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5章(2) レスカーダ

 東の寮の510号室。

 部屋のチャイムが鳴らされて、メルシャはドアを開けた。覗き窓から見て、チャイムを鳴らしたのが美恵莉だと分かったからだ。

「……ミエリ?」

 ドアの前に立つ年上の後輩は、何も言わず虚ろな目で突っ立っている。その手には、何故か短剣が握られている。

「ミエリ、どうしてこんなものを——」

 言葉の途中で、刃が目の前に迫った。

「っ⁉」

 驚いて尻餅をつく。空を切る短剣を見て、斬りかかられたのだと理解した。

(どうして⁉)

 訳が分からないまま、初級の防御障壁を張る。その障壁は、再び振るわれた短剣にあっさりと斬り裂かれた。

「うそっ」

 なおも迫る斬撃を、必死で躱して廊下に逃げる。

 そして、走った。

(逃げなきゃ。逃げなきゃ!)

 後ろをちらりと見ると、美恵莉がゆっくり体を動かし、こちらを向いた。

(追ってくる⁉)

 次の瞬間、切っ先が目の前に迫った。驚異的なスピードでとびかかってきたのだ。

「っ!」

 咄嗟に体を屈めたメルシャはバランスを崩して転ぶ。すぐに立ち上がり顔を上げると、再び目の前に短剣が迫っていた。

(あ……)

 避けられない。茫然とするメルシャの視界に、逞しい背中が飛び込む。


 ギィンッ、と金属音が廊下に響いた。


 短剣が床を転がる。ニクスがラトゥール剣で弾いたのだ。

「大丈夫か、メルシャ」

「うん……」

 何とかそう答えたメルシャに、美恵莉はなおも斬りかかろうとしていた。俊敏な動きで短剣を拾い上げ、勢いのまま斬り上げる。

 それを許すニクスではない。ラトゥール剣を叩きつけ、短剣を受け止めた。


「何やってんだ美恵莉!」


 エレベーターから出た鋭斗が叫ぶ。

 それを後ろに聞きながら、ニクスは歯噛みした。

(やっぱり、見間違いじゃねぇ……)

 美恵莉は無言だ。焦点の定まらない目で、ただ短剣に力を込めている。

 ラトゥール剣が軋みをあげた。

(このままじゃ折れる)

 ニクスはラトゥール鎖で美恵莉を縛り上げ、手刀で短剣を叩き落とした。

「エイト、こっち来い」

「……何がどうなってるんだ?」

 鋭斗は手招きされるまま、ニクスに近寄っていく。美恵莉が鎖を解こうと抵抗し、ギシギシと耳障りな音が鳴っている。

 見てられない、と鋭斗が顔を背けると、

「気絶させるか?」

 とニクスが提案した。

「頼む」

 その即答に、ニクスは応じる。基礎魔法の雷弾を発動させ、規定より多くの魔力を込めて、美恵莉の首筋に着弾させた。

 それからニクスは、小さく口を開く。

「ヴィアモトゥス・パウロテンプス」

「え?」

 何を言ったのかと鋭斗が聞き返そうとした時、景色が変わった。

 部屋だ。見知らぬ部屋なのに、見たことがあるような気がする。鋭斗がぽかんとしていると、メルシャが声を発した。

「ここ、ニクスお兄ちゃんの部屋だよね?」

「ああ。とりあえず、そこ座ってくれ」

 ニクスは、丸テーブルを囲むように置かれた椅子を指さしてから、美恵莉を壁にもたれさせるように座らせた。

 鋭斗とメルシャが適当に座ると、ニクスは

「まず、ミエリにかけられてる術のことだが……」

 と話しながら席に着く。それから少し、考えるような間を置いて、言葉を続けた。

「精神を支配する類の魔術だ。1日くらいで自然に解けるし後遺症とかも無ぇから、そこは心配しなくていい」

「あ、そうなんだ」鋭斗は安堵の表情を浮かべる。「良かった、呪いの剣にでも操られてるのかと思った」

「ミエリの持ってた短剣からは、特に何も感じなかった。大丈夫だと思う」

 そう言うニクスの表情は、硬い。鋭斗はまた不安になってきた。

「ニクス……? 美恵莉は、大丈夫なんだよな……?」

「多分、今のところは……。ただ……レスカーダ化されてるんだ……」

「……へ? なに化って?」

「レスカーダ化、だ」

「何だそれ。……レスカーダって、確か、データ改ざんの犯人に言ってたよな。〝戦場にいるべき存在〟とか何とか」

「それについては後で話す。レスカーダ化ってのは、死者をレスカーダにすることだ」

「し、しゃ……?」

「……レスカーダってのは、〝生き返った人〟みてぇな意味でな……レスカーダ化すると、魂を基に、全く同じ外見の別の体が現れる。服も一緒に。それで、元の体は消滅して、魂が変質する」

