5章(5) 鉱山跡1
翌日、10時。
鋭斗とニクスは809号室にいた。家具から少し離れて立っている。
「ヴィアモトゥス・パウロテンプス」
ニクスが呪文を唱えると、一瞬で景色が変わった。
あちこちに木が生え、川が流れ、すぐ近くに鬱蒼とした森がある。鋭斗が不思議そうに辺りを見渡していると、ニクスは説明を始めた。
「ここは、首都のずっと南にある山の中腹だ。この山に鉱山跡があって、そこが教団の拠点らしい。〝首都南の鉱山跡〟としか教えてもらえなかったから、本屋で調べた」
「へぇ……」
「この山に来るには、転移魔術かそれに類するものが必要だ。山の周りには魔物が大量にいるからな」
「え、魔導師は?」
「ここまでは討伐に来ねぇ。電車も走ってねぇし、ドローンはここまで飛ばしてねぇから討伐依頼も作られねぇ」
「何で?」
「A国との国境付近だから、何かあったらマズいからってことらしい。まあ、そういう訳で、魔術師擁する教団にとっては絶好の隠れ場所ってわけだ。魔術師なら誰でも転移魔術くらい使えるからな」
口を動かしながらも、ニクスは坑道の入口を探している。その視線が、生い茂る木々に吸い込まれた。葉の間から、ちらりと石が覗いている。
「あそこか」
呟きながら歩いていくニクスに、鋭斗もついていく。
見えていた石へ近付くと、やはりそこに坑口があった。2人は視線を交わし、横に並んで入る。
坑道の高さはニクスがギリギリ立って歩けるくらいだ。場所によっては屈まざるを得ない。
ビチャビチャと水の落ちる音が時折聞こえ、あちこちが湿っている。
けっこう寒いな、と鋭斗は思った。
坑内は外より温度が低い。その上ひっきりなしに風が吹く。
腕をさすりながら歩いていると、バシャンと音がして、足に嫌な感触が広がった。水たまりを踏んでしまったのだと気付き、鋭斗は顔をしかめる。
気を付けてはいたが、足元が暗くて見えなかったのだ。
ランプが等間隔で灯っているが、全てを照らすには数が不足していて、明るい部分と暗い部分の差が激しい。一本道が続いているだけなのに、迷いそうな錯覚に陥る。
2人はしばらく無言で歩いていたが、不意にニクスが口を開いた。
「なあ、エイトは人を殺したことあるか?」
「え、あるわけないだろ」
「やっぱそうか。じゃあ今のうちに一応言っとくが、俺は多分、教団の奴らを殺す。止めるなよ」
「え、ニクスは、その……」
「俺は、元いた世界で散々殺してきた。この世界に来てからは殺してねぇが、慣れてることに変わりはねぇ」
軽い調子で語られた言葉に、鋭斗は面食らった。
「………………殺し屋か何かだったのか?」
「いや、普通に戦争してただけだ。まあ、そうじゃなくてもあの世界では、殺人は罪じゃなかった。ムカつくから殺す、目障りだから殺す、仇だから殺す、殺したいから殺す……そういうのが日常的に起こってた」
「うわぁ……じゃあ、もしかして教団の人って、元いた世界と同じように生きてるだけなのか?」
「分からねぇ。仮にそうだとしても、許しておかねぇ。郷に入っては郷に従えってやつだ」
「……そうだな……俺もそう思う。だから、ニクスが教団の人を殺すのを俺が止める道理は無いし、むしろ手伝うべきなんだ。異世界人確殺法があるんだもんな」
鋭斗はそう言って笑って見せた。
この国で異世界人を殺すのは、法に則った行為なのだ。自分も異世界人だという矛盾を抱えていても。
目の前には、ランプで照らされた分岐点が迫っていた。左の道は今まで通りランプが灯っているが、右の道はランプが無く真っ暗だ。
鋭斗とニクスは顔を見合わせ、ただ頷く。そして、自然と左の道へ進んでいった。
今までの道よりも細く、縦に並んで歩かなければならなかった。だが、しばらく歩くと今度は道がやけに広くなった。両手を広げて横並びになれるほどだ。天井は相変わらず低い。
鋭斗はふと横を見て、ぎくりとした。底の見えない深い穴が、平然と口を開けている。もしうっかり足が滑ったらと思うと恐ろしく、なるべく穴から離れるようにして歩こうとした。
だが、ニクスは立ち止まった。鋭斗が慌てて足を止めると、ニクスは斜め前を見据えて呟く。
「人の気配がする」
