2章(6) 再会
帰りの電車の中で、プロニが
「まだ5000は早かった?」
と尋ねた。鋭斗に向けられたものだった。
鋭斗は首を傾げる。
「いや? もっと上げても良いくらいだと思ったけど」
「そう? ちょっと手こずっちゃったのに?」
「……プロニが拘束系の魔法使ってれば楽勝だっただろ。何で使わなかったんだ?」
「拘束系って……ラトゥール鎖で拘束する魔法とかのこと?」
聞き返すプロニに鋭斗は大きく頷く。
攻撃を当てるのが難しいなら魔物の動きを封じれば良い。プロニは素早い動きの魔物に苦戦しがちだが、拘束系の魔法を使えば解決するはずだ。
そう考える鋭斗に対し、プロニはきっぱり告げる。
「覚えてないもの」
「は? 何て?」
「覚えてないわ。好みじゃないもの」
「いや、好みじゃないって……そういう問題か?」
「そういう問題よ。拘束なんて使わずに勝ちたいの。あと、目くらましも嫌よ」
何故か誇らしげに言われ、鋭斗は渋面を浮かべた。妙なこだわりがあるのは良いが、それだとボーナスの高低にかかわらず倒せない魔物が出てきそうだ。
鋭斗が小さく嘆息した時、首都の駅に着いた。
3人で昼食を済ませてから中央広場に向かう。
そうして討伐完了の報告を終えた直後。
「兄さん!」
後ろから声をかけられた。鋭斗は、その聞き慣れた声に驚き振り返る。
「っ、美恵莉⁉ 何でここに⁉」
と言っている途中で勢いよく抱きつかれた。
「ちょっ、人前で! やめろっ」
視線を移すと、プロニとレウリオが唖然としている。鋭斗は嘆息しながら再び視線を妹に戻し、引き剥がそうとした。
「いい加減、離れろ。くっつくな」
「やだ!」
「歳を考えろよ恥ずかしい!」
攻防を繰り広げていると、プロニが
「えーっと、エイトの妹さん? 何でここにいるの?」
と尋ねてきた。そこで鋭斗も怪訝に思う。
中央広場は関係者以外立ち入り禁止だ。魔導師の妹だからといって入れる場所ではない。
美恵莉はプロニへ元気よく答えた。
「私、魔導師見習いになったんです! 兄さんに会うために!」
その言葉に、鋭斗は目を瞬かせる。〝魔導師見習い〟について、そういえばよく知らない。魔導師になった時にも魔導師見習いでないことを珍しがられたが、普通はそれを経由して魔導師になるものなのだろうか。
そんな疑問に答えるように、美恵莉は話す。
「あのね、兄さん。魔導師になる人は普通、実技試験に合格して魔導師見習いになってから、魔法の腕を磨きながら魔導師試験の勉強をするんだって」
「そうなのか……。実技試験ってどんな?」
「基礎魔法をいくつか使うだけ。でも、魔導師見習いになれるのは18歳以下だから。私はギリギリなれたけど、兄さんは無理だったね」
「なるほど」
「魔導師見習いは国から生活費もらえるから安心して。その代わり、絶対に魔導師を目指さなくちゃいけないけど」
「……お前、魔導師になりたかったのか?」
嫌な予感がした。魔導師は命の危険もある仕事で、生半可な気持ちでなるようなものではない。だが、妹は、安直な考えで魔導師になろうとしているような気がしてならない。
果たして、答えは。
「うーん、別に。でも、兄さんと同じ仕事が出来るなら悪くないかなって」
楽し気な笑顔でそう告げられた。鋭斗はこめかみを押さえる。
「やめとけ馬鹿……って言ってももう無理なのか」
「もう魔導師見習いになっちゃったからね。ついさっきだけど」
「危険なんだぞ、分かってるのか」
「まあまあ、まだまだ先のことなんだし」
美恵莉はまだくっついたままだ。やけに嬉しそうな顔で、プロニやレウリオにも話しかける。
「兄さん無茶してませんか? 無鉄砲なところあるから心配で」
「無鉄砲? エイトが?」
きょとんとするプロニ。その隣でレウリオも意外そうに口を開く。
「慎重派かと思っていたけれど……違うのかい?」
「そうなんですよー。例えば、何人かで階段使って〝何段目から飛び降りるか〟の高さを競う度胸試しみたいなのしてる時に、階段の一番上から飛び降りたりして」
