8-5
「力? あんた達の試験とやらは、ピラミッドで終わってるんじゃなかったのか?」
「エルフィンちゃんの精神面がどうの、とは言ってたけど、少なくても戦闘力は認めてた筈よね。なのに、なぜもう一度だなんて」
ブルーさん、レディアさんが立て続けに問うが、マルンは既にかなりの戦意がうかがえる表情だ。この分だと例え断ったとしても、彼が言う所の「試験」は避けられないだろう。ただ、ピラミッドでの戦闘時は精霊は3名だったが、今回はたった1人で戦うつもりなのだろうか? 対するこちらには今アスティもいる。回復能力の目立つ彼女だが、こと魔法においてなら攻撃力も決して低くはないのだ、その増員があって尚と言うのならマルンの能力は、実際はあの時より遥かに高いのかもしれない。
「本っ気で生意気な野郎だな。だったら一発でこっちの力ってもんを解らせてやる!」
ところが、その辺りの注意を促そうとした時、そもそも炎霊とは反りの合わなそうだったスバノンが言葉と同時に飛びかかってしまった。
「て、ちょっと待てっ。あいつ炎の精霊だぞ、ここでその魔力なんて振るわれたら……!」
慌てて制止するブルーさんの声も間に合わない。剣先が光の闘気を宿しマルンの身へ ―― 届くかどうかでその姿が瞬時に大きく後退する。直後、ライジングファイアの炎が凄まじい勢いで襲いかかってきた。
「ブルーさんっ!」
呼びかけた時には、レディアさんも火炎呪文を放っている。マルンの魔法はやはり前回とは威力がまるで違う、いくらブルーさんでも1人では相殺しきれないと見たのだろう。
おかげでスバノンも、私達も火炎の渦から逃れる事は出来たが ―― 咄嗟に炎霊ではなく周囲へ向かって氷結呪文を放った私に合わせる様に、ブルーさんも風刃魔法を使ってくれる。トワイライトは氷の洞窟だ、その内部でこうも激しい熱を発生させれば熱湯と化した水や水蒸気で洒落にならないダメージを受けてしまいかねない。
この防御は、けれど何故か空振りと言える結果に終わった。確かに水滴や氷の破片なども落ちては来たが、それはごく僅かなものだったのだ。この程度なら身体に当ったとして1回のヒーリングで戦闘続行も容易だろうが、一体どうしてなのかと訝しんでいると。
《安心しろ、お前たちの力量を見ようってのにそっちが不利になる条件なんかつけねぇよ。人間が立ち入る結晶石の採掘箇所ならともかく、この最奥部はアルテリアの魔力が満ち溢れてるからな、生半可な火炎魔法じゃ壁も天井もほとんど融けやしないぜ》
「そう言う事か、ならその点は助かるが……一応は全力で放ってるんだがな」
「バカにされないよーに、さっさとメテオでも使えばいーだろがっ!」
言いつつ再び地を蹴ったスバノンが繰り出したのは、ダブルフラットだ。やたらと素早いマルンには攻速重視でいくべきと見たのだろう。
相手が精霊だろうと、物理攻撃が通じない訳ではない。寧ろ半実体である分、普段なら致命打にもなり得る攻撃が当たったとして消滅までには至るまい。これはあくまで彼が持ちかけた試験であってマルンを倒す為の戦闘ではないから、本当なら奥義の連発などはしたくないところだが、不安要素はそうした予想で打消し、スバノンに続こうとした時だった。
「ちょっ……下がってスバノン!」
「無理だ、皆で魔法の方が早いっ!!」
レディアさん達の叫びが意味するもの。それに気づいた瞬間、自分に可能な最大威力でウインドスライサーを放つ。更に上級の風刃魔法・ストームカッティングはブルーさんが、レディアさんもサークルブレイズを使った様だが、それらが一体となりぶつかっても尚、マルンが解き放った超高熱の火炎を防ぎきる事は難しかった。
「きゃ!? あつっ。熱いってばぁ~……精霊さんの嘘つきー! あちこち融けてるじゃないっ」
「それより、あの馬鹿はどうなったっ? まさか逃げ遅れてるんじゃ」
未だ吹き荒れる熱気や滴る湯に悲鳴を上げながらも、アスティがパーティハイヒーリングを使ってくれているので私達の怪我はすぐ癒される。頭上からの落下物には閉口だが、その効果に頼りつつ水煙の中を探すと、最後に彼が居たと思われる地点よりは大分下がった辺りにうずくまるスバノンを発見した。
急いで駆け寄り様子を見ると、思った以上にダメージは軽そうでひとまずは安堵する。幸いアスティの全体回復も高レベルのものになっていた為だろう、この位置にまでその力が届いていたのが何よりの命綱だったらしい。それでもまだ呼吸は辛そうだったのでハイヒーリングをかけてあげると、楽になったか漸く彼らしい口を利き出した。
「くそ、何なんだアレ……あんな魔法ありなのか? ファイヤーケーブ並の暑さじゃね? 今の」
「ただの上位精霊でもなかったかもな。さすがに勇者の助け役を務めるってだけはある。あれは威力からしてメルトクリーパーだ、ステラでも修得者なんているかどうか ―― ラーンさんでさえ覚えてないんじゃないか?」
背後に来ていたブルーさんの口にした呪文名に、少なからず驚かされる。分類上、火炎系の最上級魔法はメテオだが、これは厳密には炎と大地の魔力の複合呪文の為、ある意味別格の魔法とも言える。そのメテオを除いた場合、最上級とされるのがメルトクリーパーだった筈。サークルブレイズより広範囲に使える上、その威力も基本的にずっと高く、おまけに術者の魔法力次第で炎の温度は際限なく高まっていく。これでは、この洞窟の氷といえど融けだしてしまうのも仕方あるまい。
「て、どこが手伝い役だどこがっ!! あんなの下手すると俺たち全員丸焦げだろーが!? アイツ勇者を助けるどころか、エルフィン殺すつもりじゃねっ?」
《そんな訳あるか。言っとくが、魔王の魔力はもっととんでもないんだぜ? 俺ひとりに泣言ぬかすくらいなら、さっさと家帰って寝てるんだな》
見れば、一旦休憩とでもいう所なのか、先程よりは我々に近づいた場所でマルンがそんな言葉と共に笑いながら宙に浮いている。
その台詞に従うなど出来る筈もないが、かと言ってあの強大な魔法に太刀打ちできる術があるかと問われると厳しいのも事実。私は風よりは氷結呪文の方が得意ではあるが、現在使えるフロストタワーではメルトクリーパーには及ぶまい。同じ火炎系で対抗するにも、ブルーさんは先の説明からしてメテオがその最高呪文だろう。そして、これは流石にブルーさんと言えど無詠唱では使えない様なので、即時相殺の手段には向いていない。
魔法の専門家やオールラウンダーのレディアさんがいるので気が抜けていたのかもしれない。もっと早めに最上級の氷結呪文を覚えておくべきだった、そう悔やんでも今この時には遅すぎる。はたしてこの事態を如何に切り抜けるべきだろう?
