5‐2
「いや、実はリンさん……事の始まりはマナプールの連中でさ」
「ん? マナプールが、どうかした?」
「リンさん、アスティにテレット洞窟の鍵を渡していったんだって? それについてマナプールの王様が騒いでてさ。リンさんが鍵の出どころだって判ったら、リンさんを探し出して拉致して来い、って兵士を差し向けたみたいなんだよ」
「あ~なるほど。そんな事かー」
「いや、そんな事ってリンさん……マナプールのやつらは本気だよ。命の危機かもしれんのよ?」
「僕がそんな奴らに捕まると思うかい?」
奇妙な自信を持ってあっさり且つにこやかに言ってのけるリンさんは、確かに何だか、上手い事追跡の手から逃れそうな気がしなくもない。と言うより、或いは既に何度となく、追手の目を逃れて旅を続けていたのかも知れなかった。
「ん~、ところで……」
やっと落ち着いてきた様子の、だが今度は“甘えモード”に突入したアスティの頭を撫でつつ、別の事の方が気になる風にリンさんが訊ねてくる。
「そっちの真面目そうな人は誰?」
「あ、あの人はブルーさん。オーガスタからここまで案内してくれたの」
「あれ? ……そういやお前、なんでまだいるの?」
よもやリンさん探しの理由がそんなものだったとは想定外だったらしいブルーさんは、先程から目を瞬かせ通しだったのだが、自分が注視されていると気づくと急いで、だが無難な「ご挨拶」をリンさんへ向けた。ついでに、相変わらずなスバノンへもきっちり返す。
「いや、俺もちょっとアリシア回ろうかなって……どうせ暇だし」
「あっそ。帰ってもいいんですよ」
「一々うるさいな。俺の勝手だろ」
「……仲悪いの?」
私達にとっては既に日常風景だが、そんなやり取りを聞いたリンさんは小首を傾げてアスティへ聞いた。彼女もまた、どこか呆れ顔ながら否定はする。
「悪くはないよ。て言うか仲良いよ。でもいっつも、あんな感じ」
「ふーん。―― あ、ちょっと降りてくれるかいアスティ」
了解した様に頷くと、リンさんはアスティをぽん、と地面へ降ろしてブルーさんに近づいた。未だにスバノンとやりあっているブルーさんも気づいて、ふと黙る……そこへ。
「ブルーさんって言ったね。僕はリン。アスティのお兄様だよ、よろしく」
「あ、どうも……宜しくです」
「……? なんか、お兄ちゃん語尾に力入ってない?」
確かにアスティの言う通り、以前に私の聞いた彼の自己紹介とは何か語調が違う気がする。単に兄、ではなく「お兄様」というのも何かを含ませている感がなくもない。
「あはは、何かこうね、彼にはちょっと強めに出ておいた方がいいって、僕の勘が言うんだよねー。ほら、僕ってば勘は働く方だからさ」
「何それ?」
「―― なるほど。これは手強いかも……」
ぼそっと呟かれたブルーさんの言葉は、アスティには届かなかった様だが……恐らく彼女以外の全員が思ったかもしれない。このネコ耳青年、見かけによらず鋭い、と。
ついでに私は、やはりアスティは見ていないらしい彼のネコ耳、その動きにも気づいてしまった。先程までとは明らかに、力の入り加減が違う ―― ぴんと突っ張る様に立ち、やや後ろへ引き寄せ気味になっている……即ち警戒状態だ。しかも、微妙に苛立ち気味だ……。
表情自体は、いつもながらの「のほほん」状態なだけに、一層耳の“表情”が際立って見える。これはブルーさんも大変かもしれない……と密かに心中で応援しておいてあげた。
どことなく緊迫感が漂い始めた、家の戸口にその時、新たな声が流れて来る。
「リンちゃん、いったい何の騒ぎ? とりあえず中に入ったら?」
「あ、そうだね。じゃ、みんなこっちおいでよ」
「え、今のって……?」
疑問符つきで真っ先に、リンさんと共に中へ入ったアスティが、忙しない声を上げる。
「お兄ちゃん、この女の人は誰? ……もしかして、もしかして?」
彼らの後に続くと ―― 簡単な、客間とも居間ともつかぬテーブルの置かれた室内に、見惚れるほどの美しい紫銀の長髪を揺らした女性が立っていた。