「待って、全然意味分からない。何か、美恵莉が一度死んだみたいに聞こえるけど?」

 上ずった声で言う鋭斗の口には笑みが浮かんでいた。「違うよな?」と言いたげな笑みだった。

 ニクスは拳を握りしめ、真っ直ぐに鋭斗を見る。

「そういうことになる。ミエリは多分、殺されて、レスカーダ化された」

「……!」

 鋭斗は息を呑んだ。頭が真っ白になりそうだった。どうにか頭を働かせ、声を絞り出す。

「何で、美恵莉が?」

「変わった魂してるからだと思う。お前もそうだが……。世界によって魂の質が違うから」

「魂の質……?」

「例えば、この世界の人の魂は死んだら消滅するからレスカーダ化できねぇし、俺のいた世界の人なら死ぬと魂が徐々に変質するから変質前ならレスカーダ化できるって具合だ。そのどちらとも違う魂のミエリは、きっと興味を持たれたんだ。死ぬと魂がどうなるか……それと、レスカーダ化して魂が変質するかどうか……そういう実験に、使われた。……すまねぇ」

「な、何でニクスが謝るんだよ」

「データ改ざんの犯人は、レスカーダなのに、兵士って感じじゃなかった。俺はそれを、〝元兵士だがこの世界に馴染んで雰囲気が変わった〟程度にしか考えてなかった。違ったんだ。あいつは、この世界に来てからレスカーダ化されたんだ。そのことに、考えが及ばなかった」

 その声には、自責の念が滲んでいた。

 鋭斗はようやく頭が冷えてきて、軽く息を吐く。

「……何でレスカーダは〝兵士として戦場にいるべき存在〟なんだ?」

「レスカーダ化する対象を兵士に限定するのが慣わしだったんだ。俺のいた世界の人は、レスカーダになると老いず飢えないようになる。飲まず食わずで何百年でも生きていられる。そんな人があちこちに増えたらおかしなことになるから、放っておいても戦争で死ぬ兵士に限定されてた」

「じゃあ、美恵莉は?」

「身体能力が強化されてるみてぇだが、他のことは分からねぇ。レスカーダ化した時の魂の変質に関しては、俺のいた世界の人と同じく、次に死んだら魂が消滅する状態に変質してる」

「……魂が変質しても、大丈夫なのか?」

「ああ、記憶や人格はそのままだ」

 それを聞き、鋭斗は少し安心した。レスカーダになっても美恵莉は美恵莉のままだと判断したのだ。

「ねえ」黙って話を聞いていたメルシャが口を開く。「レスカーダ化って、魔術なの?」

「いや、全くの別物だ。魔術と違って魔力も詠唱も要らねぇ。一族の男だけが使える、原理不明の力で……魂の質とか分かるのも、この力を持ってる奴だけだ」

 そう答えたニクスは、再び鋭斗に顔を向け、深々と頭を下げる。

「俺は宗家の末裔として、こんな事態は何としても阻止すべきだった。本当に申し訳ない」

「えっ……宗家の末裔……? って、何か偉い立場ってことか?」

「偉いというか……傍系の子孫がレスカーダ化の力を悪用しねぇように取り締まる立場だ。もっとも、俺がもとの世界にいた頃は、傍系の子孫がいねぇばかりか宗家の一つも滅びてて、レスカーダ化の力を持ってるのは俺と父だけって状態だったんだが……」

「そうか……ん? 宗家って複数あるのか?」

「2つある。初代が双子だったらしい。どちらか一方を宗家にすれば優劣をつけるみたいになるから、それを嫌がって両方とも宗家ってことにしたそうだ」


 その後も3人は喋りながら美恵莉の様子をうかがっていた。夕食時にはニクスがカップ麺を用意し、夜の遅い時間になると「メルシャは寝とけ、ベッド使って良いから」とニクスが指示した。

 鋭斗とニクスは夜通し美恵莉を見張っていたのだった。






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