5章(7) 鉱山跡3
「……なぜ、アナタが生きているのデス?」
ようやく攻撃を止めた教主が、不快感も露わな声を発した。ニクスを見る顔は怪訝そうである以上に機嫌が悪そうだったが、冷静さは取り戻している。
レスカーダとなった鋭斗は、ニクスの隣で口を開いた。
「説明する気は無い」
「まあ、良いでショウ。先ほどは取り乱してしまいましたが、自ら手を下すのは主義に反しマス」
教主からは完全に殺気が消えていた。ついさっきまでが嘘のようだった。しかし、ニクスに対する悪意は健在だ。
「それにしても、散々ワタシを非難しておいて、結局力を使ったトハ。魂の質によってレスカーダ化の影響も変ワル。ワタシたちのいた世界の人と違って、これから何が起きるか全く分からなナイ。ワタシのした実験と何が違うのデス」
そう言って嘲るような笑みを浮かべる教主の視線を、ニクスは無言で受ける。一方、鋭斗は眦を吊り上げた。
「全然違う! 俺は自ら、レスカーダになることを選んだ。でも、美恵莉は強制的に」
「ハイハイ、もう良いです、その主張は聞き飽きまシタ」
「なっ」
「せっかくですから、もう少し話していきましょウカ」
溜息を吐きながらそう言う教主を、鋭斗は睨みつける。それからチラリとニクスを見た。
ニクスは首を横に振り、小声で話す。
「目論見通り杖の魔力はほとんど無くなってるが、まだ全く勝ち目が無ぇ。走って逃げることは出来そうだが……今は教主に戦う意思が無ぇから、不用意に攻撃しなけりゃ安全だ」
だから話を聞いていこう、得られる情報は多い方が良い、などとは言うまでもなかった。
教主はおもむろに異空間から透明の小瓶を取り出す。
「これが何だか分かりまスカ?」
「……?」
鋭斗は怪訝そうに首を傾げた。ただの小瓶にしか見えないし、中には何も入っていない。
だが、ニクスは目を瞠った。小瓶の中に〝何か〟があるのを見て。小瓶の中身から、嫌な気配を感じて。
「その気配、あの時感じた……! 何なんだ!」
9月2日に、寮で感じた気配だった。あまりに妙な気配だったので様子を窺っていた時に、別の世界から来た異世界人——鋭斗が歩いてきたため、何か関係があるのかと疑ったものだ。結局分からずじまいだったその気配が、今、目の前にある。
教主は小瓶を魔術でふわふわ浮かせた。
「分からないのも当然デス。何せ元いた世界では、決して見ること能わない、死後200年経過した魂ですカラ。忘れもしない9月2日……変装し、商店街を歩いていたら、見つけたのでスヨ。漂う王の魂ヲ!」
「……そんなドロッとしたモンが、魂……?」
「まあ、ここまで変質していては、もはや魂とは呼べませンネ」
そう言いながら、教主は別の小瓶を異空間から取り出した。中には白っぽい色の液が入っている。
「ところがこの液をかけると……」液を最初の小瓶の中に入れて。「この通リ」
「……⁉」
小瓶の中身を見て驚愕するニクス。鋭斗は何が起きているのか分からず、目を瞬かせる。
教主はにんまりと笑みを浮かべた。
「この液は、時間を巻き戻して止める、特別な物なのデス。20年前手に入れてから、ずっと王の魂を捜していまシタ。先ほど話した通り、この世界には死後の世界がありまセン。死んだ異世界人の魂は、ずっと漂い続けマス」
ここで言葉を切って、小瓶を地面に叩き落とした。カシャンと瓶の割れる音と共に、一人の男が現れる。教主の前に立つ彼は、大柄で威厳があり、華美な服を着ていた。
教主は鷹揚に告げる。
「これなるは32代ネザリス国王! 虐殺王と呼ばれた、ワタシの主君デス。アナタがたに分かりやすく言うなら、異世界人確殺法が作られるきっかけになった異世界人でスヨ」
「……そんな奴をレスカーダ化してどうするつもりだ」
低い声で問うニクスに、教主は肩を竦めた。
「もちろん実験でスヨ。魂の時間を巻き戻してレスカーダ化した場合、記憶や自我は残るのか、とイウ。さて、王に聞いてみまショウ」
そんな教主の言いように、ニクスは呆れた声で呟く。
「自分の仕えた王ですら、ただの実験材料か」
「まったく、きみは変わらないな」王は呆れた顔を教主に向ける。「記憶は……そうだな、この国の民に攻撃されて殺されたのだろう。これで合っていれば、全て覚えていることになるが、どうかね?」
「素晴らシイ! 記憶も自我も、しっかり残っていまスネ」
喜びの声を上げる教主。そこへ、鋭斗が制止をかける。
「ちょっと待て。異世界人確殺法のきっかけになった人は言葉が通じなかったはずだろ? 教科書にそう書いてあった」
「翻訳魔術をかけたに決まっているでショウ? ワタシも教団員も、翻訳魔術でこの世界の言葉を理解しているのデス。今更、愚問でスネ」
