4章(5) 観光地
翌日、鋭斗はようやく初のソロ討伐に来た。
ボーナスは4000。討伐場所は「破火の岩前駅から南に徒歩30分」と討伐依頼に書かれていた。〝破火の岩〟というのはC国における数少ない観光地の一つで、この駅は首都から北西に電車で30分の所にある。
(この辺りのはずなんだけど)
鋭斗は広がる景色を見渡した。目印も何も無い、草原だ。魔物の姿は見当たらない。
(方角はあってるし……)
ちゃんと方位磁針を買って持ってきたのだ。歩きながら何度も確認したので間違いない。もう30分歩いているのに変だな、と考えたところで鋭斗は頭を抱えた。
(何で30分歩けばいいと思ったんだよ俺! 馬鹿か!)
日本にいた時の癖が出てしまったようだ。スマホの地図アプリで経路検索して出た目的地までの所要時間が、丁度自分の歩くペースにぴったりだったので、「徒歩15分」と出ていれば15分歩けば目的地に着いた。その感覚を引きずってしまっていた。
この国での「徒歩○分」がどのくらいの距離なのか分からない。電子辞書では調べようがないし、誰かに聞いておくべきだったのだろう。
(……まあでも、歩いてればそのうち見つかるか)
幸い見晴らしはいい。討伐対象を捜しながら、南に歩いていく。
そうして5分経った頃、前方にオレンジ色の何かが見えた。
(多分あれだよな、魔物)
近付いていくと、思った通りの物体があった。キャンプで使うテントのような、オレンジ色の四角錐だ。
鋭斗は、とりあえず魔法を使った。魔物の下から火柱が上がり、燃え上がる。
魔物は向きを変え、別の面を鋭斗に向けた。
そこには口がある。テントの出入り口のような大きさだが、びっしり生えた牙が蠢きガチガチと音を立てている。
(来るか?)
事前に障壁を展開。その直後、魔物が突進してきた。
赤々とした炎に包まれたまま噛みつこうとしてくる魔物に、鋭斗はラトゥール杭を刺す。しかし魔物はまだ動く。
ガシガシと噛み削られた障壁が、小さな音を立てて散った。
杭に体を破られながら、魔物は前進しようとする。その側面へ向けて、鋭斗は水弾を放った。
(……4000はやっぱり簡単すぎたな。慎重になりすぎた)
明日はもっと強い魔物と戦おう。消滅していく魔物を見ながら、鋭斗はそんなことを思った。
軽く溜息を吐き、来た道を戻っていく。
そうして破火の岩の前まで来て、ついでだから寄ってみようかと思った。
破火の岩は大きな岩でできた小さな洞窟だ。観光地というだけあって、入り口には案内のパンフレットが置いてある。
中に入ってみると、売店と休憩所があった。その奥がメインの観光場所だ。
(先に何か食べよう)
鋭斗は売店でサンドイッチを買い、休憩所で腰を下ろす。入り口で取ったパンフレットを読みながら、昼食を始めた。
パンフレットには、このような内容が書かれていた。「破火の岩は祠だ。かつて神を祀っていたらしい。信仰はすっかり廃れ、今ではただの観光地。いや、観光地が無さ過ぎて無理やり観光地化した、と言った方が正しい」
自虐ネタかと思った。
(もっと、どんな神を祀っていたのか、とか、見所は何か、とか……無いのか?)
読み進めていく。書かれていたのは、「どんな神を祀っていたのか文献が無いので分かりません」ということだった。
(なんじゃそりゃって感じだな)
あまりの書かれように笑いそうになりながら、読み進める。もっと酷いことが書かれていた。「神は空想上の存在なので、祀られていたのがどんな神でも関係ないですよね」
(身もふたもない!)
