5章(4) 調査2
「——って話をしてたんだ」
寮の喫茶店の防音の個室で、鋭斗は語った。商店街の路地で聞いた、魔物を生み出そうとしている人たちの会話を。
ニクスは難しい顔をして、コーヒーを口に含む。
「……聞き間違いじゃねぇんだな?」
「微妙かも。聞き間違えた部分もあるかもしれない。けど、討伐しに行った魔物の近くに魔物と同じ外見の物が6つあるってことが2度もあった」
「ってことは、〝不良グループを壊滅させた団体〟には魔術師が複数いることになるな。しかもそのうち一人は、めちゃくちゃ凄ぇ魔術師だ。……データ改ざんの犯人も、黒幕も、その団体の所属かもな」
そう言うニクスの表情があまりにも険しくて、鋭斗は目を瞬かせた。ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干し、口を開く。
「……じゃあ、美恵莉をレスカーダ化した人も、その団体の人なのか?」
「多分、そうだと思う。さすがに路地を拠点にはしてねぇだろうが、密会場所に使ってるんだろうな。……それとは別に、魔物爆弾の犯人が所属してる〝教団〟とかいうのもあるらしい」
「あ、昨日言いかけてたのはそれか」
「ああ。最初は黒幕と同じ組織かと思ってたんだが、今は別だと思ってる。爆破テロでも起こそうとしてる、妙な犯罪組織かと」
「単なる宗教団体じゃなくて?」
「この国は無宗教だ」
「基本は無宗教でも、宗教団体くらいあってもおかしくなさそうだけど」
「科学信仰って言うのか……とにかくこの国、神をまったく信じてねぇ。全てのことは科学的あるいは魔法理論的に説明できるって考えだ。魂も存在しないと思ってる。実際はあるのにな」
その声は、どこか呆れたような響きを帯びていた。
鋭斗は破火の岩で見たパンフレットを思い出し、「なるほどなぁ」と苦笑する。
ニクスはマグカップを手に取り、中身がもう無いことに気付いて元に戻す。そして話を続けた。
「ゲーセンで俺が〝メダル詰まりは直ったか〟って話しかけてた店員いただろ。あれは情報屋でな。教団の情報を、昨日の昼に依頼した。普通の……外国とかの宗教団体なら今日の時点で分かるはずだった。だが、まだ情報が無かった。怪しい団体に違いねぇってことだ」
「新興宗教とかじゃ……」
「その場合も、今日の時点で分かってるはずだ」
「じゃあやっぱり、〝不良グループを壊滅させた団体〟と同じなんじゃないか? 何で違うと思ったんだ?」
その問いに、ニクスは言いづらそうな顔をする。
「……魔物爆弾の犯人は、変わった魂してるのに、レスカーダ化されてなかった」
「あ……」
「ただ、ミエリがレスカーダ化された理由が俺の考えと全く違うなら、同じ組織の可能性もまだある」
「どうかなぁ……」鋭斗は苦笑いを浮かべる。「その、魔物爆弾の犯人って、魔物爆弾を作れる有能ってことだろ? じゃあ、リスクのあるレスカーダ化の実験よりも、その人の技術を利用するのを優先してもおかしくなさそう」
「……確かに」
「だから、〝不良グループを壊滅させた団体〟のことも〝教団〟って呼びたい」
そう言う鋭斗を見て、ニクスは可笑しそうに笑った。
「ははっ、そうだな、〝不良グループを壊滅させた団体〟って長ぇもんな。よし、とりあえずは同じ組織とみなして〝教団〟って呼ぼう」
「ああ。……ところで、〝メダル詰まりは直ったか〟って合言葉か何かなのか?」
「ああ、〝情報は入ったか?〟みてぇな意味合いだ。因みに、情報を買いたい時は〝メダルが詰まった。エラーコード990〟って感じで言えば、ゲーセンの店員としてじゃなく情報屋として接してくれる」
「……普通にメダル詰まり起こした時はどうするんだ」
「あそこのメダル詰まりのエラーコードに〝990〟は無ぇし、大抵の奴はわざわざエラーコードまで言わねぇから大丈夫だ」
「……確かに。〝メダル詰まりました〟とか〝エラー出たので来てください〟とかだな」
鋭斗が納得すると、ニクスは立ち上がった。
「情報待ちってことで、今日は解散だな。明日も空けといてくれ」
「了解」
翌日、鋭斗とニクスは10時からゲーセンに行った。
「メダル詰まりは直ったか?」
ニクスが昨日と同じ様に話しかけると、情報屋は例の短剣をカウンターに置いた。折りたたまれた紙と共に。
「これを」
「助かる」
ニクスは短剣と紙を鞄にしまい、その場を後にした。
2人はレストラン街まで移動し、喫茶店に入る。コーヒーを注文して、それが届いた後、ニクスは情報屋から渡された紙を取り出した。
「さて、開けるぞ」
紙をテーブルに置き、広げていく。
教団については依然不明。
短剣については目撃情報あり。商店街南部。
材質不明、異世界の物である可能性大。
こう書かれているのを読んで、2人は顔を見合わせる。
「やっぱり、商店街の南」
「行ってみるしかねぇな。エイト、言ってた路地に案内してくれるか」
「分かった」
昼食後、2人は商店街の南に来た。
「えっと、この辺だったはず」
鋭斗はそう言いながら路地に入っていく。迷いすぎて道順を覚えておらず、どう進むか考えていた。
ニクスは辺りを見ながら呟く。
「この路地……不良グループってあいつらか」
「え、知り合い?」
「前にちょっと、な。あいつらがいた場所に異世界人がいるなら、そこを左、次は右で……」
