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奏でられし聖樹の記憶  作者: ファル
― 三.神聖都市の暗雲 ―
18/68

3-2

 かつての宗教都市の面影が唯一残る、美しい造りの教会内部。聖堂への扉を潜った先には確かに人影があったのだが、彼らは何やら、信仰以外の難しい話をしている様だった。


「ジルク様……やはりブルーさん一人に任せるわけには……」

「私も、他所から来た彼を送り出したくはない。しかしオーガスタには、もう戦える人など残っていません。今は彼を、信じましょう」

「……確かにブルーさんは、魔法使いとしての腕は大したものです。しかし……あの監獄へ、破魔の下へ行くなんて、とても……」


 近づいてみると、そんな内容の、如何にも深刻そうな声音の会話が聞こえてくる。見れば祭壇付近で、この教会のシスターらしき若い女性と見るからに神父様と言った装いの、中年と呼ぶには僅かに早そうな男性とが、悩み抜いて疲れたといった風情で話していた。


「おや? 旅の方ですか、こんにちは。この様な寂れた町に、何か御用がおありですか?」


 更に近づくと、流石に気づいて顔を上げた神父様が訊ねてくる。その表情には色濃い困窮の影があったが、それでも声は穏やかで、且つ人々を導く立場の者特有の威厳があった。


「こんにちは。あの、私たち、人を探しているんです」

「ふむ? どの様な方でしょう」

「リンと言う名の、金髪の……ちょっと変わった耳の男なんですが。ステラに行ったと聞いて、もしかしたら、途中にあるこの町に寄ってるかもしれないと」

「ふむ……あいにく、その様な方はお見かけしていませんね」

「うぅ、やっぱり来てないか……」


 傍らのシスターにも確認してみるが、やはりリンさんがここへ来た気配はない様だ。見るからに気落ちしているアスティに、神父様が慰める様に声をかける。


「そこへ向かったと言う事なら、ステラに行けば会えるかもしれません。と言いたいところですが、あそこは魔法使いの町、部外者は入り口の門を潜る事は叶わぬでしょう。その方も、手段を持たぬのであれば或いはここへも立ち寄るかもしれませんが……どうでしょうね」

「んー、困ったねえ。おっさん、何とかしてステラに入る方法ねーかな?」


 途中で割り入ったスバノンは、しかしあまりにも普段の調子でやらかしてしまい、流石の神父様も一瞬、無礼を咎める様な視線を彼に向ける。


「おっさ……私の名はジルクと言います」

「あっすまん。ジルクさん、何か手はないもんかな?」

「―― ステラの門は、そこに住まう者の前には普通の扉と何ら変わる所なく開かれます。即ち、ステラの住人の案内があれば宜しい。そうですね……つい先程まで、ここにはステラから来た魔法使いがいました。彼に案内してもらえば宜しいのではないでしょうか」


「なるほど。連行ってわけだ」

「……せめて、旅は道連れ、とでも言えないものですかね……」


 どうやら、威厳ある神父様でもスバノンの言動を是正させるのは困難の極みであるらしい。最後の足掻きの様に呟いて、後は何だか哀しげな目つきで彼を見るだけとなってしまった。気の毒に思ったか、今度はアスティがジルクさんを気遣う様に問いかける。


「あの、ジルクさん。先程まではって、その魔法使いさんは、今はどこに?」

「彼は監獄へ行きました。この町のすぐ南にある、アルパス監獄へ」

「か、監獄??」


 穏やかならぬ単語が出てきたものだ。その魔法使い、一体何の罪を犯したものか……否。罪人ならば、その者に道案内を、などと神父様が言う筈はない。案の定、続けられるジルクさんの言葉は、けれど一瞬勘違いしたものより余程恐ろしく、暗澹たるものだった。


「収容される為ではありませんよ。アルパス監獄は、何十年も前に閉鎖された監獄。しかし近頃は、その監獄からアンデッドが湧き出る様になってしまいました。人々を襲うアンデッドを封じ込める為、我々は監獄の入り口に丈夫な門を設置しました。しかし……あの門も、いつまで保つか判りません。門が壊された時、この町は真っ先に襲われるでしょう。そうなる前に手を打つべく、腕に覚えのある者は皆、武器を持ち監獄へ行きました。ですが ―― 誰一人、帰ってきた者はおりません」


