1章(1) 聖女
10月6日。
予定通り、鋭斗とニクスはオスク洞窟に来ていた。
さっさと洞窟へ入るニクスを、鋭斗は慌てて追いかける。入って早々、道が6つに分かれていた。
「……分かるのか? 道」
「ああ、スパイルに仕込まれたからな」
こともなげに言って、ニクスは進んでいく。迷いのない足取りで、奥へ、奥へ。
「そういえば」鋭斗はふと思ったことを口にする。「何で教主は、この世界に神がいないって分かったんだろ」
「……そういや何でだろうな。聞いときゃ良かった」
ニクスは悔しそうに言った。
その時。
グルル、という声が聞こえた。
「……!」
鋭斗はぎくりとして立ち止まる。この世界に来た直後の記憶が甦った。死にかけた時の記憶が。
止まった足音を不審に思ったニクスは、振り返って尋ねる。
「どうした?」
「……いや、何でも……」
それだけ言って、鋭斗は唾を飲み込んだ。喉がカラカラだ。体が強張り、足が縫い留められたように動かない。自分でも意外だが、トラウマのようになっているのかもしれなかった。
その様子を見て、ニクスは軽い口調で話す。
「あの声、ここでは割とよく出る魔物だ。大したことねぇぜ、1体あたり1万ちょっとだからな」
「いちまん……」
それなら戦えるかも、と鋭斗が思った時、奥から魔物が駆けて来た。あの、狼のような魔物だ。2体。さらに、奥からもう3体。
それは、鋭斗にとっては多すぎて。戦意を喪失するのに充分だった。
2体の魔物が跳び上がり、壁を駆け抜け鋭斗の後ろに回り込む。挟み撃ちにするつもりだ。
鋭斗は、ぼんやりと突っ立っていた。この魔物を倒すのはニクスに任せてしまえば良いと思った。きっとニクスなら余裕で勝てるのだから。
だが。
「そっちは任せたぜ」
ニクスは言って、3体の魔物に向かい合う。
(……そう言われたら、戦わざるを得ないな)
鋭斗は大きく息を吐き、意を決して魔物に向き合った。
2体同時に跳びかかってくる魔物。爪と牙が迫る。
(あの時とは違う……!)
障壁を展開、魔物の突進を食い止めた。制止は一瞬。障壁が容易く破られる。しかし、その時にはラトゥール鎖が魔物の脚を絡め取っていた。そこに水の玉を撃ち込む。1発ずつ、着実に。
魔物は悲鳴のような声を上げながら、水弾を受けた箇所からサラサラと消えていった。
「な? 大したことなかっただろ」
ニクスが笑みを浮かべて言う。とっくに3体倒し終わって、鋭斗の様子を見ていたのだ。
鋭斗もつられて笑い、
「そうだな」
と呟いた。
洞窟の中ほどに差し掛かると、辺りに骨が散らばっている。
「これって……」
鋭斗は奥に目を凝らしながら呟いた。そちらにも骨が落ちている。
実験台にされて死んだ人の骨だろうか。鋭斗がそう思っていると、ニクスが骨を拾って見つめながら口を開く。
「前にここ来た時は気にも留めなかったが……これは、魔物に喰わせたんだろうな。えげつねぇことしやがる」
「どういうことだ?」
「魔物を操るような魔術が何種類かあって、その中に生贄を利用するものがあるんだ。術をかけて魔物に喰わせると、それを喰った魔物を操れるようになる。骨に痕跡が残るのが特徴だ」
説明しながら見せられた骨には、小さな魔法陣のようなものが刻まれていた。
「へぇ……」
鋭斗は間の抜けた声を漏らすことしか出来なかった。
そうして最奥に着いた2人は、同時に溜息を吐いた。
教主を倒すのに役立ちそうなものは何も無く、見つけたのは数種類の実験の痕跡のみ。しかも、胸糞の悪くなるようなものばかりだった。
「そう都合よくは無いな……」
鋭斗が呟いた時、キィーンという音が聞こえた。突如響いたその音は、耳鳴りのようで、頭が痛くなってくる。
(何だ……⁉)
視界が歪み、鋭斗は尻餅をついた。目の前の景色がぐにゃぐにゃとしていて、立っていられない。
ニクスはというと、壁に手を付き目を細めて立っている。
(……俺がおかしくなった訳じゃないな)
後ろを見ると何ともない。前の景色だけが歪んでいるのだ。
音が止み、歪んだ場所が元に戻った時、そこには一人の少女がいた。15歳くらいだろうか。どこぞの聖職者のような服装で、肩のあたりで切りそろえられた金髪が揺れている。瞳の色は橙色だ。
彼女はぽかんとしており、状況が分かっているようには見えない。
鋭斗が困惑した顔で見ていると、少女が見返してきた。
「ここ、どこですか? ……日本? 外国?」
「え?」
鋭斗はますます困惑する。
(どう見ても異世界人なのに、何で日本って言葉が?)
