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最下層、というのは事前に監獄内の見取り図をオーガスタで見ていたブルーさんが、階段周辺の間取りから判断したものらしい。とは言え、そこは相も変らぬ漆黒の闇の中。細かな部屋の配置までは、古い地図と実際の場のすり合わせが難しい為、ほぼ初見と変わらぬ状態で探索する事、階段を下りてから更に半時……辿り着いたのは、かつての倉庫と思しきやや広めの空間だった。
「―― おや。誰か、そこにいるのかい?」
慎重に中を探り始めた時、ふいにそんな声がかかる。灯りを向けると、金色の髪が輝いた。
「君達は?」
一瞬、リンさんかと思ったが声が違う。近寄ってみると、整った服装の若い男性が、座り込んだままでこちらを見つめていた。
「私たちは、この監獄のアンデッドを退治するために来ました。あなたは一体?」
「なるほど。私もまあ、そんな所だ。……すまないが、ちょっと動けそうにないんだ。助けてくれないか?」
「動けない? 怪我でもされてるんですか?」
「ああ、ちょっとね。悪いが手を貸してくれ」
男性は、確かにどこか辛そうに言っているが……何かが引っかかった。
彼の身なりは、冒険者のものとは到底言えない、上品で高価なものだ。さしずめ町の高級役人か、いっそ城の貴族とさえ言える。そんな服装で、果たしてこの様な場所にアンデッド退治になど赴いてくるものだろうか?
思う間にも、アスティが手を貸そうと彼に近寄り ―― 寸前で、ブルーさんの手がそれを止めた。そのまま彼女の前に出ると、男性に向かってにっこり笑ってみせる。
「そうか、怪我か。なら……これを受け取りな」
言った瞬間、場を凄まじい熱と光が支配した。
「え!?」
「ちょ、ちょっと待て! 何いきなり火炎魔法なんて……人殺しっ?」
アスティ、スバノンが驚くのも無理はない。ブルーさんが前方に放ったのは、ライジングファイア ―― かなり上級の火炎魔法だったのだ。魔物ですら低級のそれなら一瞬で終わるだろう威力の呪文だ、人間が浴びせられれば無論、ひとたまりもない。
だが、続けてブルーさんが発した声は、目の前の炎と真逆の冷気を孕んでいた。
「さっさと出てこい。お前の正体なんてバレバレなんだよ、破魔」
「え、マジっ? こいつが!?」
「 ―― っち。つまらんな」
再び驚くスバノンの前で、そんな言葉と共に、燃え盛る炎が瞬時に掻き消えた。同時に、周囲に溶け込むかの闇色のローブを纏った、怪しい影が立ち上がる。
「ふ、ふはは……正体を見破った事は褒めてやりたいが、おまえ達は生かしておけんな」
「てめーが破魔か! 変装で油断させるとは卑怯な……覚悟しろっ」
言うなり、事態を把握したスバノンが斬りかかる。サザンクロスは光属性の剣技、相性としては良い筈だが、破魔は素早い身のこなしで剣先をかわしてしまう。
「気をつけろよ、かなりの強敵の筈だ」
「どっちかって魔法のがいいかも ―― スバノン、ちょっと退いてて!」
注意を呼びかけつつ、アスティがセイントライトで、ブルーさんも再び火炎魔法で攻撃する。先程より弱いグランドファイアなのは、スバノンの動きも考慮に入れている故か。私も同じく、スバノンへの飛び火を避ける為に、敵個体を取り囲みつつ攻撃できる風刃魔法・サイクロンを唱える。炎が上手い事、風の檻の中のみで燃え盛り、更にその上から無数の光のシャワーが降り注いだ。
「うぐっ……ば、馬鹿なっ」
全ての魔法が決まったせいか、炎の中から苦しげな、そんな声が聞こえる。……風も炎も収まると、そこに破魔の姿はなかった。周囲を探ってみても、気配は感じられない。
「ふん、大したことないじゃねぇか」
「……本当にこんな程度なのか? 期待外れだな……」
確かに、オーガスタでも腕利きの戦士達が退治に来て、誰一人として戻らなかったという敵にしては、あまりにあっけなく終わったと思う。けれど、魔力探査を以てしても気配が掴めない以上、恐らくはこれで終幕なのだろう。
「んー。とりあえず、戻ってもいいって事かな? ジルクさんへ報告しないとね」
「そうだなぁ。なんか気が抜けちまったけど」
幸い、誰も怪我を負う事無く終わったのが嬉しかったか、弾むように言って、アスティが先頭に立って歩き出す。皆も同意し、ついていった……が。
倉庫の出口に差しかかった時 ―― 直感的に、アスティの身体を一気に後ろへ引き倒した。
「きゃ! な、何? エルフィン……って??」
その眼前に、嫌な光が一瞬走る。間に合わずに断ち切られたらしい蜜色の糸が数本、闇の奥へと漂い飛んでいった。
「ほう? 随分と勘のいい事だ。どうやら、ただの子供の集まりではないな」
不意討ちを好む、との性癖はかなり徹底したものらしい。先程は手にしていなかった筈の、伝説上の死神の武器 ―― いかにも首を狩り易そうな大鎌を携えた破魔の姿が、そこにはあった。
「やっぱりか。しぶといな」
「このヤロー……さっきので死んだわけじゃなかったのかっ」
「ふん、見くびられたものだな。今度こそ、本当の力を見せてやろうか」
ブルーさん、そしてスバノンがアスティを庇う様に前へ出る。だが、不敵に笑った破魔は、言い放つなり恐ろしい邪気を伴う暗黒の魔力を竜巻の如き勢いで解き放った。
「ぐあっ!? な、なんだこの魔法っ」
「ダークホールか! ここまでの使い手だったとは ―― 大丈夫かアスティちゃん、エルフィンちゃん!?」
咄嗟に、まだ立ち上がりきっていないアスティの上に覆い被さったものの……膨大な質量さえ伴った魔法力の解放は、2人分の体重さえ物ともせずにアスティごと私を吹き飛ばした。受け身が取りきれず、衝撃で一瞬、息が詰まる。
そこに襲いかかってきた破魔の大鎌を、だが駆けつけたスバノンの剣が辛うじて防いでくれる。間髪入れずにブルーさんの氷結魔法も放たれたが、そこで、ふっと破魔の姿が気配ごと消えた。
「……っ! またか、一体どーやって消えてやがるアイツ!?」
「魔力探査も受け付けないとなると……次元移動か? 厄介すぎるぞ」
次元移動 ―― 一時的に己が身を異空間へ置いていると言う事か。それでは確かに、追跡手段が断たれてしまう。数多くの戦士達が帰らぬ人と成り果てた理由が解った気がして、改めてこの敵の恐ろしさを痛感する。
魔力探査は、それを操る者の魔法力によって精度が決まる。なのに魔法の専門家たるブルーさんでさえ気配が掴めないとなると……後は破魔が異空から出てくる瞬間を察するしかないと言う事だ。難易度は言うまでもなく高すぎるが、他に手がない以上はそれに賭けるしかない。どうせ闇の中、視覚はあまり意味を為さないと、目を閉ざす。
―― 何かが、ちりり……と意識に引っかかる。反射的に、そちらへデザートレイドを撃ち込んだ。