「だ……誰ひとり??」

「おいおい、シャレになってねえぞ……」


 神聖都市と称される程のこの町で「腕に覚えがある」というのなら、単に剣や槍のみならず、浄めの術に通じた人も多かったであろうのに、そこまで無残な結果とは。これは確かに、ジルクさん達の表情が沈鬱なものだったのも頷けてしまう。


 アスティどころかスバノンも、この話には言葉を失う他はない様だった。そこへ、シスターの更なる説明が加えられる。


「監獄のアンデッドは全て、破魔という死神が支配しています。破魔はとても強い上に、不意討ちを好みます。故に皆、次々と……今はもう、ここにはまともに戦える者が残っていないのです。残された人々は、お年寄りや女子供が殆どで……監獄の脅威に怯える毎日に疲れ、移住したいと望んでも、彼らにはそれさえ難しい状況です」


「監獄のアンデッドが襲ってくるのが先か、それ以外の、最近数を増やしつつあるモンスターが先か ―― ステラから来た魔法使いのブルーは、この艱難から人々を救うべく監獄へ行きました。しかし……彼は確かに魔法の腕は素晴らしい。だが、そんな腕の立つ者達が向かい、未だに誰も帰らない。それが今の、アルパス監獄なのです」


 ジルクさんも再び口を添え、そしてシスターと共に、ここを訪れた際そうしていた様に長い嘆息の後沈黙する。暫し、誰も言葉がなかったが……やがてアスティとスバノンが、お互いを見て頷く。その思っているだろう事には私も全く同意だった。


「行かなきゃ。ブルーさんって人、一人じゃ危険だよ」

「そうだな。今回ばかりは、リンさん探しをしている場合じゃなさそうだ」

「えっ……あなた方が? まだそんなに、お若い身で ―――― 」

「お待ちなさい、シスター」


 慌てて止めようとするシスターを、だがジルクさんが制止した。そのまま、何かを探るかのように私達を凝視し ―― やがて見極めがついたかの、落ち着いた声音で。


「あなた達とブルーさんが協力すれば、本当に破魔を倒せるかもしれません。監獄のアンデッドは全て破魔の支配下、即ち破魔を倒せばすべてが解決なのです。もし、あなた達も監獄へ向かってくれるというのであれば、門を開ける鍵をお渡しします。しかし監獄の中は、想像以上に危険ですよ。覚悟は宜しいでしょうか?」


「ええ、行きます。私たちがステラへ行くには、そのブルーさんがいないと厳しそうだし。それに、それだけではない話を放ってもおけません」

「なーに、すぐ片づけて戻って来るさ。ジルクさん、鍵をくれ」


「解りました。それではこちらを……あなた達は、この町最後の希望かも知れません。幸運を祈っております」


 表情こそ引き締めてはいるが、口調は常と変らぬスバノンの手に、神父様が小さな鍵を渡す。同時にシスターへ、何やら合図の様に目配せすると、彼女の姿が一時奥へと消え、戻って来た時には幾つかの高価な装備を携えていた。


「こちらをお持ち下さい。私達には、何もお手伝いは出来ませんが……これらの防具がお役に立ってくれれば、幸いです」

「え、こんなに? な、何かすみません」

「いえいえ。―― どうぞご武運を。神のご加護があります様に」


 攻撃時、雷属性を付与してくれると言う鎧・サンダープレート。魔法を操る者に力を与えてくれると言う純白の法衣・エンジェルローブ。光属性を帯びた、淡く輝く帽子・セイントハット。どれも、強敵に立ち向かおうと言うのであれば是非にも欲しい品々ばかりだった。


 それらの品を扱える者はもう、ここにはいないからと、哀しそうに呟き。申し訳ない様に、それでも縋らざるを得ない様に見送ってくれるシスター達に別れを告げて元来た道を辿り出す。


 アンデッドを操り人々を苦しめる死神・破魔。果して如何なる敵である事か。


 敵がアンデッドならば、こちらの要は光属性の魔法を扱えるアスティになるだろう。だが、アスティにばかり負担をかける訳にはいくまい。自分も今少し、魔法の腕にも磨きをかける頃合かも知れない……そこまで考え、ふと苦笑する。これではまるで、リンさん探しの旅がさらに長いものになると予見している様ではないか。


 ―― 本当に、そんな羽目にならなければ……良いのだが。

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