「この嬢ちゃん、エイトのいた世界の人だよな?」
ニクスがそう確認してきた。
(ってことは、魂の質が同じなのか……これはまさか)
鋭斗は思い至る。日本には異世界転移の力を得た神がいたのだから、異世界転生の力を得た神がいてもおかしくない。
「日本から異世界転生して、転生先からこの世界に転移してきたのか」
そう言うと、少女は目を丸くした。
「もしかして、あなたも転生者なんですか⁉」
「いや、俺は異世界転移でこの世界に来た。転生はしてない」
「どっちにしろ、ここは別の異世界ってことですよね……どうすれば戻れるんでしょうか」
悩まし気に呟く少女。それを見ながら、ニクスは言う。
「とりあえず、スパイルの所に連れて行こうぜ」
「そうだな」
「え、どこに連れて行く気ですか?」
少女は警戒した目で2人の男を見る。
ニクスは苦笑して
「とにかく外に出た方が良いぜ。ここは危ねぇからな」
と言った。鋭斗が「その通りだ」と言わんばかりに頷くと、少女は仕方なさそうに歩き出した。
3人は無言で洞窟内を歩く。しばらく進んだところで鋭斗とニクスが名乗ると、少女は
「私は聖女です」
と言った。
「……は?」
「聖女です」
聞き返した鋭斗に堂々と繰り返す少女もとい聖女。
鋭斗はもう一度尋ねる。
「いや名前は?」
「名前、無いんです。職業で呼び合う感じで」
答えた少女はハタと立ち止まった。
「……ここではステータス画面を出せないんですね」
「ここはゲームの世界じゃないぞ」
思わず真顔で言った鋭斗に、聖女は気まずそうな顔をする。
「う……私がいたのはゲームみたいな世界だったんですよ……」
「……なんかごめん」
「いえ……」
再び歩きながら、聖女は話す。
「レベルとかスキルとか普通にあって、何が起こったか目で見て分からなければログを確認するような世界でした」
「マジか……もしかして、言葉分かるのもスキル?」
「はい、女神の加護っていうスキルの効果の一つに、全ての言葉を理解できる、というものがあるんです」
「俺のもらった能力の完全上位互換……!」
驚きの声を漏らした鋭斗に、ニクスは意外そうな顔をする。
「そうなのか?」
「ああ、俺のはこの世界の言葉だけ理解できるようになるやつなんだ。しかも、公用語だけって言われた」
オスク洞窟に来るまでの道中で、鋭斗はニクスに話していたのだ。この世界に来た経緯や、神にもらった言語理解能力のことを。だが、説明の仕方が雑だったので、全ての言語が理解できる力だと勘違いされていたらしい。
「だから、俺は他の世界の言葉は分からない。……それでも充分チートだけど」
言いながら、鋭斗は過去の自分の考えを恥じた。これだけしか能力をもらえないのか、という不満を。
この能力が無ければ、言葉の壁に悪戦苦闘していたに違いない。日常会話で精一杯で、魔導師になるなんて夢のまた夢だっただろう。
そんなことを思っていた鋭斗に、聖女が苦笑して言った。
「確かに、あなたのはチートですね。私のは聖女の標準スキルなのでチートじゃないですけど」
「いやチートだろ。転生特典で聖女になったんだろ?」
「……言われてみればそうかもしれません」
元日本人2人の会話を聞いていたニクスは、訝し気な顔で口を挟む。
「どっちもチートじゃねぇと思うんだが」
「神に力をもらってるのに?」
「そういう世界から来たってだけの話だろ。世界による違いをチートって言ってたらキリが無ぇ」
その言葉に、聖女は目を丸くする。
「神様に能力をもらうことを、世界による違い、の一言で済ませるんですか……ただ者じゃないですね」
「確かにニクスはただ者じゃない。けど……ニクスは自力でこの世界の言葉を覚えたんだろ? ずるいとか思わないのか?」
「思わねぇ。まあ、翻訳魔術が失われてなかったら良かったのにな、とは思うぜ」
そんな話をしているうちに、オスク洞窟から出た。沈みかかった太陽が赤く輝いている。
正面には小さな村がある。スパイルの住む街へ行くには、この村を突っ切り北東へ進むのが早い。
村へ入った3人に、通りがかった人が奇異の視線を向けた。聖女の服装が目立つのだ。
「あんまり見ないでやってくれねぇか。外国の民族衣装なんだ」
ニクスが大きめの声を出すと、村人はさっと顔を背けた。聖女は小声で文句を言う。
「何ですか、その設定」
「いいから」
鋭斗は小声でたしなめた。
村の外には平原が広がっている。そこまで来れば周りに人はいない。
ここに来て、ようやく聖女に異世界人確殺法について話した。
「ええー……私、一発で異世界人ってバレるじゃないですか……」聖女は自分の服装を見ながら言った。「あ、それでさっきの……ありがとうございます」
「いや、誤魔化せてよかったぜ。それより、聞いて良いか?」
「はい」
「どうやってこの世界に来たんだ?」
「勇者さんと話している時に突然耳鳴りがして、視界が真っ暗になって、気付いたらあそこにいました」
「原因は分からねぇのか」
「はい、何が何だかさっぱりです。聖女として順風満帆な人生を送るはずが、どうしてこんなことに……」
そう言って溜息を吐く聖女に、鋭斗は尋ねる。
「聖女ってどういう職業なんだ?」
「回復スキルの使い手であり、女神様と会話できる唯一の存在です。勇者一行に加わるはずでした」
「勇者一行?」今度はニクスが尋ねた。
「はい、魔王を倒しに行くんです。私がいなくて困ってると思うので、帰りたいんですけど……」
聖女は切なそうに溜息を吐いた。




