7-6
「呪い?」
「妹は、とある日からずっと目覚めない。原因不明の病気とされているが……俺のせいなんだ。湧いてくる魔力を抑えきれず、溢れ出した時に妹が犠牲になってしまった。本来ならその魔力は拡散して、モンスターを生み出す力になるんだけど……この都は、周囲を“聖水の堀”で囲まれてる。それは外からの魔物の襲撃だけじゃなく、中から俺の、魔王の力が出て行く事も抑えてしまったものだから、一番身近にいた妹に魔力のほぼ全てが流れ込んでしまったんだ。そのせいで意識封鎖が起こっている妹を救うには ―― きっと俺が……魔王が倒れれば、助かるんだ」
アスティの思わずといった問いに、そう詳細を説明するパーンさんへ、けれどブルーさんがどこかに疑問を抱いた風に。
「ほぼ全ての魔力、って……いくら成りかけでも、魔王の魔力だろう? それが普通の人間に集中流入すれば、意識封鎖どころか命だって危ないんじゃないのか?」
「“力の暴走”の時期の魔力なら、そうだろうね。でもその時期は、俺は都から姿を消していたから……世間には迷惑だろうけど、より強い魔力は魔物の生成に消費されたから、妹個人への影響はなかったのさ」
それは、セレン王の推測とも一致する話だった。どうやら現在の魔王であるこの人は、100年前の人物と異なり、かなり周囲を気遣っての行動が見られるようだ。それでも尚、魔物は次々生み出されていくのだから、当人にしてみればたまったものではないのだろうが。
「気の毒だけど……本当に妹を助けたいなら、あんたが自分で命を断てばいいんじゃないのか?」
相変わらず、スバノンの言は明快で、それ故にかなり厳しいものもある。それを受けたパーンさんは、レディアさんの時とは多少違った苦笑を浮かべた。
「確かにそうだ。でも……死ぬのは怖い。誰だって、そうだろう? それに、自分で死のうとした所で上手くいくかは解らない。だって俺の中にいるのは ―― このまま……自然に意識が遠のくのを待っていたい。それなら痛みも何も感じない」
「ふん、それはただ逃げてるだけだぜ。誰かを助けたいと思うなら、自分でケリをつけるべきだ」
「君は素晴らしい人だな。自分の思っている事を、はっきりと言える……君の言う通り、俺は弱虫だ。自分でケリをつける事さえ出来ない。だから……俺は、誰も近寄れない様な場所に籠る。自分自身を封印する。そうすれば、目覚めた魔王が悪い奴でも、誰かに迷惑をかける事はないだろう」
「意識がある内に、その場所へ行くって事ね。それで、そこは一体どこなの?」
スバノンとのやり取りの中出された案に、レディアさんがすかさず確認する。
「海の神殿 ―― セレンの南の海上にぽつりと立つ、古びた神殿さ。君達は、魔王を倒すんだろう? だったら、そこまで来て、そして俺を倒してくれ。それが最善の手だと思う」
「海の……アリシアでも聞いた事はあるわね。何の為に立っているのか謎な神殿だとかって」
「成る程ね。そういう場所なら、誰かが直接被害を受ける訳でもないし、今のあんたが厳重に封印術式を施しておくなら魔王もすぐにはどこかへ逃げ去る事も出来ないだろう。最善の……逃げだね」
レディアさんの後にブルーさんもそう続けるが、今はもう糾弾にも慣れたのか、パーンさんは特に表情は変えなかった。ただ、その決心だけをもう一度、強く伝えてくる。
「もう時間もあまりない……俺は、意識がある内に海の神殿へ行き、そこに閉じこもる。だから、君達がその気なら、俺を倒しに来てくれ。それを言いたくて、夢の中に誘い込んだんだ。こんな話、現実世界ではうっかりと出来ないしね」
