たれるより飛び降りた方がマシだ。パァンと乾いた音がしたが、既に体は空中にあった。そのまま落ちていき――

 ドスン

 鋭斗はベッドから落ちた。

(……? ……夢か)

 まだアラームは鳴っていない。二度寝しようとベッドによじ登る。

 先ほど夢で見たシーンには覚えがある。先週の日曜日に見た映画のクライマックス。主人公が敵を追い詰める場面だ。

(どうせなら主人公視点で見たい……)

 そう思い、ゴロゴロすること1時間。眠れないままアラームが鳴った。



 9時丁度に中央広場に来た鋭斗は、討伐依頼を吟味していた。

(1万……は、無い。12000……?)

 2000の魔物が6体で12000、という討伐依頼を見つけた。そこそこ大きい魔物なので、探し回る羽目にはならないだろう。

(お、これは……)

 ほぼ同じ場所の討伐依頼がある。15000だ。

(挑戦してみようかな)

 せっかく身体能力が強化されたのだ。それを活かして魔物と戦ってみたい。そんな思いが湧き上がる。

 そうして、2つの討伐依頼を受けた。



 首都から南西に電車で20分のところに洞窟がある。そこが12000の討伐場所だ。

(洞窟多いな……)

 鋭斗は思いながら入っていく。

 今まで行ったどの洞窟よりも道幅が広い。1本道で、緩くカーブしている。まるで高速道路のトンネルだ。

 魔物は緑色で円柱の形をしている。

 歩いて行くと、道をふさぐように2体いた。直径が道幅の半分近くあるのだ。

(太いな……)

 写真で分かってはいたが、予想以上だった。

 魔物がこちらに倒れこんでくる。押し潰そうとするように。

 しかし、所詮は2000の魔物である。鋭斗が水弾を撃ち込むと、あっけなく消滅した。2体同時に。

(よし)

 2発なら安定して同時発動できるようになっている。

 先に進むと、今度は3体いた。3発同時に水の玉を撃つが、

 ビシャッ

 壁に当たった。相当頑丈なようで、へこみすらしていない。

 魔物に向けて放ったはずが、あらぬ方へ飛んで行ったのだ。

(やっぱり、3発同時は難しいな)

 もう一度、試す。今度は火の玉だ。ちゃんと魔物に向かって飛んだが、避けられた。

(遅くなった……?)

 そうこうしているうちに、魔物が反撃してきた。倒れてくるのかと思ったが、違う。跳び蹴りするかのような動き。3体とも同じタイミングで。

 障壁で防いで火柱を上げる。2体の魔物が消滅した。遅れて残りの1体も炎に包まれ消える。

 魔物が消えたおかげで先まで見通せるようになった。壁の一部が燃えている。

「え?」

 先ほど魔物に避けられた火弾が当たったのだろう。しかし、その程度で燃える壁ではない。火が消えると、そこには穴が開いていた。人ひとり通れる程度の大きさだ。何かで穴を隠していたようだ。

 中に入ってみると、緩やかな傾斜が下へ続いている。天井は低く、屈まなければならなかった。明かりの無いその道を歩いて行く。だんだん天井が高くなっていった。

 10分ほど歩いた時、前方に光が見えた。部屋のようになっている。家具があり、ライトがあり、人がいる。年老いた男だ。

「あ、えっと……」

 鋭斗は声を漏らした。勝手に家の扉を壊して侵入したような罪悪感が湧いたのだ。

「魔導師かい?」

 お爺さんは驚いた顔をしていたが、問いかけた。

「そうです……すみません、お邪魔しました」

 そう言って立ち去ろうとした鋭斗を、お爺さんは引き止めた。

「せっかくだから、話に付き合ってくれんかね」



 鋭斗とお爺さんは向かい合って座った。テーブルの上にはお茶とお菓子が並べられている。

「えっと……」

 鋭斗は途方に暮れていた。促されるまま座ったはいいが、お爺さんは一向に話を始めない。のんびりお茶をすすっている。

「おまえさんも召し上がれ」

 お爺さんがニコニコして勧める。

「……いただきます」

 鋭斗は困惑を顔に浮かべたまま、お茶を飲んでみた。緑茶のような味が口に広がる。色は紫がかっていて不気味だったが、美味しい。

 お菓子はクッキーのようだ。サクサクした食感と控えめな甘さがお茶とよく合う。

「わしは、ここに人が来るたび尋ねているんじゃ。この平和は、なぜ続いているか、いつまで続くだろうか、とな」

 唐突にお爺さんが話を切り出した。鋭斗はきょとんとしてお爺さんを見る。

「おまえさんは、どう思うかね?」

「分かりません」

 鋭斗はきっぱりと答えた。

「そう言わず、考えてみてほしいんじゃ。わしは子供の頃、すぐにどこかで戦争が始まると思っておった。だが、この歳になっても平和なまま……わしの考え方が間違っておったということだろう。だから意見を聞きたいんじゃ」