「何それ、大丈夫だったの?」ぎょっとしてプロニが尋ねる。
「何ともなかった。しばらく足が痛かったくらいで」鋭斗は気まずそうな顔をする。「まあ、そんなに高い階段じゃなかったし、小さい頃だったから軽かったのもあるかも」
と話している間にようやく美恵莉を引き剥がすことに成功した。
「じゃあ俺、今から魔力制御の練習するから」
鋭斗はそう言って、逃げるように練習場へ向かう。
「えー?」美恵莉はついて行こうとしたが、はたと立ち止まった。「あ、色々やることあるんだった。兄さーん! また後でねー!」
鋭斗は届いてくる声を無視し、足早に歩いた。
(何で、美恵莉がこの世界に来てるんだよ)
会って嫌だった訳ではない。むしろ、元気な姿を見てほっとした。だが、美恵莉は、日本にたくさん友達がいて、大学でもうまくいっていて、両親と密に連絡を取っていて……。
(俺が異世界転移するのとは、訳が違うのに……)
ちゃんと話をしておけば、美恵莉が追いかけてくることはなかったかもしれない。再会の喜びよりも後悔が大きくて、溜息が漏れる。
いつの間にか練習場に着いていて、重い気分のまま中に入った。
その瞬間、ドォンと物凄い音がした。
(っ⁉)
何かが飛んでくる。咄嗟に障壁を展開。拳大の黒い塊がぶつかって転がった。
鋭斗が呆然とその塊を見ていると。
「……あ。ごめん」フィノーラが、練習場の真ん中付近から声をかけた。「上級攻撃魔法を使ったらこうなった」
「いや、俺もぼーっとしてて……。もしかしてこれ、仮想魔物?」
練習場の仮想魔物は、本来、上級攻撃魔法に耐えられるように設定されている。それが壊れて吹き飛んだということは。
鋭斗の思考に重なるように、フィノーラが
「誰かが設定を間違えた。報告してくる」
と告げて出て行った。
それを黙って見送った鋭斗は、近くの仮想魔物に向けて〝水の玉を撃つ魔法〟を詠唱して使った。
水弾は、仮想魔物に当たって散るはずだった。
だが、散ったのは仮想魔物の方だった。
「え」
どうやら、設定ミスの仮想魔物は一つではなかったらしい。しかも初級で壊れるとはとんでもない紙防御だ。
鋭斗は嘆息し、壁に体をあずけた。設定が直るのを待つしかなかった。
他に人がいないのは幸いだったかもしれない。人が多ければそれだけ壊れる仮想魔物の数も増えていただろう。
少し経ってから担当者が謝りに来て、設定を直して帰っていった。
フィノーラは直った仮想魔物に向き合っている。鋭斗は壁から離れ、声をかけた。
「こういうことって、よくあるのか?」
「時々」
短く答えたフィノーラは、すっと手を出して魔法を使った。
仮想魔物の周りに数多の火花が散り、1つ1つが小さな爆発を起こしていく。それらが重なり合い、隣の仮想魔物まで巻き込む大爆発を起こした。
凄まじい爆風が、フィノーラだけでなく近くにいた鋭斗をも襲う。だが、フィノーラは鋭斗の前にまで障壁を張っていた。
「あ、ありがと」
「別に。上級攻撃魔法を使うなら、こういう配慮は必要」
そっけなく答えたフィノーラは、出入り口に向かって歩き始め、「……っ」突然うずくまった。
頭を押さえている彼女に、鋭斗は慌てて駆け寄る。
「……大丈夫か?」
「平気……頭が痛くなっただけ」
フィノーラはよろめきながら立ち上がり、そのまま練習場を出て行った。
鋭斗は立ち尽くすことしか出来なかった。
魔法を使うと脳が疲れる。使い過ぎれば頭痛がするし、頭が働かなくなって魔法を発動できなくる。格の高い魔法ほど脳への負荷が大きく、連続して使うのは厳しい。
そういうものだということは、知っていた。知ってはいたが、上級魔法がたった2発でああなるほどキツイものだとは思いもよらなかった。
(……いや、それまでにも他の魔法を練習してたとか、可能性あるし)
頭を振って、仮想魔物に向き直る。上級魔法などまだまだ先の話だ。とにかく詠唱無しで初級攻撃魔法を使えるようにならなければ、一人で魔物を倒せない。
余計なことを考えないように意識しながら、鋭斗は練習を続けたのだった。




