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4章(4) 犯人

 3階の廊下を歩くと、すぐに「受信機管理室」と書かれた扉が見つかった。鋭斗はそっと押し開く。

 その部屋の中には、ひと昔前のパソコンのような機械が20台ほど並んでいた。

 1台につき1人、椅子に座って操作している。受信機のデータを整理して、閲覧機に送っているのだ。皆同じスーツ姿だが、突然の闖入者に驚く者もいれば、意に介さず作業を続ける者もいる。

 ニクスは彼らをざっと見て、目を瞠った。そして、一人の男につかつかと歩み寄り、胸倉を掴んで立ち上がらせる。

「⁉」

 鋭斗はぎょっとした。訳が分からなかった。ニクスの突然の行動に混乱した。

 だが、ニクスはもっと混乱していた。

「てめぇ、何で——」

「いきなり何をするんだ! 暴行罪だぞ!」

 胸倉を掴まれたまま、男は抗議した。

 ニクスはぱっと手を放し、男を椅子の上に落とす。そして、鋭く睨みつけた。

「てめぇがやったのか」

「何の話だ」

 男はしらばっくれたが、ニクスは「こいつが犯人だ」と確信する。

「他にデータを改ざんした奴はいるか」

 全体を見渡しながら言ったニクスに、皆、「する訳ないだろう」と言うような顔をした。

 ニクスは犯人の腕を引っ張る。

「来い」

「待て、データ改ざんだと⁉ 何のためにそんなことをすると言うんだ!」

「知らねぇ! 俺のセリフだ。何が目的でデータを改ざんしやがった!」

 言い合いが始まった。

 その様子を唖然と見ている鋭斗に、職員の一人が小声で話しかける。

「あれ、止めてくれませんかね……」

「……そうですね」

 無関係な職員に迷惑をかけるのは良くない。鋭斗は緊張しながらニクスの所へ歩き、呼びかけた。

「ニクス……」

 その咎めるような声で、ニクスはハッとした。そして、声を落として犯人に告げる。

「大人しく来れば、てめぇが異世界人ってことは黙っといてやる。来ないなら、ここで殺す」

 他の誰にも聞こえないような小声だった。男はビクリと震え、ゆっくりと立ち上がる。それから観念したように「分かった、行く」と呟いた。



 犯人を連れて、鋭斗とニクスは首都行きの電車に乗った。犯人の態度は、ニクスと言い争っていた時とは全く違う。意外なほど大人しくついてきた彼を気味悪く感じた鋭斗は、思い切って尋ねた。

「何で来る気になったんですか?」

「罪を認めて生きるか、認めずに死ぬか。当然、前者を選ぶ。それだけのことだ」

 憮然と告げる犯人に、ニクスは嘆息する。

「……その様子だと、黒幕は別に居るな? 誰の指示だ」

「それは言えない。……自分は、生きるか死ぬかの選択で、常に生きる方を選んだ。非道なことをしてでもな」

 この車両には、他に誰も乗っていない。周りを気にせず喋ることができるのを良いことに、犯人は滔々と語る。

「データの改ざんもその一環だ。指示されて、そのためだけに管理会社に入った。バレないように慎重にやっていたのだが、気付かれるとはな」

「警察には知らぬ存ぜぬを貫いたのか」

 口を挟んだニクスに、犯人は溜息を吐く。

「ああ。A国の工作員などと的外れなことを言っていたのには笑いそうになったがね。まったく、この国は、国として大丈夫なのか心配になるほどだ」

「まあ、その点は同意だけどな」

「だから、シラを切り通せば誤魔化せるかと思っていた。実際に誤魔化せた。だというのに……」犯人は再び溜息を吐いた。「何故、真っ直ぐ向かってきた? 何故、異世界人だと分かった?」

「てめぇがレスカーダだからだ。兵士として戦場にいるべき存在が、あんな風にデスクワークしてたらビックリするだろうが」

「ああ、それでか」

「けどまあ、そういうこともあるよな。この世界は戦場無ぇし。ところで黒幕の目的は?」

「お遊びだ。そうとしか言い表せない。今月は犠牲者をゼロに出来て良かったな」

()()()? どういうことだ」

「4か月前にも8か月前にも、同じ様にデータ改ざんをしていたんだ」

「……そうか」

「気付かなかっただろう。それが普通だ。魔導師同士は同僚であると同時に商売敵でもある。〝先輩〟は新人に情報を与えるのを嫌がるし、新人の方も手の内を明かしたくないから討伐時のことを語らない。だから、データ改ざんの被害に遭っても、当事者も周りも気付かない。犠牲者が出ても、よくある新人の勇み足としか思われない」

「そう、だな……」

 よく練られている。データ改ざんの実行を魔導師試験が行われる月に絞ることで、被害に遭うのが新人魔導師になるよう仕向けていたのだ。しかも、魔導師の心理をよく突いている。首都や大都市で暮らす魔導師は、割の良い討伐依頼やボーナスの高い討伐依頼の取り合いになることが多いため、他の魔導師を商売敵のように感じる傾向が強いのだ。だから犯人の言う通り、気付かないのが普通だ。それでも、ニクスは、気付けなかったことが悔しかった。

