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文献を見る限り、魔王が率先して人々に力を振るった例はない。けれど、その存在がある限りモンスターによって人は命を奪われ続ける。それを憂えた一人の戦士が立ち上がり、仲間と共に魔王の討伐に向かい、そして見事討ち果たした。魔王の魔力を命の源としているモンスター達は、魔王が倒れた瞬間に全てが世界から消え去った。人々は魔物の脅威から解放され、その戦士は勇者として、死後もピラミッドと言う立派な墓に葬られる事で業績を称えられた。
ところが、勇者の死後100年は経った頃。世界には再びモンスターが溢れ始めた。人々は初め訳も解らずその蹂躙を受けていたが……やがて、魔物の頂点に新たな魔王が立っている事を知った時の英雄が、苦労の末にそれを倒し世界に平和をもたらした。
それから暫く後……100年の時が経つかどうかの頃。人の世はまたしてもモンスターの魔手を、そして魔王の姿を見る事になる。この時になって、漸く一部の人間は気づいたんだ。「魔王は例え死すとも100年毎に転生し、再び魔の頂点に立ち戻る」と言う事に。
何故、それが別の存在ではなく、1人の魔王の転生体が時を隔てて出現していると気づいたか……それは、かの存在の“出現の仕方”にあった。伝承や文献の記述等から、これら3回に亘り出現した魔王は何れも、ある日突然「普通に暮らしていた人間が変貌して」現れた事が明らかになったんだ。時の賢者や魔道士が更に追求していくと……その“転生システム”の恐ろしさに愕然となった。
魔王の魂は、一度肉体を離れると、力を蓄える為か約百年の眠りにつく。時満ちるとそれは、人間達の中に生まれるひとつの命へと乗り移り、その身体を『魔』へと作り変える間は、その人間の裏側で密やかに“目覚めの時”を待つ。やがて魔王となる日が来ると、今まで身体を支配していた筈の人間の魂は、魔王のそれに取り込まれ消えてしまい、そして彼はモンスターを生み続ける“世界の脅威”となるわけだ。
けれど、システムの解明が出来た所で、魔王を封じる術が開発できる訳ではなかった。人々に出来る事はただ1つ。魔王復活を告げる現象が起きたら……モンスターが出現し始めたら直ちに、その時代の勇者を旅立たせ、魔王を速やかに「眠らせる」―― それだけだったのさ。
さて、ここからが、つい百年ほど前の……悲劇の英雄・エガオンについてだ。
勇者エガオンは、ギメルで生まれ育った。当時のギメルはとても栄えた町で、何不自由ない暮らしをしていた。でも、とある日事件が起きたんだ。誰もが眠っている真夜中に、モンスターの大群が襲ってきて……なす術もなくギメルは崩壊した。その時、偶然にもエガオンは一人でこの遺跡で剣技の特訓をしていた。いま僕らが居るこのフロア、ここは当時のギメルの戦士や魔道士の、魔法契約や闘技場として利用されていた場所。ここでの特訓を日課としていたエガオンは、その習慣故に助かったんだ。
何も知らずに遺跡を出たエガオンが目にしたのは、滅びてしまった街と……ただ一人生き残った親友の姿。自分の街を滅ぼされたエガオンは、モンスターを憎み、その親友と共に魔王を倒す決意をして、彼と共に旅立った。―― その親友こそが、魔王だとは知らずに。
もっとも、彼にしてもこの時にはまだ、ただの「ギメルで生まれ育った普通の人間」に過ぎなかった。でも、既に魔王の力は目覚めかけていて、それがギメル襲撃の“モンスター軍団”を作り上げる力となってしまったらしい。史料の1つによれば、彼は必死で町を守ろうとはしたらしいんだ。けれど結局はギメルは崩壊した……彼にとっても、ギメル滅亡は相当のショックだったんだ。
だからこそ、魔王を倒すと強く決意したエガオンの旅を何くれとなく手助けした。……でも、彼とエガオンは無二の親友。それ故に、自分こそが魔王だと名乗り出る事が出来ずにいた。エガオンの受ける衝撃がどれ程のものになるか、友人だから簡単に想像できたんだろう。
でも、そんな「無謀すぎる隠し事」がいつまで続くわけもない。ある日彼は、自分に限界が訪れた事を知る ―― せめて“人としての意識”が完全に消え失せる前にと、彼は遂にエガオンに全ての真実を打ち明け、そして自らを殺してくれと懇願した……。
「勇者エガオンと魔王は、死闘を繰り広げたわけじゃなかったのさ。驚愕の中、けれどエガオンは親友の望み通り“魔王を倒した英雄”となった。でもその代償はあまりに大きすぎた……故郷も、親も、親友までも。エガオンは、全てを失ってしまったんだからね……魔王を殺したエガオンは、その後を追う様に自害した。とても耐えきれなかったんだろう」
一体、どれほど膨大な資料を纏め上げたものか ―― リンさんは、随分と長い時間を物語ったにも拘らず、特に疲れた様子も見せずに水を一口、飲みこんだ。
「魔王が、町を守ろうとした……って、魔王は悪者なんじゃないのか? モンスターを生み出し続けるヤツだってのに?」
話の内容が内容だけに、暫くは誰も言葉がなかったが。スバノンが訊ねると、リンさんの代わりの様にレディアさんが口を開く。
「魔王が、モンスターを生み出すのは故意じゃないの。魔王自身にも抑えきれない、自然現象とでも言えばいい状態……困るのは、それが“魔王として目覚める”前段階でさえ、起こってしまう現象って事ね。だからこそ、魔王の魂に乗り移られた人間は、意識が魔王と切り替わるその日まで、苦しみ悩む事になるんだよ」
「……むぅ~…後はさ。百年前の魔王は、勇者としばらく旅をしてたんだろ? その間、エガオンはまるで親友を魔王だと気づかなかったって事は……魔王ってのは、目覚めるまでは人間となんも変わらん姿をしてるって事なのか?」
「そうなるね。それに、魔王に切り替わったとしても或いは、そうなのかもしれない。そこだけは、明確な資料が見つからなくって ―― でももし、魔王となった後でも人間の姿のままだったりしたら、これは恐ろしい事よ? スバノン」
そう言うとレディアさんは、元々冷たさを漂わせる顔を、一層真剣なものにした。




