5章(8) 乾杯
教団員たちとの戦闘を経て、鋭斗は完全にコツを掴んでいた。魔術を相殺、あるいは逸らす要領が分かっていた。
五行相克や、ゲームにおける属性の相性。そういう知識を利用して、色々試してモノにしたのだ。
(まあ、大した魔術じゃないからだろうけど)
こちらを見てきた王は、すぐにニクスに視線を戻し、大剣を振るい始めた。その最中、指輪が光る。
魔術がこちらに飛んできた。
鋭斗は壁を蹴って飛び上がり、天井近くで宙返りながら魔法を連射。迫る魔術をかき消した。ついでに王へ向けて魔法を放つが、着弾する前に消える。
(効かないか……)
教団員たちもそうだった。魔法を無効化できるような魔術を使っているのだろう。そう見当をつけ、魔術の対処に徹することにした。
ニクスは荒く息を吐き、剣を構えた。大剣が迫り来る。何度も見た剣筋。しのぐが、その隙に脇腹を抉られた。
(またこれか!)
やられっぱなしだ。初撃をしのげても、その後が対応できない。技量の差がありすぎる。回復魔法がなければとっくに死んでいただろう。
(だからこんな防御魔術を……)
教主が王にかけていった防御魔術は、どんな魔法も魔術も全て無効化してしまうほど強力だが、物理攻撃は防げないものだ。教主なら、全てを無効化できるような防御魔術を張ることもできたはずなのに。つまりは、逃げさせないための罠だ。剣が通る余地を作ることで勝ち目があると思わせて、王の圧倒的な剣技で屠る——そんな考えだったのだろう。
構わない。剣では王に及ばないことくらい、最初から想定していた。
大剣が閃く。
「ぐ、ぅっ……」
しのげていた初撃をも食らい、剣を取り落とす。口から溢れた血を拭いながら回復魔法を使うと、意識が遠のきそうになった。
(……もう魔法は使えねぇな……。だが、今ので見えた)
剣を拾った瞬間、大剣が突き出された。受け流す。滑る刃がギャリギャリと音を立てた。
上がった息が整わないまま、大きく跳び上がって身をひねる。王の背後に回り、その背中を蹴りざま剣を奔らせた。
その浅い一閃に、
「甘い!」
王が即座に反撃し、重なる刃が火花を散らす。王の服の断片が、風に乗って舞い落ちた。
「この短時間でここまで対応できるようになったことは褒めてやろう。だが、我には届かぬ」
「……分かってる」
ずっと、考えていた。何度も深く斬られながら、どうすれば王に攻撃を当てられるのか、考えながら剣を振っていた。朦朧として鈍った動きの中で、王にかけられた防御魔術を注視していた。
防御魔術は、要所を斬れば解ける。王を斬らずとも、防御魔術をこじ開けて魔術を叩きこめば、勝てる。
「コルスキンティッラ——」
小声で呪文を唱えながら、振り下ろされた大剣を受け流す。そのまま要所の一つを斬って、来る二撃目に剣を合わせた。体ごと弾かれて飛ばされるも、受け身を取ってすぐ立ち上がる。
「コルスウェントゥス——」
一気に踏み込み、王の右肩めがけて斬り上げた。刃が噛み合い動きが止まる。防御魔術が綻んだ。
「フラゴルーフス!」
炎が躍る。王の顔が驚愕に染まる。
交わった剣を中心に、炎が赤く燃え盛った。
この威力、この至近距離では使用者もただでは済まない。そういう魔術だ。普通なら。
ニクスの持つ剣は、普通ではなかった。持ち主を炎から守る剣だった。煌々と燃える火はニクスの身に届くことなく、王だけを焼いていく。
逃すことを許さぬ火炎が王を舐め尽くす。
「————」
王の声すら焼き尽くされて、後には骨と大剣と装飾品だけが残った。