確かに、それはそうだろう。彼の周囲の人々に聞こえたとしても相当驚かれるだろうし、仮に城外のどこかへ移動していたとしても、もしかすると魔物達の耳に入る恐れもあるのだ。そうなったら魔物達とて大人しくはしていなかろう。魔王が倒れると言う事は自身の命も潰えるという事。何としても阻止すべく魔王へ力ずくの直談判か……いや、寧ろ扱い易い我々の方を大多数で襲撃してくるかもしれない。そういった危険を回避する為の、この特殊な術なのだと思われた。
「パーンさん……良い考え浮かばなくて、ごめんね」
アスティが、言い様が思いつかない風にそう詫びると、パーンさんは軽く首を振って微笑んだ後、最後の確認の様に問うてきた。
「君達の名前を聞いてなかったね。聞かせてくれるかい」
「ああ。……俺はスバノンだ。必ず、あんたを倒しに行くよ」
まずスバノンがそう名乗り、後から他の面々も続けていく。最後に自分も名乗ろうと口を開きかけると何故か、彼は私を見るなりそれを制して。
「君の名は解ってるよ。エルフィン、だろう?」
合ってはいるが、どうして知っているのだろう? ―― そう言えば先程、レディアさんが彼に、私の能力に詳しいのは魔王であるが故か、といった質問をした際に名前を言っていたからか……納得しかけたその時、パーンさんがそれとは違った答えを返してきた。
「さっきじゃないよ。君の名は、以前に直接、君自身から聞いている。《君からは ―― 何か特別なものを感じるよ》……これで思い出さないかな?」
それは……どこかで聞いた覚えがある言葉だった。でも一体、何処だったろう?
思わず考え込んでしまったが、何かを思い出す前に、皆の不思議そうな視線と、パーンさんの何か含むもののある視線とが自分に集中しているのを感じ、慌てて顔を上げる。すると、彼は一度小さく笑うと、話は終わったと言う風に私達から少し、身を引いた。
「無理に思い出す事もないさ。……さて、俺はそろそろ海の神殿へ向かう。君達も落ち着いたら目を覚ましてくれ。―― よろしく頼むよ」
そう告げ終えると同時、彼の足元に、淡く輝く魔法陣が浮かび上がる。かと思うと、その身体を同じ色彩の光が包み込み、やがて静かにパーンさんの姿は消えていってしまった。
「パーンさん……次に会う時は魔王なんだよな」
「逃げやがって……なんて言えねーな。魔王になったあんたを、倒しに行くぜ。必ず……」
ブルーさん、それにスバノンがいつになく生真面目な顔でそう呟き合う。その傍ではアスティがレディアさんに、少々困った風に訊ねていた。
「落ち着いたら、って……これ、どうやったら目が覚めるの? 起きろーって思えばいいの?」
「ん~……何しろ術者がいなくなっちゃってるからね。でも彼に、私たちをここへ閉じ込める意志でもない限り、その内自然と目覚めるんじゃないかなぁ? 或いは、エルフィンちゃんの目覚めに合わせて皆も起きるとか。なのかな?」
「そ、そうなんだ。うーん……ちょっとの間、暇かもだね~」
もし彼女の推理が当たっているなら、とにかく私がどうにかしないといけない状況の様だが、催眠からの強制起床などと言う魔法は生憎と覚えていない。どうしたものか、と思っていると。
「あれ? エルフィン、何だか……影薄くなってない??」
「……!! 意識がこの“世界”から離脱しかけてるんだ。と言う事は ―― 今は下手に刺激しない方がいい、彼女の精神の安定度が揺らぐと俺たちの方も危なくなりかねないぞ」
「刺激って、話しかけたりするなってこと? わ、解った……」
アスティの声に我が身を眺め降ろすと、確かに何だか、亡霊にでもなったかの如く身体が透けた感じになっている。いち早く事態を察したらしいブルーさんが警告を飛ばしているのを、聞いたかどうかの所で、ふいに視界が暗くなった。そう、まるでこの世界に誘い込まれた時の様に……けれどこれは覚醒なのか。或いは更に深い眠りへと誘われているのかも?
判断はつかぬまま ―― 心配そうに覗きこむ皆の顔が完全に、闇の向こうへと消えていった。