笑いをこらえながら昼食を終え、奥へ続く道へと歩く。
そこには下りの階段があった。
地下へ下りると、更に奥へ向かって水路が続いている。その水路の両脇に人1人歩けるくらいの道があった。洞窟になっている岩とは異なる材質で、大理石に似ている。
(RPGでこういう場所ありそう。というか、あった気がする。何とかの祠、って名前のダンジョン)
そんなことを思いながら、鋭斗は奥へ歩いた。5分もしないうちに最奥へたどり着く。
(ゲームならここに宝箱があって何かアイテム獲得できるんだろうなぁ)
どうしても思考がそういう方へいってしまう。頭を振って打ち消しながら、前を見た。
地味な祭壇がある。石でできた祭壇だ。触ってみるとひんやりとして気持ちいい。
ふぅ、と満足そうに息を吐き、鋭斗は踵を返した。
(それにしても、全然人いないな)
仮にも観光地なのに。土曜日なのだから、自分以外にも観光客がいても良いのではないか。そんな風に思う。
破火の岩に来てから出会った人といえば、売店の店員だけだった。
帰りの電車は遅延していた。またか、と鋭斗は大きな溜息を吐いた。
予定より1時間弱の遅れで魔導師協会本部に戻り、討伐完了の報告を済ませる。その後、何となく図書館へ行った鋭斗は、読書スペースに妹の姿を認めた。
何の教科書だろう、と覗き込んだ鋭斗に、美恵莉は困ったような声をかける。
「兄さん、丁度良かった。これ、現代社会の教科書なんだけど、ここ見てよ」
「なになに、〝およそ200年前〟……って、いつから200年前だ?」
「今年だって。この教科書、毎年発行されて置き換えられてるってメルシャが言ってたよ」
「なるほど」
鋭斗は続きを読んでいった。
およそ200年前、オスク洞窟の近くの村に男が現れた。きらびやかな装飾に身を包み、どこかの王のようだった。男は現れるなり村を焼き、その後も街を巡って破壊と殺戮の限りを尽くした。
驚いたことに、その男は聞いたことのない言葉を話し、見たことのない魔法を使った。この魔法は、後に「魔術」と呼ぶことになった。この国の魔法とは全く異なるものであると判明したからだ。
この悪逆非道な男を、最初は逮捕しようとした。しかし、試みた者は全員殺された。そこで作られたのが「異世界人確殺法」である。
この世界に存在しない言葉、魔術などの要素から、「この虐殺者は異世界人である」と断定。それに基づき制定された「異世界人確殺法」は、異世界人は殺さなければならない、という法律である。異世界人だと知りながら殺そうとしなかった者には、理由に応じて罰が与えられる。異世界人と戦う力を持ちながら戦わなかった者は死刑になった。
この法律のおかげで、国民全員がこの異世界人を殺すために動き、ついに殺すことができた。
そこまで読んで、鋭斗は呟いた。
「なかなか酷いな」
「でしょ。この異世界人がとんでもなく悪い人だったのは分かったけど、異世界人って括りにする必要なかったよね」
「まったくだ。〝異世界人の凶悪犯罪者〟とかに限定してほしいな」
「だよねー。……それはそれとしてさ、一般教養の勉強なんていらないよね」
「は?」
「だって、兄さんは一般教養なんて勉強せずに魔導師になれたんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「毎日のように試験室に缶詰めなんて、間違ってるよ。メルシャにも言ったんだけど、国は魔導師を育てたいはずで、だったらもっと専門的なこと勉強させるべきじゃないかな。私、ここ何日か、全く魔法について勉強してないんだよ?」
「……メルシャは何て?」
「一般教養の勉強は、普通は家でするんだって。けど、魔導師見習いには10歳からなれるから家を離れることになって勉強できなくなる人が出てくるから、ちゃんと勉強させようって方針……みたいなこと言ってた」
「あー、なるほど」
「諦めて勉強してって言われちゃった」
「それはメルシャが正しい」
「えー」
不満げな声を上げる美恵莉に、鋭斗は苦笑した。