「はぁー……」
安堵の息を吐くと、膝から力が抜けた。倒れ込みそうになるのを腕で支えて嘆息する。
「ニクス」鋭斗が心配そうに近寄ってきたので、
「大丈夫だ」すぐ立ち上がり、笑ってみせた。「早く帰って打ち上げ行こうぜ」
2人は歩いて鉱山跡を出て、転移魔術でニクスの部屋に帰った。
ニクスはすぐに部屋のドアを開ける。
「ここの最上階にバーがあってな、そこで打ち上げ——」
「ちょっ、その格好で行くのか」
「ああ、この格好で大丈夫だ。仕事終わりの魔導師がそのまま寄るようなバーだからな」
などと話しながら、2人でエレベーターへ向かう。
最上階に着いてエレベーターを降りると、そこはバーの中だった。スーツを着た壮年の男がカウンターで仁王立ちしている。
「お、ニクス。こんな時間に珍しい。今日は一段とボロボロだな」
気さくに話しかけてくるマスターに、ニクスは苦笑した。
「敵が強くてな」
「またヤバい組織のアジトにでも乗り込んだのか? その割には銃弾浴びた形跡が無いな。魔銃でもなさそうだし……というか、どう見ても斬られてるよな」
「詳しいことは話せねぇ」
「おっとすまない。詮索した詫びに一杯サービスしよう」
「一番強いのくれ」
「頭痛か?」
「ああ」
ニクスは鋭斗を連れてカウンター席に座る。
「頭痛って、魔法の使い過ぎで?」
鋭斗が問うと、ニクスは嘆息しながら頷いた。
「上級回復魔法ばっか何度も使う羽目になっちまった。まともに攻撃食らいすぎたな……」
「やっぱあれ上級だったんだ……ってかそれなら帰って寝た方が良くないか?」
「いや、飲んだ方が良い」
「酒で誤魔化すのは体に良くないと言ってるのに」マスターが口を挟むが、
「俺は体質が特殊だから」ニクスは冗談めかして言った。「だから早くしてくれ。マジで痛ぇんだ」
「道理で顔色が悪い訳だ」
呆れたように言いながらも、マスターは手際よくカクテルを作り、小さなグラスに注いだ。それをニクスの前にコトンと置く。
「ほら、新作のカクテルをアルコール度数高めにアレンジしてやったぞ」
「カクテルじゃなくて良いのに」
「これが仕事なんでな。因みにそれの名前は〝身も心もボロボロの人を癒すカクテル〟だ」
「デタラメ言うなよ」
そう苦笑しながらニクスはグラスを傾け、ほうと息を吐く。
「これは人気でそうだな」
「お、やった。じゃあメニューに載せよう。それで、注文は打ち上げセットで良かったかな?」
「ああ、それで頼む」
「かしこまり」
たちまちテーブルの上に多数のグラスが並ぶ。それぞれに様々な種類の酒が入れられていた。
鋭斗とニクスはその中から適当に手に取って、グラスを鳴らした。
「乾杯!」
事件の真相が分かったことと、虐殺王を完全に屠ったことを祝って。
鋭斗はグラスを傾けながら、ふと口を開く。
「なあ、俺何か変なこと言ってなかったか? テンションおかしくなってたんだけど。今もちょっとおかしいんだけど」
「全然。……今日はありがとな、エイト。本当に助かった」
「大したことは……後ろで初級魔法ぶっ放してただけだし」
目を泳がせる鋭斗に、ニクスは苦笑した。もっと感謝を述べたかったが、気まずく感じるなら止しておこうと別の言葉を口にする。
「明日、オスク洞窟を改めて調べようと思ってるんだ。拠点にしてたって言ってたからな、何か教主の弱みを握れるかもしれねぇと思って。手伝ってくれるか?」
「もちろん」
鋭斗は即答した。
それからも2人は喋りながら、次々と酒を飲んでいったのだった。
第一部 完




