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フォルスが突然、今までとは違う苦痛混じりの叫びと共に数歩、後退する。同時に軽い地震の如き振動が沸き起こった。見れば霊獣の頭上から次々と、火炎を纏った大ぶりの岩石が豪雨の様に降り注いでいる。更に、予想外の光景に驚く自分達を強烈な癒しの力が包み込む。あっという間もなく、怪我も疲労感も全てが消え去ってしまった。
「エルフィン、スバノン、大丈夫っ?」
「全く、これだから力任せの単純馬鹿は……まあお陰で、呪文を唱える時間は稼げたがな」
後方からそんな声が聞こえてくる。見れば、すっかり回復したらしいブルーさんが次の魔法を繰り出す態勢のまま、アスティもその背後でほっとした様にこちらを見ている。
複数名を同時に癒せるパーティヒーリングを使いこなすとは、彼女もここ暫くの旅の間にかなり成長を遂げたようだ。それに ―― あちこちで魔法の腕を褒め称えられていた理由が充分に解り、思わず称賛の目をブルーさんへと向けた。
炎隕石魔法・メテオは分類上は火炎魔法の最上級呪文だが、その実は火炎と大地、両方の魔法力を合成しなければならない複合呪文だ。大地属性の魔法は、精霊王が直に司るものだけあって、神聖魔法程ではないにせよ使い手が少ないとされる呪文であり、従ってその魔法力をも練り込まねばならないメテオの術者もそう多くはないのだ。
それを、この歳で操り、更に炎属性と思われるフォルスにダメージを通せるとは……或いはラーンさんと「ステラ一の魔道士」の座を争っているのは、彼なのかもしれないとさえ思わせた。
「誰がバカだ、誰が! 今まで気絶してたヤツに言われたかないんだよっ!」
「それこそ誰のせいだと思ってる! まあいい、今はフォルスだ、さっさと追撃しろ!!」
言い放つや否や、新たな魔法がその手から生み出され ―― 急に身が軽くなった気がして、思わず動きを確認する。気のせいではなく、どうも本当に敏捷性が上がったようだ。隣のスバノンも同様らしく、目を瞬かせている。
「一時的に敏捷値を跳ね上げる補助魔法・ヘイストだ。それならフォルスの動きにもついていける筈……メテオが完全に止んだら、即行動しろっ」
なるほど、確かにこれなら……スバノンと共に、頷きを返事としたその時、背後の地響きが止みフォルスが怒りの咆哮を響かせた。
「おし、いったるぜ! テメーにやられてやる訳には、いかねぇからな!!」
ひと声叫ぶと、スバノンが今まで見せた事がない技を繰り出す。これまでの剣技より更に敏捷性が要求され、その分剣圧が緩みがちになるが故に真っ当に扱える者が少ないとされる、パラレルと言う奥義だった。まるで分身でもしているかの、多数の残像を生じさせつつ、その身が守護獣の巨体へと襲いかかり、その連打数による大ダメージを初めてフォルスへと叩き込んだ。
苦悶の叫びと共に一歩引いた霊獣が、こちらへと狙いを変えた様に斧を向ける。けれど私にも、ヘイストの恩恵はもたらされているのだ。今なら多分、まだ実戦では無理と使わずにいた技が可能かもしれない ―― フォルスの巨躯が襲いかかってきた瞬間、だがそれをかわした上で繰り出した槍先は、狙い通りにかつてない高速の、槍そのものが何本も実在するかの様な残像さえ伴って守護霊獣の身を深く傷つけた。
「す、すごいエルフィンっ。エントラップメントって、まだ練習中で実戦で使った事ないのに……成功させてるよ!」
「スバノンの方も、思ったよりは健闘してるしな。俺たちもやるぞ、アスティちゃん」
「うんっ」
―― それは、かなり理想的に役割分担がこなされた結果だったと言えよう。
スバノンや私の攻撃の間を上手く縫って、ブルーさんが中級魔法の、しかしそれ故連発の利く氷結魔法・フリーズショットで援護する。フォルスがダークホールドを唱えようとすれば、その隙を突いたアスティの雷撃魔法・トライサンダーが炸裂し、更に至近距離から私の風刃魔法・ダブルサイクロンが直撃。そこへスバノンが連続でパラレルを仕掛ける事で守護獣の体勢を崩させ……。
「―― よし、離れろスバノン、エルフィンちゃん!」
その声に、追撃でエントラップメントを叩き込んでから、フォルスと距離を置いた、その場へ。
再び強大な魔法力を練り上げたブルーさんのメテオが、最終通告のごとく巨躯の頭上から圧倒的な勢いで降り注いだ。
今や、その火炎の豪雨から抜け出す力もない様に燃え盛る隕石を浴び続けるフォルスは、やがて炎の石を護れなかった無念を示すかの、嘆きの篭った咆哮と共に頽れ、そして姿を消した。
「お……終わった、よね? あーびっくりしたぁ~……」
「全く疲れちまった……長居は無用だ、さっさと帰ろうぜ」
「ああ、そうだな。―― だが、その前にっ」
アスティが、もう何の気配も感じないのを確認して力を抜いたのへ、スバノンも頷きながら提案する。すると、そこへ近寄ってきたブルーさんがいきなり、威力は最小限ながら氷結魔法を放った。
「わっ!? な、何しやがる突然!」
「うるさいっ。さっきの礼だ、素直に一発食らっておけ!」
「そんなのが食らえるか! 凍傷になるだろーがっ」
「なったらなったで、そこの溶岩にでも浸かってろ!!」
「お前、俺をなんだと……本気で殺す気だろ、それしか思ってないだろ今!?」
「実際に俺を殺しかけた奴が言う事か!」
―― 漸く、激しい戦闘が終結したばかりだというのに、元気の良い事だ。思わず、生温かい目で見守ってしまう……すぐ隣で、アスティも何か思う様に呟いた。
「なんて言うか、さ……仲良いよね。あのふたり ―― 限りなぁ~く物騒だけど」
そう、以前ステラのヴィープさんも評した様に、間違いなく仲は良い。但し、アスティも言う様に、周囲にとっては巻き添えの危険が付きまとう、少々迷惑かもしれない「仲の良さ」だ。
まあ、何にせよスバノンが殺人者にならなかっただけ、良かったのではなかろうか ―― 守護獣の襲ってきた当初を思い出しそう告げると、いわば彼の恩人であるアスティも、どこか乾いた笑いでそれに同意した。
せめて今後は、今少し「力加減」を覚えてほしい……それが、彼らの傍らで苦労する私達の共通見解であった。




