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奏でられし聖樹の記憶  作者: ファル
― 七.古都に宿りし悲哀 ―
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7-10

「パーンさんって……人間のままでもかなり強いんだよね。王様も言ってたし、この前の魔法力もすごかった。―― 魔王になったら、どれだけなのかな」


 少しの間、私同様に遠くの船を眺めていたが。やがて前置きも無く、彼女は不安そうな声音でそう言った。


「でも、お願いされちゃったし、頑張らないとね。エルフィンがいれば、大丈夫だとは思うけど……エルフィンは魔王退治は……あんまり、したくない?」


 突然放たれた質問に、思わず返事に窮してしまう。自分はそこまで、解りやすい言動をしていたろうか?


 もっとも、皆の前での様子はともかく、つい今し方まではアスティの接近も気づかず考え事に没頭していたのだから、その辺りから読み取れたのだろう。この状況で今日の夕食の事を考えている、などというスバノンの同類扱いはされていない筈だ、多分。


 しかし ―― アスティは、私の答えを得る前に、更にこちらを驚かすような発言をしてのけた。


「もし、どうしても嫌だったら……行くの止めてもいいと思う。その時は私がスバノン達を説得するから、2人でセレンに残ってようか」


 2人で、というなら或いは、彼女自身も魔王討伐には乗り気ではないと言う事だろうか? だが、つい直前には彼女は、パーンさんの頼みだから頑張る、と言っている。なら一体、どうしてこの様な……そこでふと、リンさんの言葉を思い出す。



(アスティは……例え君の行き先がどんなものだろうと、エルフィンちゃんについていくさ)



 そして ―― あの夜、彼女に聞いてみたいと思った事柄をも、その言葉と共に思い出した。そうまでして付いてくるという彼女にとって、私とは何なのだろう? 例えば、もしここで私がパーンさんとの約束を放り出したとしたら、それは勇者以前に人間としてかなり情けないものだと思うが、それでもついてくると言うアスティは、一体何を私に見ているのだろう。


「え? 何でついてくるかって……だって、エルフィンはエルフィンだもの」


 けれど……いざ訊ねてみると返ってきた言葉は、何やら訳の解らぬものだった。


「私はね、エルフィンがエルフィンらしくいてくれたら、それを隣で見ていられるなら、それでいい。だから勇者でも、たとえ魔王だったとしてもそんなの関係ない。エルフィンがエルフィンなら、私はずっと一緒にいる」


 何やら、アスティの発言は解る様で解りにくい。傍から聞いていれば、少々おかしいかもとさえ感じられそうな……だけど彼女自身は、それが何より正しいと信じて疑わぬ様子である。


「だからね、精霊さんとか皆が言うからって無理しなくていいんだよエルフィン。なんか、いつの間にか皆でエルフィンを勇者だって決めてて、エルフィンもそうでなくちゃいけない、みたく動いてるけど、無理するくらいなら普通の人でいいじゃない。―― もしエルフィンが魔王を倒したくないんなら、例えスバノン達が怒ったって反対したって私は絶対付き合うよ。無理してエルフィンがエルフィンじゃなくなっちゃうなら、この先ずっとモンスターがうろついてる方が、いいくらいだし。……一番大事なのは、失くしたくないものは“心”だよ。勇者になるより世界を救うより、そっちのがよっぽど重要な事だよエルフィン」


 聞いている内 ―― 唐突に悟った。彼女が私に向けるものは、途方も無い“愛情”なのだと。


 友愛や博愛、もちろん恋愛などとは違う、そういう何か枠に当て嵌まるものとは根本的に異なる、いわば絶対的な愛情……だからこそ、周囲が何を感じどう思おうとも「私そのもの」のみの為に動ける、という事なのだ。


 とはいえ、それは唯の依存や盲信ともまた違う。アスティは、私が私である限りは、と前提つきでこれらの主張を述べている。つまり、私があまりにも変節などした場合は……今とはまるで違う「私」と化した場合は、それを正そうとするか見捨てるのかは判らないが、無条件についてくる事はなくなるのだろう。


 けれど。ここまで絶対の思いを寄せられて尚、変節できる者など……いるだろうか?


 彼女がどうして、ここまで私を慕ってくれるのか。それ自体は相変わらず、さっぱり解らない。或いはアスティ自身にも、きっかけや途中経過は解っていないのかも知れない。だが……それは最早、どうでもいい事だと、そう思った。


「ん? ―― どうかした、エルフィン?」


 気づけば我知らず、そう問いかける身体を抱きしめていた。少々強すぎたか、小さな呻きめいた声が発せられたが……すぐに彼女も、いつもの甘えモードでくっついてくる。


 その蜜色の髪を指で梳きつつ……やはりこの子は、あのリンさんの妹なんだなと実感する。



(君は君の思う通りにやれば、それでいい。その決断に文句言う資格のある奴なんて、いないんだから)



 大局的見地になど、立たなくても良い。勇者になろうがなるまいが、私は私として、進みたい方に行けば良い ―― 確かにアスティの言う通り、あのピラミッドの一件以来、周囲はもとより私自身もいつの間にか「勇者としての行動」を考える様になっていて、それ故に悩む事になっていたのだけど。彼女と、そしてリンさんだけは全く流れに影響されず、私以上に「私」を見つめ、守る事を重視してくれていたのだ。


 リンさんがアスティを私に託したのは、彼女もまた自らと同じ考えを持っていると知っていたが故かもしれない。そして、この2人の言葉は今の私にとって正に欲していた“答え” ―― この先も旅を続けていく理由であり、意味となった。


 勇者だからとか、世界の危機がとか言った理由は正直、私の手には負えない。それは未だに変わらぬ思いだけど……周囲を気にする必要はない、私は私で居さえすれば良い。そんな、良く考えれば当然すぎる「大切な事」を教えてくれた親友と、この子を託してくれた人の為に。

 この兄妹の生活を脅かしかねない魔物達を、その未来から排除する為にこそ、私は魔王を倒しに行こう。それが2人の言葉に対するせめてもの礼になる、そう決めたのだ。それこそ、多少は戦う力のある私の今やるべき事だろうから……例えそれが、あの人に対しては恩を仇で返す行為だとしても。



 例え、それが ―――――― かつての“大切”を自ら棄て去るもの、だと……しても。

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