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――……どうして、今まで忘れていたのだろう?
気づけば何処かの室内、その天井を見上げた姿勢のまま、暫く茫然となっていた。
かつてユグドへ引っ越した理由……自分が魔物に狙われやすい体質だと言うそれ自体は、母から聞かされていた記憶が残っていたけれど。その契機である「事件」を忘れていようとは……スバノンの言葉ではないが、自分は本当にボケてきているのではなかろうか。
いや、そもそもつい最近でもそのスバノンが、確かファイヤーケーブに向かった頃か、指摘していた気がするのに。何故、それでさえ思い出せなかったのだろう……?
結局、自分は ―― 長い年月の後に再会した“恩人”に、まともにお礼も言わぬまま別れてしまったのか。消沈で力も入らぬ気がしたが……ともあれ身を起こしてみる。
寝かされていたのは、どうやらセレン城の仮眠室の様だった。倒れたのもここだったのだから、或いはパーンさんが皆をベッドに寝かせてから自身の精神移動をしたのかも知れない。
ふと脇を見ると、アスティが看病中に力尽きた、と言った風情で安らかな寝息を立てていた。
「お、起きたね。エルフィンちゃん」
蜜色の髪のほつれを直してあげていると、そんな声がかかる。そちらを見ると、レディアさんが一旦私へ笑顔を向けてから、背後へ向かって手招きしている所だった。
「おー、やっと起きたかエルフィンっ。一人だけ意識戻らねぇから心配したぜ ―― アスティじゃあるまいし、お前が2日も寝っ放しなんて有り得ねーしさ」
「何しろ精神を“共通意識世界”の下地にされてたんだからな。『夢見の雫』を持ってたといえ、反動が大きかったんだろう……なんにしても、無事で良かったよ」
彼女と共に、スバノンやブルーさんも口々に言いながら部屋へ入ってくる。つまりは、あの「夢」から覚めたのは私が一番遅かったという事らしい。過去の記憶をも夢に見ていた自分は、その分だけ目覚めに手間取ったのであろう。―― 流石に2日と言うのは驚きだが。
「て、おいおい。今度はアスティが眠っちまってるぞ? これじゃ出発できないじゃん」
「なんかさ……この子、良く寝るよねぇ。疲れのたまりやすい性質なのかしら?」
「どうだかな。とにかく、俺たちのやるべき事は決まったんだ。エルフィンも目ぇ覚ましたんだし、アスティ起こして、さっさと海の神殿ってとこに行こうぜ」
「そうは言うが、聞いた話からすると簡単には行けないぞ。何か術を見つけないと……この近くに港町は無かったと思うし、どこか離れた町へ向かわないと船も見つからんかもな」
皆でそんな相談をしているのを見るに、私が寝ている間に恐らく、皆の意思は“魔王討伐”を決定事項としたのだろう。そこにはパーンさん自身の意思もあるのだから、今さら否を唱える訳にもいかないけれど……思いに沈んでいる私に気づいたか、レディアさんが声をかけてくる。
「エルフィンちゃん、どうしたの? まだ疲れ残ってる様なら、もう少しくらい休んでいく?」
「あー、どうせアスティも寝たままだしな。ちょっとくらいなら、いいんじゃね?」
それへは、一応首を振って見せたが……このまま出発したとして。果たして自分は、皆の足手まといにならぬ様に行動できるのだろうか? そんな不安は、かなり胸の奥に残っていた……。




