8-4
「げ。また出てきやがったな精霊。何の用だよ、お前」
《用? 別にお前たちに用はないんだよ。この洞窟は、涼を取って身体を休めるのに最適ってだけだ》
「……涼を?」
ピラミッドでの印象を引きずっているのか、スバノンが露骨に不機嫌そうな声で言うのへ、その影 ―― マルンといったか、炎霊もあの時と変わらぬ調子で返してよこす。
その返事に、何故かブルーさんが不審げな視線を向ける傍らでは、アスティが目を丸くしていた。
「スバノンも知ってそうって事は、この人がピラミッドで会ったって精霊さん? わぁ、やっと見られた、て言うか初めて見たー♪」
「喜ぶほどのもんじゃねーぞアスティ。こいつら、大体が性格わりぃんだから」
《頭の悪そうなお前より、ましだと思うがな》
「いちいちうるせーぞコラっ」
「そんな騒ぎより……封印って言ったわよね? 一体、どういう事なの」
やや厳しい目つきになったレディアさんへ、更に何か続けたそうだったスバノンを放置する形でマルンが向き直る。そして開かれた口からは、やけに事情に精通していそうな説明が流れ出した。
《正しくは、自らを封じてるのさ。……そいつは、この洞窟の守護精霊・アルテリア。人間の間じゃ“氷の女王”なんて通り名で知られてる、氷の最上級精霊だ。かつては、ここに住んでた人間たちを陰ながら見守り魔物を退けてやってたりしたんだが、今じゃ人なんて滅多に来ないしな、だからそうやって普段は眠ってる。ずっと起きてると、その魔力の影響で洞窟の冷化が進んじまって、少なくても人間は立ち入れなくなっちまうからな》
「ほう……じゃ、あの広場は何らかの神じゃなく、この精霊を祀ってた訳か?」
《ああ。昔はそいつも、割と人間たちと交流してたからな。その面会場所だったのがあの祭壇だ》
「おいブルー。こいつらの話なんて別に興味持たなくていーだろ。今探さなきゃならんのはブラウセブンだろうが」
会話の途中、多少苛立ったかのスバノンが割り込んでくる。確かに今は急ぎの旅の最中だ、彼の言い分も解らぬではない。もっとも、スバノンは単にこれ以上炎霊と話したくはないだけかもしれないが。
ところが、マルンはその言葉尻に何か気をひかれた様だった。
《そんなもん探して、どうするつもりだ?》
「お前にゃ関係ないだろ。俺らは色々、探し物で忙しーんだよ今」
《お前、本当に馬鹿だな。てか探し物には向かないな》
「何だとっ? お前こそ毎回ムカつく物言いなんとかならんのかっ」
「ま、まぁ落ち着いて……精霊さん、何か知ってるの?」
《ブラウセブン……『青色の弓』だろ。それなら、その凍ってる奴が持ってる。起こしさえすりゃ、すぐ手に入るだろうぜ》
「え? マジかそれっ」
「本当? じゃ、早速……て。どうすれば起こせるか、貴方知ってる?」
アスティの問いには、別段勿体ぶるでもなく答えてくれた精霊に、レディアさんも喜色を覗かせる。だが、これ程堅固な封印とやらをそう簡単に解けるのだろうか? 彼女やブルーさんなら、もしかすると解呪術式の知識もあるのかもしれないが……話からすると、相手はかなりの実力者。その力で施した封印となると、たとえ当て嵌まる術式を知っていたとしても時間がかかりそうである。
《何だ。お前たち、ここまで来たなら知ってるんじゃないのか?》
「どういう意味?」
《本気で解ってないのか。偶然で入ってこられたなら、大した運の持ち主だな ―― あの広場には、神秘の石とか呼ばれてる石があったろうが。あいつが、いわば封印を解く暗号だ》
問い返すレディアさんに、どこか呆れた風の顔は見せたが、スバノンに対してとは違い、からかう様な素振りは見せずに説明は続けられる。
《あれは、力が最小限にまで弱まった炎の石を硝子で包み込んだ特製品。だが本来、硝子なんて炎の石の前じゃひとたまりもない。例え少しは魔法強化が為されてたってな ―― 解るか? つまり、この封印、丈夫そうだが氷でしかないコレを壊したきゃ炎の石、またはそれに準ずる力を秘めた魔石が要るんだよ。昔ここに住んでた連中も、アルテリアに会いたい時は炎の石で最奥の“扉”を融かす事で意思表示してたんだ》
その言葉に、一同唖然としてしまう。随分とまた、解りにくい「暗号」だ ―― そうした祭事の記載がある古文書でも伝わっているのならまだしも、あの石を見ただけでそこまで察せるものだろうか。……まあ、私達に十分な時間さえあったなら、様々な知識を持つレディアさんかリンさんにでも任せれば、この謎も解明できていたのかもしれないけれど。
「だから《後で考える》じゃまずいって言うんだ、この向こう見ずが……」
「何だとっ? なら、あそこで考えりゃ解ったっつーのかお前は!」
「じゃれ合ってる場合じゃないでしょ。でも困ったわね……またトニックさんに発炎石貰ってくる?」
「んー、だけど……さっきのも《使い道がないけど取っておいた》とか言ってた分だよね? なら、もう余ってる石はないんじゃないのかなぁ……どうしよ? エルフィン」
そう聞かれても返事に困る。発炎石はもとより、炎の石にしたところで簡単には見つからない代物だ。見つけたとして、再びフォルスと戦う羽目になりかねないのもきつい。
だが、そう言えば炎の石の産出場所であるファイヤーケーブには、『赤色の矢』……バーニングアローを探しに行く予定ではなかったか。なら、いっそそちらを優先させる手もある ―― 私の提案に、遠回りにはなるが仕方ないか、と皆も賛同してくれた時だった。
《俺なら、その氷を融かす事も出来るぜ。何なら力を貸してやろうか?》
「えー? 別にいらねーよ、お前の力なんか頼りたかねぇし」
「スバノンってば……せっかく言ってくれてるんだから、お願いしようよ。精霊さん、頼めますか?」
それは、有難い話には違いない。私の案はあくまで、炎の石が必須ならもののついでで、というものだ。マルンが手を貸してくれるのであれば、トワイライトでの用事はこの場で済んでしまうのだから、それに越した事はないだろう。
アスティの依頼に、だが素直に応じるかと思われた炎霊は微妙に意地悪そうな笑顔になったかと思うと……予想外の言葉を放った。
《ああ、いいぜ。ただ、その前に ―― お前たちの力、もう一度見せてもらおうか》




