1章(2) 仕事しろ
3人はスパイルの家に着いた。日はすっかり落ちている。
ニクスがポケットから鍵を取り出し、チャイムも鳴らさず扉を開けた。聖女は戸惑って尋ねる。
「あなたの家なんですか?」
「違うけど、勝手に入って良いことになってるんだ」
言いながら中に入ったニクスに、2階から声がかかる。
「チャイムくらいは鳴らせ!」
「良いだろ別に。気配で分かるって言ってたじゃねぇか」
「3人いるのは分かる! ちょっと待ってろ!」
少しして2階から下りたスパイルは、聖女を見て怪訝な顔をする。
「その嬢ちゃん、誰だ?」
「異世界人」
ニクスがしれっと言うと、スパイルは苦笑した。
「うちは別に、異世界人一時預かり所ってわけじゃねぇんだけどな」
「既にそうなってるぜ」
「はいはい。じゃあニクス、何か買ってこい」
「分かった」
さっさと家を出ようとするニクス。聖女は不思議そうな声を上げる。
「何か、で分かるんですか?」
「晩ご飯?」鋭斗が聞くと、
「半分正解」スパイルが言い、
「それと服だ」ニクスが答え、そのまま買い物に行った。
聖女は目を瞬かせる。
「……服?」
「その格好、目立ちすぎるだろ」
スパイルの言葉に、聖女は困惑した。
「もしかして、私の服を買いに行ったんですか?」
「自分で選びに行くにしても、着て行く服が無ぇだろ?」
「……確かに、そうですね……」
「大丈夫だ、ニクスには娘の服も買わせてる」
「えっ」
その声を漏らしたのは聖女だけではない。鋭斗もだ。
もっとも、思っていたことは違う。
聖女は「娘の服をどうして男に選ばせてるんです……?」とただただ困惑していた。
鋭斗は「メルシャの服、美恵莉が絶賛してたな。ニクスが選んでたのか……」と驚嘆していた。
その後、聖女と鋭斗はオスク洞窟からの道中の会話内容をスパイルに話した。
聖女は話を分かってもらえるか不安がっていたが、スパイルは普通に理解していた。勇者一行が魔王を倒しに行くような話が児童書にあるらしい。
ニクスが帰って来たのは話がひと段落した頃だった。服の入った袋を聖女に押し付け、テーブルの上に買ってきた料理を並べていく。
スパイルは階段を指さして聖女に言った。
「上がってすぐの部屋、今日から嬢ちゃんの部屋だ。とりあえず着替えてみろ」
「えーっと……分かりました」
聖女は戸惑いつつも従うことにした。カネもアテも無い現状、泊めてもらえるだけでもありがたい。どんな服だろうと着てやろうと覚悟を決めて、部屋に入って素早く着替えた。恐る恐る鏡を見ると、めちゃくちゃ似合っている。我ながら凄く可愛いなどと思いつつ、ニクスは本当に何者なのだろうと不思議に思った。スタイリストか何かだろうか。そんな風に考えつつ、リビングに向かった。
階段を下りて来た聖女を見て、鋭斗はぼそりと呟く。
「ニクスが色々出来すぎてこわい」
それを聞いたスパイルは噴き出した。ニクスは渋面を浮かべる。
「メルシャに変な服着させるわけにはいかねぇから、勉強しただけだ。スパイルは俺に色々任せすぎなんだよ」
「しょうがねぇだろ、仕事が忙しすぎるんだから」
その会話に違和感を覚えた聖女は、恐る恐る尋ねる。
「奥さんは……?」
「あいつ、研究に没頭しすぎるんだよなぁ」
スパイルは苦笑しながら答えた。ニクスが
「別々に住んでるけど仲は良いらしい」
と付け加える。
聖女は納得したように
「仕事人間同士なんですね……」
と呟いた。
いつの間にか夕食の準備は整っていた。4人は喋りながら食べ始める。
鋭斗は興味本位で疑問を口にした。
「聖女ってどんなスキル使えるんだ?」
「レベル低いので小回復しか使えません。最大HPの25パーセントを回復するスキルです」
その答えに、3人は理解を示す。聖女は怪訝そうな顔をした。
「エイトさんはともかく、ニクスさんたちはこんな説明で分かるんですか? もしかして、この世界にもこういうゲームが……?」
「ある。メダルゲームだけど」鋭斗が答え、
「ほとんど知られてねぇけどな」ニクスが言い、
「そのメダルゲームをニクスに教えたのはオレだ」スパイルが主張した。
それからしばらくは、ニクスやスパイルが聖女にこの世界のことを教えていた。
会話が途切れたタイミングで、ニクスが言う。
「なあ、スパイル。最上級魔法って、どんな呪文なんだ?」
「何だ、藪から棒に」
「長さが知りたい。短いやつでどれくらいか」
「短いのだったら回復だな。涸れし泉に火よ灯れ、流転の中に堕ち弾けしは寄る辺なく揺蕩う雫、交わること無き因果のもとに、廻天する檻携える華、毀れし霧の断絶よ、ただ全て光と化せ」
「長ぇ……じゃあ、攻撃だと」
「下手すりゃこれの倍以上ある」
それを聞き、ニクスは溜息を吐いた。当てが外れた、と言うように。その様子を見て、スパイルは問いかける。
「ニクス……何を焦ってるんだ?」
カシャンと食器のぶつかる音がした。ニクスの手からフォークが滑り落ちたのだ。
「単に気になっただけだ」
慌てて持ち直しながら取り繕うように言ったニクス。それに対しスパイルが何か言おうとした時。
「ふわあああ」