道のすぐ先は曲がり角になっていた。
「……この先にいるってことか」
「ああ。どうやらバレてるみてぇだが、殺気は感じねぇ」
2人で歩を進めると、一気に視界が広がった。
天井が高い。
50メートル四方はありそうだな、と思いながら鋭斗は空間を見渡す。奥には細い階段のようなものがあり、上に伸びていて先が見えない。地上に続いていそうだ。
空間の中心部には、10人くらいの人がいる。その中の、ローブを着た30歳くらいの男が、
「我が教団へようコソ」
と言いながら、鋭斗とニクスへ少し近寄った。彼は薄い笑みを浮かべ、両腕を軽く広げる。
「ワタシが教主デス。入団なら歓迎しまスヨ」
「誰がするか」ニクスは顔をしかめた。
「まあまあ、そう言ワズ。聞いてからでも遅くはないでショウ? 我々の目的ヲ!」
教主は肩を竦めながらそう告げた。
妙だ、とニクスは思った。教主の態度も、この状況も、不気味だった。
教主からは攻撃の意思を感じないばかりか、本当に勧誘しようという意思が見える。その思いはさほど強くないものの、少なくとも罠ではないようだ。それがどうにも不気味なのだが、それよりも。
レスカーダなのだ。教主を含む、全員が。
レスカーダ化の一族には制約があり、一族の者をレスカーダ化することはできない。だから、普通に考えると、この中に一族の者はいないということになる。
(ここにいると思ったんだが……この場には戦闘員だけ集めてるのか? それとも、隠れて機を伺ってるのか?)
ニクスが険しい顔で考えている横で、鋭斗は、教団の人たちが攻撃してくる気配が無いことにほっとしていた。
教主は語り出す。
「ワタシがこの世界に来たのは、200年ほど前、王が殺された1年後でシタ。遠隔視と過去視の魔術を併用して様子を見ていたのですが……」
「いや何の話だ」
安堵感から少し強気になり、鋭斗は声を上げた。この話が教団の目的に関係があるとは思えない。急に自分語りをされても困る。
(しかも200年前って……そんなに長く生きてるってことはレスカーダなのか)
「……200年前と聞いて驚かないのでスネ? レスカーダを知っているのでスカ?」
鋭斗の思考と重なるように、教主が疑問を投げかけた。鋭斗とニクスは
「一応」「よく知ってる」
と同時に答える。教主は話を再開した。
「ワタシは最初、オスク洞窟を拠点にしていまシタ。同じ世界から、人がやって来るのデス。何人も、何人モ。ワタシはその全てを教団に勧誘し、従わない者は実験台にしまシタ。実験台のほとんどはすぐに死んでしまいましタネ」
「うわ……」
鋭斗とニクスは同時に呟いた。
ドン引きである。
そんな2人の様子に構うことなく、教主は話を続ける。
「ここに拠点を移したのは20年前のことデス。魔術の実験が、ようやく形になりましたカラ。洞窟にこもるのはやめまシタ。それからは時折、変装して街に出たりもしましたネェ」
要領を得ない話が続く。
「訳あって、あまり派手には実験していませんでしたが、今年の9月に入ってから本格的に色々始めましテネ。団員の協力の下、魔物を生み出したり、大陸から離れた所にいる魔物を誘き寄せタリ」
知りたかった情報の一つが舞い込んできて、鋭斗は目を瞬かせた。ニクスは教主を睨みつける。
「ってことは、その実験ってのは……魔物に関する種々の魔術をこの世界の魔物に適用するためのものか」
「ええ、そうデス。生み出した魔物は弱かった……誘き寄せた魔物も、首都近辺ではあまり成果は得られず……巨大な鳥くらいでしたかネェ。しかし! オスク洞窟近辺は大量に来ましタヨ。今頃は大惨事でしょウネ」
「オスク洞窟近辺か……なら問題ねぇな」ニクスは笑みを浮かべる。「スパイルが全部倒してるぜ」
それを聞き、教主は眉をひそめた。
「そんなことあるはずが——」
「教主様、どうやら事実のようです! 村も街も、平和そのものです!」
教団員の一人が言った。遠隔視魔術で確認しての言葉だった。
教主は嘆息する。
「……まあ、良いでショウ。実験が成功したのには変わりありませんカラ。さて、それでは教団の目的を語るとしましょウカ」
教主は少しの間を取った。そして、芝居がかった語りを始める。
