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奏でられし聖樹の記憶  作者: ファル
― 七.古都に宿りし悲哀 ―
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7-9

 ―― 困った。恐らく、この旅の日々が始まって以来最大限だろう勢いで、困ってしまった。


 少し離れた海岸では、一隻の船が出帆の準備を整えている。その様子を見るともなしに見つめつつ……思考はおよそ、はっきりした答えを見いだせないまま、かかる霧ばかりが濃くなっていく。



 あの後、仮眠室からセレン王の下へと皆で向かうと、王様は私達を見るなり。


「目覚めたか、旅の者……いや、当代の勇者達であったの。パーンは既に、この城を離れておるよ……妹の身をくれぐれも、とのみ頼んでの。あぁ、それに今ひとつあったのう」

「今ひとつ?」

「此度は長期に亘り城を離れる事になる、との詫びの後……《エルフィンという者を含めた5人が俺を探している筈。彼女達に船を貸し出してあげてほしい》と、そう言っておった。確かにこの王都で船を所有するのはわしだけじゃが……全く、勝手な奴じゃの」


 聞き返したレディアさんに応えるセレン王は、しかしそんな物言いであっても、本気で彼に怒っている訳ではなさそうだった。そこは寵臣たるパーンさんに対してだ、ある意味我が子のわがままに困っている、といった感情に近いものがあるのかもしれない。


「私たち、パーンさんと海の神殿で会う約束をしたんです。……船、貸してもらえませんか?」

「海の神殿、か……あれもまた謎の多い場所じゃが。あんな所へ行ってどうする気かの? いよいよ決闘でもする気なのかね」

「いえ、あの……ひとまず、約束したものですから」

「まぁ、しょうがあるまい ―― 船は貸そうよ。この王都から数時間ほど歩いた、西方の海岸にある船がわしの物じゃ。支度をさせておくから使いなさい」

「はい、ありがとうございます」


 アスティが経緯は省いたものの、あの「夢」の中での約束について伝えると、王様はどこか苦渋の色を浮かべつつも、船の貸与を許可してくれた。既に委細承知、といった風である。


 その性格からして、船を惜しんでいる訳ではあるまいが ―― セレン王の気持ちは解るが、だからといって、神殿で待っているパーンさんの言葉を無視する事も出来ない。国王も、為政者として“魔王”を庇う事はならないが故に、自身の感情は押し殺した為の表情なのだろう。



 こうして、私達が寝ている間に万端の準備を整えてくれていたパーンさんのお陰で、海の神殿へ行く手段は無事得られた。後は船の用意ができ次第、と言う所で皆は、それぞれの支度に町を歩いている筈だ。私は一応、最低限の身支度は出来ていると思う ―― 装備や薬といったものなら。


 問題は……相変わらず溜息しか出てこない現状に、思わず頭を抱えたくなる。


 確かに、リンさんが魔王ではなかった事は有難い。けれど、判明したこの事実は……魔王と言うのは本当に毎回、勇者の「良く知る人物」なのかもしれない。そして、だからこそ精霊達は勇者の精神を試したがるのかもしれなかった。


 精霊達に勇者と言われたから、だけではない。パーンさんの妹を救う為、何より世の人々は魔物の脅威に晒され続けている、その窮地を救う為、という「魔王討伐の理由」はちゃんとある。だが、そうだといって、私がパーンさんを倒しに行くというのは……これ以上の“恩を忘れて仇を為す”行為があるだろうか? 


 ここはいっそ、何としても逃げ出したい。けれど、皆に理由を言う訳にもいかないだろう ―― こんな事情を知らされたら、あのスバノンでさえ魔王討伐への意気込みに曇りが出かねない。そして、他に英雄になろうとする人物を急いで探す羽目にでもなったら、今度はパーンさんが……「夢」での言葉通りなら今は既に魔王となっているあの人が、海の神殿からどこかへ脱出でもしてしまうかも知れない。それは単に、世界の艱難を更に長引かせるだけ。現在、魔王の完全復活が為された事を知っているのは私達だけなのだから、私達こそが海の神殿に向かうべきだ、それは十分に解るのだけれど。


 セレン王は一国の長だ、なればこそ決断も出来たろう。でも、私は……どうして「この時代の勇者候補」は私だけなのだろう。こんな、世界と恩人とを天秤にかけるなどという究極の選択を、何故に迫られる事となったのか ――――


「……エルフィン。なんか元気なさそうだけど……どうかした?」


 ―― 悩み過ぎて、まるきり周囲の気配を探る事を忘れていた。もしこれがモンスターだったら、私はあっさり餌食となっていただろう。


 吃驚したのを抑えつつ振り返ると、いつの間に傍に来ていたのか、声をかけてきたアスティは、さも当然と言った風に隣へと座り込んだ。

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