 黙り込むニクスの隣で、鋭斗は犯人へ疑問を投げかける。

「黒幕を言えないってことは、言えば殺されるとかですか?」

「そうだ。魔術で監視されている」

「そうですか……」

「……殺さずにいてくれたことに謝意を示し、忠告しておこう。もしお前たちが黒幕を知ることになったとしても、関わらない方が良い」



 首都に着き、3人は特殊捜査局へ行った。

「データ改ざんの犯人を連れてきた。取調室に入れてくれ」

 ニクスが局員にそう言うと、局員は驚いた顔をしてすぐに中へ案内し、取調室のドアを開けて立ち去った。

 取調室の入り口で、ニクスは犯人を前に立たせ、告げる。

「こいつが犯人だ。A国とは無関係だと」

 その声に、取調官と睨み合っていたスパイルが振り向き、破顔した。

「おっ、ニクスにエイトも! お前らが犯人見つけて来てくれたのか。助かった!」

 言いながら立ち上がる。そして再び取調官を睨んだ。早く出たいと言外に告げるように。

 だが、取調官は目を瞬かせるばかりだった。スパイルは嘆息する。

「もう良いだろ、荷物返してくれ」

 その言葉に、取調官は慌てて荷物を取りに行った。

 鋭斗は驚きながら彼を見送る。証拠も何も無いのに、そんなあっさり返して良いのか、と呆気に取られた。しかし、そもそもスパイルは証拠も何も無いのに拘束されていたのだ。国民性だから仕方ないと納得するしかなかった。

 スパイルは、戻ってきた取調官から荷物を受け取り、通信機を確認する。

「……すぐ戻らねぇと」

 その表情は険しい。ニクスは目を瞬かせた。

「どうした」

「なかなかヤベェ魔物が発生してやがる。1体やそこらじゃねぇ」

「急に出てきたのか」

「ってことになるな。ちょっと妙な感じはするが、まあ考えてもしょうがねぇ」

 それだけ言って、スパイルは走り去った。

 鋭斗とニクスはゆっくりと特殊捜査局を後にする。

「さて、メルシャに事の顛末を教えてやらねぇとな。エイトも来てくれ」



 東の寮にも、西の寮と同様、防音の個室付きの喫茶店がある。

 そこへメルシャを連れてきたニクスは、鋭斗と共に管理会社での出来事を語った。

「……って訳で、犯人を特殊捜査局に連れて行って、スパイルは釈放された。すぐ仕事に行っちまったけどな」

「そっかぁ……」メルシャはココアを飲みながら苦笑いを浮かべる。「お父さんとお話しできれば良いなって思っていたけれど、それじゃあしょうがないね」

「ああ。にしても、犯人が異世界人とはな」

 ニクスは溜息を吐き、コーヒーを口に含む。メルシャは小首を傾げた。

「黒幕も異世界人なのかな?」

「どうだろうな……。〝魔術に長けた異世界人と結託して何か企んでるこの世界の人〟って可能性もあると思うんだが」

 思案気にそう言ってから、ニクスは鋭斗に視線を向けた。鋭斗はコーヒーを飲みながら、黒幕のことが気になって仕方がないような顔をしている。

「なあエイト。黒幕は、犯人がわざわざ忠告してきたくらいだし、余程やべぇヤツなんだろう。存在自体を知らなかったことにしようぜ」

「賛成」鋭斗は即答したが、

「駄目だよ」メルシャは真逆のことを言った。

 ニクスは不満げな顔をする。

「何が駄目なんだ」

「だって、そんなこと言っておいて、ニクスお兄ちゃんだけで調べるつもりだよね?」

「え」

 鋭斗は驚いてニクスを見る。ニクスは苦笑した。

「メルシャにはバレるか。でも、慎重にやるつもりだぜ?」

「そういう問題じゃないんだよ。そんな危険な黒幕を、探そうとしちゃ駄目だよ」

 メルシャの言葉に、鋭斗も頷く。

「ニクス、あんまりメルシャに心配かけるなよ」

「そう言われてもなぁ……。放っておく訳にはいかねぇだろ。異世界人かもしれねぇなら尚更だ」

「だったら」メルシャは呆れまじりに微笑む。「エイトさんと一緒に調べれば良いんだよ」

 その言葉には、期待が含まれていた。お互いに無茶をしないように動いてくれるのではないか。無茶をするにしても、2人なら安全なのではないか。そういった期待が。

 ニクスは鋭斗をじっと見る。

「……嫌なら断って良いんだぜ?」

「嫌な顔してるか?」

「してねぇな。むしろ、何かワクワクしてるな」

「正解。でも、ニクスが嫌なら別に……」

「はぁ……」ニクスは大きく息を吐き、テーブルに突っ伏した。「データ改ざんに気付けたのはエイトのおかげだから、エイトの意思に委ねようと思ったのに……結局は俺次第かよ。しょうがねぇ、メルシャの頼みを聞いてやるか」

「じゃあ……」

 メルシャの瞳が嬉しそうに輝く。ニクスは体を起こしてニヤリと笑った。

「ああ、黒幕探しはエイトと一緒にやる。って訳でエイト、何か情報掴んだら言うから何日か待っててくれ」

「了解」

 そう言って笑う鋭斗は、実に楽しそうだった。






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