その言い分に、ニクスが口を挟む。
「翻訳魔術は失われたって聞いたが?」
「ああそうか、そうですヨネ。ワタシが魔術院を破壊したことで、数々の魔術が失われましたカラ。その中に翻訳魔術もあったのでショウ」
教主はどこか馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。
その間、杖は光り続けていた。装飾が次々と現れ、王の身にはめられていく。
鋭斗にはまだ疑問に思うことがあった。
「異世界人確殺法のきっかけになった人は魔術を使ってたんだよな? 何で翻訳魔術は使わなかったんだ」
「王は魔術を使えませんよ、自力デハ。魔術の知識が全くと言っていいほど無いノデ。この指輪から魔術を出しているのデス。詠唱は要りませんが発動するのに少し時間がかかりまスネ」
教主が王の手を持ち上げて言う。そこにはいくつもの指輪がはめられていた。
「この指輪1つにつき1つだけ、魔術を登録できるのでスヨ。翻訳魔術は登録していなかったので使えなかった、それだけのことデス。残念ながら、ショボい魔術が登録された指輪しか回収できませんでシタ」
「きみ、もう話はいいだろう」飽きたように王は言う。「そろそろ街へ出よう。せっかくだから、共に破壊を楽しもうではないか」
「ええ、もちろんアナタには200年前の再現をしていただくつもりでスガ……先にこの2人を殺してくだサイ。ワタシは新たな拠点を探しながら遠隔視で見させてもらいマス」
それだけ言って立ち去ろうとする教主に、王は抗議する。
「それなら、剣を」
「……そういえば、アナタはそういう人でしタネ」
立ち止まった教主の杖が光り、異空間から出てきた大剣が王の手に収まる。教主は鋭斗とニクスに視線を向けた。
「ワタシはしばらくこの国で、色々と実験しまスヨ。もし王に勝って生き延びたら、せいぜい足掻くことでスネ」
「何でこの国なんだ」
呟く鋭斗に、教主は嗤う。
「この国が最適な実験場だからでスヨ。全て後手後手、平和ボケ。何が起きても大して気にせず、調査をしても明後日の方向。アナタたちのような例外はいますが、ネ」
嘲るように言って、教主は悠々と歩き去った。鋭斗とニクスはそれを見送ったが、王は教主に目もくれず、大剣を弄ぶように揺らしている。
教主の姿が見えなくなっても、ニクスは同じ場所を睨んでいた。
数秒後。
「っ!」
ハッとして剣を後ろに出す。黒い刃が、重いものとぶつかり合った。
「ほう、受けるか」
王の声。重いものは、斬りかかってきた彼の大剣だ。
小手調べでこの速さ、この重さ。強い。
(勝ち目は薄いか……だが、無くはねぇ。勝ってみせる。俺の前で現れてくれて良かったぜ)
教主は嫌がらせのつもりでこうしたのだろうが、後手に回らずに済む分ずっと良い。知らないうちに街を滅ぼされる可能性もあったのだから。
ニクスが身をよじろうとすると、王はひらりと後ろに下がった。直後、指輪から魔術が放たれる。
襲い来る雷撃を、ニクスは難なく躱した。
王は悠然と立っている。大剣を構えもせず、片手で支えて地面に突き立てているのに、全く隙が無い。
「ふむ、なかなかやりそうだな。名乗ることを許そう」
「……トゥルタニクス。魔術師だ」
元いた世界の流儀で名乗り、ニクスは鋭斗をちらりと見た。
鋭斗はただ頷く。その表情は闘志漲るものだった。好き勝手させてなるものか、という思いに満ちていた。
ニクスは王に視線を戻す。
「てめぇはここで消す」
「その意気やよし。かかってくるがいい」
余裕綽々といった様子の王は、相も変わらず構えていない。ニクスは獰猛な笑みを浮かべ、前へ飛び出し斬りかかった。その剣筋は容易く逸らされ、次の瞬間には大剣が振るわれている。
「ちっ」
転がって躱したところに、王が飛び込んできた。迫る斬撃。
「ぐっ」
声が漏れた。かろうじで受け止めたが、腕に痺れるような衝撃が残っている。
危ないところだ。普通の剣なら折れていた。
だが、安堵する間も無く。
「……!」
大剣が動いた、と認識した瞬間、逆袈裟に斬られていた。即座に魔法で治し、跳び退る。
逃さぬとばかりに魔術が押し寄せた。
(しまっ——)
「これでどうだ!」
横から響いた声と共に、魔術が全て逸れていく。指輪からの攻撃が、全て。
「む……?」王は訝し気な顔をした。「……ああ、そういえばもう一人いたな」
全く眼中に無かった。明らかに弱いと侮っていた。
王は鋭斗を一瞥し、指輪に魔力を注ぎ込む。
「トゥルタニクスには剣だけで充分だ。魔術はそちらに向けてやろう」