そう言うニクスに、鋭斗は先頭を譲った。
そこからは無言。なるべく足音を立てずに歩いていると、話し声が聞こえてくる。「……派手……」「……成功したら……」という声が。
声のする方へ歩く。細い路地を慎重に進むと、ちょっとした広場のような開けた場所に出た。
広場の中心には、13歳くらいの見た目の少年と少女が立っていて、
「誰だ!」
と問いかけてきた。彼らは短剣を構えている。
「あれ、美恵莉が持たされてたのと同じ?」鋭斗が小声で問うと、
「ああ。あと、あいつらもレスカーダだ」ニクスも声を抑えて答えた。
その時、2人のレスカーダが同時に斬りかかってきた。ニクスは一方を躱しざまラトゥール剣を出し、もう一方を受ける。そのまま踏み込むと、
「えっ、うわっ」
少年姿のレスカーダが間抜けな声を上げた。短剣が上に弾かれ宙を舞う。
少女姿のレスカーダは鋭斗に斬りかかったものの、あっさりラトゥール鎖で縛られた。
ニクスは眉をひそめる。弱すぎる、と思ったのだ。この程度では、あの不良グループを壊滅させるなど不可能に違いない。
「他に戦闘員がいるのか」
呟くように声を出すと、レスカーダ達は目を丸くした。そして、笑う。
「ええ、自分たちは下っ端の下っ端、ろくに戦えないし魔術も使えない役立たずです」
「今日ここに配属されたばかりなんです。見張りとして」
「どこまで知って、ここに来たんですか」
「それとも、何も知らないんですか」
代わる代わる話すレスカーダに、ニクスは尋ねる。
「てめぇら、教団の構成員か」
その問いに、レスカーダ達は答えなかった。しかし、肯定するように微笑んでいた。
「拠点はどこだ?」
その問いには、レスカーダ達は迷うような顔をした。
実際に、どう答えるか迷っていたのだ。2人のレスカーダは命令を受けてここにいた。〝2人の男が嗅ぎつけてくるかもしれない。その2人は異世界人だから拠点の場所を教えてやれ〟という内容のものだ。だが、目の前の2人がその異世界人なのか分からなかった。
少し経って、少女姿のレスカーダが口を開く。
「もしあなたがたが異世界人なら、教えても良いですよ」
「異世界人だ」
「なら、教えましょう。そんな嘘を吐くメリットは無いはずですから」
と少年姿のレスカーダ。ニクスの傍に寄り、ごにょごにょと耳打ちする。
その様子を、鋭斗は黙って見ていた。地面に転がっている短剣に視線を移すと、銀色の刃が光の加減で紫色にも見えた。
「エイト、帰ろうぜ」
ニクスは言って歩き出す。鋭斗は慌ててついていき、横に並んだ。
そのまま無言で2人は歩く。路地を抜けてセンターアーケードに出た時には、夕方だった。
鋭斗は西日の眩しさに目を細めた。
周りに人はおらず、ゆるやかに吹く風の音だけが聞こえる。建ち並ぶシャッターの閉まった店が、大きな影を作っている。
黄昏時の不気味な空気が、鋭斗に不安を抱かせた。
「なあ、ニクス。拠点、どこか聞けたのか?」
「ああ。あんなにあっさり教えるってことは、罠だろうな。戦力揃えて待ち構えてるんだろう」
「じゃあ行かないのか」
「いや、明日乗り込む」
「……どこなんだ?」
「……」
「一人で行くつもりか?」
「ああ。悪ぃな」
「慎重に調べるんじゃなかったのか」
「その段階はとっくに過ぎた。時間をかければかけるほど、教団が新たな事件を起こす可能性が高くなる。拠点が分かったなら、あとは乗り込むだけだ」
ニクスは南を睨んでいた。怒りのこもった鋭い瞳で。
鋭斗は、唾を飲み込んだ。止めなければならないと思った。メルシャが心配していたのはこういう所なのだろうと思った。
「教団がどれほどの戦力を持ってるかも分からないのに? 黒幕はヤバい奴で、めちゃくちゃ凄い魔術師もいるのに?」
「分かってる。多分、ミエリをレスカーダ化した奴もそこにいる」
「分かってないだろ。せめて戦力くらい調べてから行けよ」
「無謀なのは分かってる。無茶しに行くから、一人で行くんだ」
「……それって、やってることフィノーラと同じじゃないか。お前だってフィノーラを心配して——」
「無茶だろうと無謀だろうと、行かなきゃ俺の気が済まねぇ」
ニクスは南を睨んだまま告げた。滾る戦意が溢れ出し、殺気となって場に満ちる。
「たとえ勝てねぇ相手でも、文句のひとつは言ってやる」
熱のこもった声だった。聞く者の心を焚きつけるような、燃え盛る炎のような声だった。
鋭斗の中にあったタガが、急速に熔かされていく。
「……っ」
内側から何かが込み上げるのを、鋭斗は抑えようとした。だが、激情のようなそれは、瞬く間に思考を染める。
「俺だって……!」
考えないようにしていた。本人は気にしていないから。別に変わった様子も無いから。
それでも。
美恵莉は一度、殺されたのだ。
「俺だって、文句を言いたい! 美恵莉に勝手なことしやがって、って!」
体の底が、熱く燃え滾っている。湧き上がる思いが、恐れも迷いも吹き飛ばしていく。
「だから、俺も連れていけ!」
吼える鋭斗の瞳の奥は、確かな覚悟で燃えていた。涼しい風が吹き抜けて、響いた声の余韻をさらう。
ニクスは驚いたように鋭斗を見て、納得したように笑みを浮かべた。
「そうだな……。分かった、一緒に行こうぜ」
その明るい声に、鋭斗はしかと頷いた。