「この世界は、不完全。死後の世界が無い上に、支配者たるべき神もいない。ならばワタシが創りまショウ。死後も苦しむべき場所を、この世を統べる存在ヲ!」
「いや、死後の世界は要らねぇだろ」
ニクスが呆れた声を上げた。
あったところで、そこに行くべき魂が無い。死んでも魂が消滅しないのは異世界人だけなのだから。
「それより、データ改ざんの黒幕はてめぇか?」
「それよりとは何でスカ」
「答えろ」
問いただすニクスを一瞥し、教主は歪んだ笑みを浮かべた。
「……あれは面白かったですヨォ。未熟な魔導師が為す術もなく死んでイク! 想定外に強い魔物の前デ!」
それを聞き、鋭斗は「ガチでヤバいやつだ……」と唖然とした。一方、ニクスは「こいつは絶対に殺す」と決意した。
そんな2人を眺めながら、教主は言う。
「それと……そうそう、そういえば名乗っていませんでしたネェ。ワタシはティルノスィスア・リム!」
「っ⁉ リムだと……⁉」ニクスの顔に、明らかな動揺の色が浮かぶ。「何で宗家の奴が! 滅んだはずじゃなかったのか⁉」
「滅んだ……そうなりますよねぇ、ワタシに子供はいませんでしたカラ。もっとも、この世界に来てから何人かに孕ませて男の子を確保しましたガネ。ワタシをレスカーダ化させた後、教団員に殺させましたケド」
「てめぇっ、よくもぬけぬけと……制約はどうした⁉」
「この世界では無効でスヨ。あれは、あの世界の神との誓約に基づくものですカラ」
「……一応聞いておく。何でミエリをレスカーダ化したんだ」
詰め寄るニクスに、教主は語る。
「あの頑丈そうな魂を見ては、実験してみたくなるに決まっているでショウ!」
そこに、悪びれる様子は無い。
鋭斗は混乱した。
(何だこいつ……何だこいつ!)
理解できない。したくもない。予想はできていたのに、本物を目の当たりにして頭が理解を拒否している。
教主は堂々と話し続けた。
「驚くべきことに、彼女の魂は死後の時間経過では質が変化しなかったのでスヨ! もしやレスカーダ化しても変質しないのでは、と思いましタガ……変質してしまいましタネ。ついでに精神支配で友達を殺すよう仕向けまシタ。邪魔をしに来なければ、もっと面白いことになっていたでしょウニ。……アナタの魂でも、ぜひ実験したいところデス」
そう言って目を向けられた鋭斗は、背筋が凍りつくような感覚に襲われた。表情に怯えが浮かぶ。
それを見て、教主は笑った。
「なーんて、ネ。あの少女は、馬鹿で無能で身体能力も低く何の役にも立たなかったから実験に使いましタガ……アナタはなかなか賢そうですし、レスカーダ化せずに教団へ入れてあげまスヨ」
「なっ……」鋭斗は恐怖と混乱で言葉が出てこなかった。
「ふざけるな……」ニクスの声には怒気がこもっていた。
それに対し、教主は不思議そうな顔をする。
「結果的に良かったじゃないですか、今のところ身体能力が強化されただけでショウ?」
「結果の問題じゃねぇ! 人を勝手に実験台にするなって言ってんだ!」
「何を怒っているのです、別に普通のことでショウ」
教主は平然と言ってのけた後、ふと眉根を寄せた。
「そういえば、あの裏切り者もそんな風に怒っていましタネ。全くもって不愉快デス」
それからまた笑みを浮かべる。
「それよりも、我が教団の素晴らしさが分かったでショウ? 入団してくれまスカ?」
「はぁ⁉」「よくそんなこと言えるな」
鋭斗とニクスは同時に声を発した。
2人の態度に、教主は心外だというような顔をする。
「教団の目的を聞いていなかったのでスカ? 種々の実験は全てこのためだというノニ」
「聞いてたぜ……」ニクスは教主を睨みつける。「神だの死後の世界だの、無駄に壮大なこと言ってるが、結局ただの好奇心だろ。このクソ外道が!」
放たれた言葉に、教主の後ろで控えていた教団員が色めき立つ。
「おのれ、教主様を愚弄するか!」
「この素晴らしさが分からないとは、なんという……!」
口々にニクスを責め立てる声を、教主は片手をあげて制した。
「……ワタシを殺したければ、まずはこの教団員たちと戦うことでスネ」
そう言って、教主は嗤った。




