4章(6) 瓶
首都から西へまっすぐ2時間ほど歩いたところに、小さなゴーストタウンがある。その中心にある細い塔が、今日——9月28日の朝に鋭斗が受けた討伐依頼に書かれていた場所だった。
ボーナスは8000だ。昨日の倍ということに少しの不安はあったが、それより下の討伐依頼が2000以下しかなかったことと、「まあ相乗効果も使えるようになったし大丈夫だろ」という考えからこれを受けた。
そういえば月末か、と思いながら、鋭斗は塔の周りを見て回る。
給料は月末締めで、ボーナスも今日の討伐分までが対象になる。28日で9月が終わるというのは、鋭斗に奇妙な感覚を味わわせていた。
(……いないな。上か?)
塔の頂上は、4階建てのビルくらい高い。鋭斗はそこを見上げ、目を細めた。
窓がある。窓際に、黄色いものがある。それくらいしか分からなかった。
(魔物の色は黄色だったし、あれか?)
はっきり見えないので、近付いて確認する必要がある。
鋭斗は塔の入り口から中を覗いてみた。
(うっわ)
思ったより劣化している。上がる手段は階段しか無いのに、その階段が今にも崩れ落ちそうだ。
1段だけ上ってみると、ミシリと嫌な音がした。上段が軋み、パラパラと砂ぼこりや階段の破片が落ちてくる。
鋭斗は顔をしかめた。
(何でこんなことになってるんだ……)
塔自体は頑丈そうで、崩れる気配は無い。ただ階段だけが、著しくボロボロになっていた。
これ込みでボーナス8000なのかと思う程、酷い状態だ。
(手すりも無いし……上ってる途中で足元崩れたら終わりだな)
そう思いながらも、鋭斗は階段を上っていく。一段ずつ、慎重に。
何度か段を踏み抜いて肝を冷やしつつも、どうにか頂上に着き、鋭斗は大きく息を吐く。
(帰りも大変だな……)
上がる時に段を飛ばすのは容易だが、下りる時は難しい。踏み抜いてしまった段を使えないのが難度を上げていた。
鋭斗は頭を振る。
まずは討伐だ。
塔の下から見えた黄色いものは、やはり魔物だった。CDを50枚くらい重ねたような姿だ。
その魔物が、瓶に入っている。ワインボトルを3倍くらい大きくしたような、無色透明の瓶に。
「……?」
鋭斗は眉をひそめた。
討伐依頼の写真には、瓶など無かった。
(この魔物が、瓶を出した? それとも、たまたま近くに瓶があって、入った? ……まさか、この瓶は別の魔物?)
分からない。分からないが、とにかく攻撃しようとした。
その時。
爆発が起きた。
「っ⁉」
鋭斗は咄嗟に障壁を張ったが、タイミングが悪かった。強烈な風に煽られて、反対側の窓から放り出される。
浮遊感。
(やばっ)
障壁を一旦消して、地面に向けて展開。落下の衝撃を少しでも和らげるべく。
「……っ!」
障壁に左腕から激突して転がった。激痛に、「あー」だの「うー」だの言葉にならない声が漏れる。
爆発したのが瓶か魔物かは分からなかった。両方とも粉々になって、爆風と共に飛び散っていた。
鋭斗はしばらくじっとした後、息を吐いて立ち上がる。
「くっ……」
骨が何か所か折れているかもしれない。少なくとも、動かない左腕は折れている。だが、あの高さから落ちてこの程度で済んだのは上々だ。防御魔法の、衝撃を吸収する特性のおかげだった。
魔物は消滅したようなので、あとは帰るだけだ。鋭斗は嘆息し、ゆっくりと歩き出した。一歩進むだけでも痛い。
(これ、長時間歩くのは骨が折れるな……)
普通に歩いて2時間の距離なのだ。勘弁してほしい。
(あーあ……結局、魔物と戦わなかったな……)
ボロ階段を上ったのは骨折り損だったというわけだ。
鋭斗は頭を振った。
(くだらないこと考えてないで、とにかく帰らないと)
17時までに討伐完了の報告をしなければ、失敗扱いになる。こんな目にあって、タダで終わるのは嫌だった。
瓶の破片が、嘲笑うように地面で光っていた。
1時間後。
鋭斗は立ち止まり、何度目か分からない溜息を吐いた。
なかなか距離を稼げない。17時に間に合わないような気がして、気持ちが萎える。
(もう、諦めてここでじっとしてようかな……)
そんなことを思いながら辺りを眺めていると、遠くで火柱が上がるのが見えた。
方角は、東北東。そちらに向かって、自然と足が動く。
あの大きな火柱は、おそらく中級魔法だ。ランクの高い魔導師がいるかもしれない。骨折を治してもらえるかもしれない。その期待感が、鋭斗の背を押していた。
だが、その魔導師は、討伐が終わればすぐに帰ってしまうだろう。急いで行かねば会えずに終わる。
(……ちょっとの辛抱だ!)
自分に言い聞かせて走る。少しして、風になびく銀髪が視界に入った。
(フィノーラ!)