聖女が大あくびをした。3人の視線が聖女に集まる。
「……すみません、眠くて……時差ぼけでしょうか」
「嬢ちゃんはもう寝ろ」
スパイルは笑いながら言った。聖女は
「では、お言葉に甘えて……」
と言って2階に上がっていく。それを見送ってから、スパイルは改めてニクスを見た。
「さて……何があった?」
先ほどまでとは打って変わった真剣な表情。
空気が張り詰める。
ニクスは話した。データ改ざんの犯人のことから教団やレスカーダのことまで、全てを。そこには自分を責めるような言葉が多分に含まれていて、鋭斗はその度に「そんなことない」と思っていたが、声には出さなかった。口を挟める雰囲気ではなかったのだ。
スパイルは頭を抱えたくなった。
(なんつうことに巻き込まれてんだ……)
今日のニクスは様子がおかしいと、買い物に行かせた時から感じていた。何かあったのだろうとは思っていた。だが、これほど厄介な事柄だとは。
教主を許してはおけないが、どうしようもない相手なのは明らかだ。
何しろ、ニクスが迷わず逃げを選んだ相手なのだから。
かつてニクスは、倒すと決めた相手から逃げるのを大層嫌がっていた。それこそ、絶対に勝てない相手だったとしても。だからスパイルは「無駄死にするより逃げ一択」と教え込んだ。
「結局、俺も平和ボケしてたんだ。俺がもっと……」
ニクスが呟く。自責の念が心を焦がし、灰となって降り積もっているような、暗い声で。しかしすぐに頭を振った。思考の曇りを消し飛ばそうとするように。
「いや……それは思い上がりだな。あー、くそ、もともと詰んでたじゃねぇか」
声に出すことでどうにか平常心に戻ろうと苦心している。
そんなニクスの向かい側で、鋭斗は気まずそうに黙りこくっていた。
「お前はどう思う?」
スパイルは鋭斗に話を振ってみる。返って来た答えは
「……面倒くさい」
の一言。その後、鋭斗は「俺は何を言ってるんだ」と言うような顔をした。
(相変わらずエイトはめっちゃ表情に出るな)
様々な感情のうねりを言葉に表すことが出来ない様子だ。ニクスへの後ろめたさが色濃く表れている。余計なものを背負わせてしまったと思っているのだろう。
「自分の感情が面倒くさくて仕方ねぇのか」
苦笑しながら言うと、鋭斗は不安そうに頷いた。
「けどなぁ、エイトがそんな感じだと、ニクスが余計気にして悪循環だぞ」
「うるせぇ」
ニクスがすかさず言ってきた。柄にもなく沈んでいるのを隠したいらしい。
そこでようやく鋭斗の気まずそうな表情に気付いたニクスは、申し訳なさそうな顔をした。
「悪ぃ、この話はするつもりじゃなかった。聖女の件が無ければ、ここ来ずそのまま帰るつもりだったんだ」
「おいおい、オレに隠しとくつもりだったのか? こんな重大な話を?」
そう言ったスパイルに、ニクスは不満そうな目を向ける。
「……分かってるくせに」
「はぁ……気持ちの整理がついてから話しに来るつもりだったんだろ? けど、話すついでに気持ちも整理した方が得じゃねぇか」
「……得とかそういう問題か?」
訳が分からなくなってきたという顔をするニクスの頭を、スパイルは軽く叩いた。
「それ以上グダグダ考えるな。エイトもな。2人とも充分考えて、覚悟して、決断したんだろ?」
その言葉に、ニクスと鋭斗は同時に頷く。スパイルはニヤリと笑った。
「にしても、メルシャは慧眼だな。流石オレの娘。……ところでニクス、個人用討伐依頼は消化できてんのか?」
その問いは、ここ数日ニクスが全く魔物討伐に行っていないことを話から察したが故のものだった。
「いや、ちょっと貸しがあって。代わりにやってくれって頼んできた」
この街への電車に乗る前、フィノーラに通信機を渡していたのだ。
スパイルは嘆息する。
「ちゃんと仕事しろ。税金泥棒言われるぞ」
「この状況でか?」
ニクスが抗議した。教主のことで頭がいっぱいで、まともな判断が出来なくなっているのだ。それが分かったスパイルは、昨日の今日では無理もないと思いながら、ゆっくりと告げる。
「冷静に考えろ。強くなったところで倒せる相手か? 考えれば対抗手段を思い付くのか?」
「…………無理、だな。もといた世界ならともかく、この世界ではどうしようもねぇ」
「だろ? だったら、教主は倒せないものとして、何か起こったらすぐ動き、被害を最小限に抑えようぜ。オレも注意しとくから、ひとまず教主のことは忘れて魔導師として働け」
その言葉に、鋭斗とニクスは頷くしかない。
「分かったらさっさと帰って寝ろ。ちゃんと頭切り替えろよ?」
「了解」
ニクスは言って、呪文を唱えた。鋭斗と共に寮の部屋へ戻る。
鋭斗は自分の部屋に帰ろうとドアを開けた。
「……?」
ドアの前にはフィノーラが立っていた。丁度チャイムを鳴らしたところで、鋭斗が出てきたことに困惑している。
それにニクスが気付き、
「通信機か?」
と聞きながら出てきた。フィノーラは頷いて通信機をニクスに返す。
その間に鋭斗はそそくさと部屋に帰った。
(びっくりした……)
時刻は10時過ぎ。まだ早いが、言われた通り寝ることにした。