「すみません、学が無くて……戦争があったことも、どうして平和になったのかも知らないんです」

 鋭斗は苦笑しながら言った。常識の無い馬鹿だと思われるだろうが、知らないのだから仕方がない。

「ほう、魔導師にしては珍しいのう。150年くらい前、島国で平和条約が締結されたんじゃ。それ以来、戦争は起こっておらん。それまでは何度も南北戦争が起きていてのう」

「南北戦争……?」

 鋭斗は思わず怪訝な顔になった。

「南のA国と北のB国を中心とした戦争じゃよ。C国はあまり関わっておらんが、魔導師がB国軍の戦力として派遣されていたそうな」

「魔導師が……」

 鋭斗は驚いて言葉を反復した。お爺さんは話を続ける。

「島国で、とんでもない科学兵器が開発されたんじゃ。大陸を消滅させることが出来るほどの物での。戦争をやめないと使う、と大陸各国に脅しをかけたんじゃ」

「それで平和条約が締結されたんですか」

 鋭斗が確認すると、お爺さんは頷いた。

「どうして島国はそんな科学兵器を作れたんですか? 他の国は作れないんですか?」

「島国には魔力が無いからのう」

 魔物もいないし魔法も無い、ということだ。だから大陸よりも科学技術が発達したのだろう。

「えっと……他の人の意見って、どんなのですか?」

「島国の考え方が変われば戦争が起こる、とか、大陸のどこかで科学兵器に対抗できるものが開発されるまでは平和だ、とか言っていたのう」

(もっともな意見!)

 鋭斗は困った。既に出ている意見をなぞるのでは芸が無い。

「そもそも戦争する必要が無くなった……?」

 自信無さげに鋭斗は言った。

「ふむ、その意見も聞いたことがあるのう。度重なる戦争の末、A国もB国も豊かになったんじゃ。土地も資源も充分で、これ以上戦争してもデメリットの方が大きい状態でのう。それでも互いに矛を収められずにいたところに、島国の呼びかけじゃ。喜んで条約を結んだのかもしれんのう」

 お爺さんの言葉に、鋭斗は渋面を浮かべた。

「やっぱり無理ですよ……地理も歴史も分からずに、平和が続いている理由を考えるなんて」

 それを聞いたお爺さんはカラカラと笑った。

「意見を聞きたいと言ったのは、ただの言い訳でのう。単に喋りたかっただけなんじゃよ。わしが一番気に入っておるのは、戦争が起こりにくいシステムが構築されている、という意見じゃ」

 鋭斗は、意味が分からない、と言うような顔をした。お爺さんが詳細を語る。

「まず、国同士の対立が戦争以外の手段を取れるようになった、ということじゃ」

「貿易戦争とかですか?」

 鋭斗が言うと、お爺さんは少し驚いた顔をした。

「それは知っておるのか」

「まあ、一応……」

「あとは、戦争を起こしそうな人を選ばない、ということじゃな。戦争が起これば、魔物の対処に当たる戦力が減るからのう。国民感情は、戦争反対に傾いておるんじゃ。他にも何か言っておったが……忘れてしもうた」

(やっぱり、よく分からないな)

 各国の文化も国民性も政治の仕組みも知らないのだ。しかし、何もかも聞くわけにはいかない。

(気にはなるけど……まあ、いいか)

 図書館で教科書を見てみようかと思ったが、やめた。そこを気にし出すとかなりの時間が必要になる。それよりは新たな魔法を覚えた方が良い。

「ちと喋りすぎたかのう。仕事中に悪かったね」

「いえ、大丈夫です」

 そこで鋭斗は言わなければならないことを思い出した。恐る恐る口を開く。

「ここへの入り口を隠していた物を燃やしてしまったんですけど……」

「そうかい、後で張り直しておくよ。この洞窟に来るのは魔導師くらいのものだから、大丈夫だとは思うけどねえ」

「どういうことですか?」

「洞窟に住むのは違法なんじゃよ。だから隠しておった」

 お爺さんはまたカラカラと笑った。鋭斗は苦笑いを浮かべて、

「仕事に戻ります」

 言いながら席を立った。



 お爺さんの住処から出て、鋭斗は洞窟を進んだ。ゆるやかなカーブに沿って歩いていると、横倒しになった魔物が転がって来た。雷弾を放って仕留める。これで12000の討伐依頼は完了だ。

 この洞窟を出た先に、15000の魔物がいる。


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