声をかけようとして転ぶ。
その音で振り返ったフィノーラは、目を丸くした。
「エイト?」
「っ……全身が痛い……」鋭斗は呻くように言った。「回復魔法、使ってくれないかな……貸しの分ということで……」
「………………どう?」
フィノーラの声に、鋭斗はがばりと身を起こす。
「ありがとう、すっかり良くなった」
「……何があった?」
「何か、魔物が瓶に入ってて、爆発したんだ。それで塔から落ちて……」
そこまで言って、鋭斗は溜息を吐いた。
フィノーラは首を傾げる。
「まだ痛む?」
「いや、言ってて情けなくなってきただけ」
2人は一緒に歩き始める。
「……そういえば、私も昨日の討伐で瓶を見た。爆発はしなかったけど」
「え、そうなのか」
目を丸くする鋭斗に、フィノーラは頷く。
「瓶には液体が入っていて、討伐対象の魔物がそこに浸かっていた。本来の大きさよりも随分小さい状態で」
「そういうこと、今までは」
「無い。理解不能」
それから2人は無言で歩き続け、魔導師協会本部に戻ってきた。
中央広場はちょっとした騒ぎになっていた。
「何なんだあの瓶!」
「やっぱり、瓶に入ってた?」
「そっちも瓶の中に魔物が?」
討伐の完了報告を終えた魔導師たち6人くらいが話している。
「近付くと爆発したんだ」
「こっちも!」
「爆発? マジ?」
「しなかったのか?」
「それより、中に入ってた液が気になる」
「液なんか入ってなかった」
「爆発の有無と液の有無が関係あったりして」
「ありそう」
「てか、爆発で死んだ人いるかも」
「それはヤバい」
どうやら、あちこちで〝瓶に入った魔物〟が目撃されたようだ。彼らの会話を聞きながら、鋭斗とフィノーラは討伐完了の報告をした。
手続きを終える頃には、更に盛り上がっていた。
「魔物爆弾とか意味分からん。異世界人の仕業じゃね?」
「そうだ、そうに違いない」
「早く見つけ出して殺さないと」
「殺せ殺せー!」
「おー!」
皆、げらげらと笑っている。異世界人のくだりは冗談なのだ。
鋭斗はやや引き気味にその様子を見た。こんな会話には混ざりたくないな、と思う。フィノーラも同様で、そそくさとその場を離れた。
10月1日。
首都の西のゴーストタウンには、昨日に続いて今日も魔導師が来た。別の魔導師が、別の目的で、堂々と足を踏み入れた。
高々と昇った太陽が、彼の明るい茶色の髪を照らしている。
彼は昨日の昼頃に、〝魔物を瓶に詰め爆弾にした犯人はゴーストタウンを住処にしている〟という情報を得た。だから今日、ここに来た。犯人をとっ捕まえて、警察に突き出すために。
建ち並ぶ廃墟の群れを、翡翠色の瞳が鋭く睨む。
(……あそこはまだ住めそうだな)
目星をつけた建物へ行き、中を覗いた。
誰もいない。
(他には……)
こうしてニクスは、まだ人が住めそうな建物を覗いていき、3つめにして当たりを引いた。
その古びた家の中では、15歳くらいの少年が寝息を立てていた。彼の周りには大量の瓶が置かれている。大きさは様々だが、全て同じ形――果実酒のボトルの形をしており、無色透明だ。
(こいつが犯人で間違いなさそうだな。それにしても……)
少年をじっと見て、ニクスは眉をひそめる。
(異世界人か……最近よく会うな。だが……俺ともエイトとも違う世界から来てるのか……)
怪訝に思いながら、「おい」と声をかけた。
少年は飛び起きる。
「誰? 教団の人? ボク、昨日徹夜したから眠いんだけど」
「教団?」
聞き返すと、少年は「しまった」という顔をした。
「今の無し、聞かなかったことにして。じゃないと殺される」
「俺の質問に答えたらな」
「答える答える、何でも答えるから」
随分慌てているようだ。ニクスは嘆息し、少年を見据える。
「爆弾を作った理由、どうやって作ったか、それから……この世界に来た経緯」
「別の世界から来たって分かったの? どうして?」
目を丸くして尋ねてくる少年を、ニクスは軽く睨んだ。
「質問してるのは俺だ」
「ただの実験だ、実験!」少年は慌てて答える。「ボクのいた世界では魔物を瓶に詰めてエネルギーとして使う技術があって、それがこの世界の魔物でも出来るのか試してた! 魔物を詰めた瓶に、魔力を練って作った液を入れて、魔物に吸収させるんだ。液を吸収させきれば、魔物爆弾の完成! もといた世界で、実験に失敗して何か——多分、次元の歪みか何かが現れて、それに吸い込まれて気付いたらこの世界にいたんだ!」
一気に全て、すらすらと。まるで、誰かに同じ説明をしたことがあるかのように。
ニクスは質問を追加する。
「何で人が近付いたら爆発するようにしたんだ」
「魔物爆弾って、そういう物だから。……ボク、何か悪いことした? いいや、してない、してないはずだ! だって、実験してただけだから!」
(こいつ……)
どうやら、この世界をただの実験場だと思っているらしい。いや、誰かにそう吹き込まれたのか。
ニクスは大きく嘆息した。
「もう一つ。この世界に来たのはいつだ」
「3日くらい前! もういい?」
「よくない」
「えぇー……」
少年は、うんざりだというような顔をした。眠そうに目をこすっている。
ニクスは再び嘆息し、告げた。
「異世界から来たことを隠して警察の世話になるか、ここで死ぬか。選べ」
「えぇ⁉ 死ぬのは嫌!」
驚いた顔で言う少年。どうやら混乱しているようで、
「てか、警察⁉ この世界にもあるの⁉ もしかして、ボク、犯罪者⁉」
などと呟いている。
ニクスはこの少年を、爆弾を作って人を襲った犯人として警察に連れていった。そして、詳細を伏せつつ、更生の機会を与えてあげて欲しいと頼んだ。
(教団、か)
帰りながら、ニクスは思考を巡らせる。
魔物爆弾の件が解決しても気が晴れないのは、どうしても〝教団〟という言葉が引っかかるせいだった。
データ改ざんの黒幕に関する情報は情報屋に依頼したが、まだ何も分かっていない。だが、〝教団〟が黒幕に関係しているのではないかという気がしてならない。
(……明日はエイトも情報収集に誘ってみるか)