《どうした。本気で降参か? 頭数だけ多くたってエガオンひとり分にもならねぇとか、当代の勇者はちょいと弱すぎるんじゃないか、こりゃ》
「 ―― そんな事ないもんっ。エルフィンだってもっと、すっごい強いんだから!」
マルンの声に反応したのは、アスティだった。言うや否や放った魔法にマルンも対抗しかけた様だが、その炎を切り裂く勢いで光の魔力が激突し、精霊の身が遥か後方に飛ばされる。四散した火炎は私とブルーさんの風刃魔法で皆の周囲から吹き弾いた。
「て、今のまさかルインズ? あれだけの神聖魔法なら、あいつでも倒せるんじゃないかしら」
「いや、確かに威力はあるけど、ほぼ最上級のルインズを連発なんて反動が途方もないぞ。ここは素早さのあるエルフィンちゃんにマルンを押え込んでもらって、後ろからそれぞれの魔法を撃ち込んでいく方が……」
「んな真似させられるか! アイツ、普通の奴と魔法の出し方全然違うだろっ。エルフィンも回復使えるけどよ、さっきみたいな魔法きたら間に合う訳ねーぞ、危険だろうがっ?」
レディアさん達が相談する中、強力な神聖魔法を使った影響か息の切れているアスティがいきなり、私の手を取る。単に注意を引く為でもないらしい、その目には常日頃とは打って変わった真剣さがあった。
「エルフィン、ヘイストもらえば最強技だって使えたよね? それで、あの精霊さんをやっつけて。途中でさっきの魔法がきても、それからは私が絶対、守ってみせる」
「おい、何言ってんだアスティ!? あんなの防ぐとか無理だって、お前が得意なのは回復だろっ?」
「確かに防ぎきるのは無理。でも、エルフィンが熱いのを我慢してくれたら、火傷で動けなくなる前には絶対、全てを治しきってはみせるよ。ブルーさんだってアースヒール使えるし、私達の事はスバノンやレディアさんが守ってくれるから大丈夫 ―― エルフィン真面目に頑張ってるのに、人を勝手に勇者にしておいて馬鹿にするとか許せないよ。だから、エルフィンが強い事はっきり、教えてあげよう?」
スバノンの制止も聞かないアスティは、どうも相当怒っているらしい。普段のそれとは全く異なる怒り方に正直戸惑いも覚えたが、その言葉には頷いてみせた。
私がこの旅を続ける事を選んだ理由。彼女が私に向けてくれる信頼こそがそれだったと、今再び思い出したから。ここで炎への恐怖から弱音を吐いたりして、その思いを裏切る様な事は、してはいけないだろうから。
「……そうよね。あんなの軽くやっつける位でなくちゃ、魔王に会っても仕方ないし。なんならスバノン、リンちゃんの所に帰って寝てる? この時代の英雄には、私達だけでなっておくわよ」
「て、そりゃないぜレディアさん。別に俺だって、やる気がねー訳じゃ」
「だったら、魔法が使えない分を補う活躍でもするんだな。レディアさん、ヘイストは2人でかけよう。二重がけならエルフィンちゃんの敏捷性もより高まるし、俺達のサポートも素早く繰り出せるようになる」
「了解。じゃ後方は任せて、頑張ってねエルフィンちゃん」
その応援にもう一度頷くと、手元で変わった魔法力が発動するのを感じた。見れば、まだ私の手を取ったままのアスティが更に魔力を高めていく。それは一見治癒魔法にも思えたが、いつものものとは何かが違う。
そんな魔法力があっという間に全身を包んでゆく。そこでやっと、この術の正体に気が付いた。
いつの間にこんな魔法まで修得していたのだろうと、驚きと感心でアスティの笑顔を見つめた時。
《まったく、お前よりそのちみっこい方のが強いんじゃねぇか? この前は見なかった気がするが、隠し玉としちゃまぁまぁかもな》
「はっ、魔法一発で今までへたってる様じゃ、次は耐えられねーぜきっと。エルフィン、サクッと決めてやれ!」
流れてきた声にスバノンが応じると同時、身体を新たな魔力が覆う。ヘイストの恩恵を得た事で羽より軽く感じる身に気合を込め、一気にマルンへと躍りかかった。




