2‐7
「おお、戻ったか。あそこへの往復は大変だったろう。お疲れさん」
「……ごめんなさい。実は ―――― 」
数日後、港町に戻ったその足で訪ねたトニックさんは、相変わらず気さくな様子で出迎えてくれた。そんな彼に、言い出しにくそうにしつつも、アスティが事情を説明しようとする。
「ああ、レジーから聞いたよ。君達、あのモンスターを退治して結晶石を手に入れてくれたんだってね。あいつをやっつけるとは、思った以上に強いな君達」
「……え? と、言う事は……」
先にそう告げたトニックさんに、アスティが驚きと同時に安堵した様な表情に変わる。頷くトニックさんもまた、何か嬉しそうな顔色だった。
「ははは、君達もなかなか粋な事をしてくれる。大丈夫。レジーは、ちゃんと結晶石を渡してくれた。あいつ言ってたよ……変なヤツに殴られて、目が覚めたって」
「変なヤツだと? レジーめ、自分は棚に上げてやがる」
「スバノン、それは失礼だよ……」
スバノンの、思った事がそのまま口に出る所は相変わらずだ。けれど、トニックさんは特に気分を害した風でもなく、また笑う。
「あれも、元々は真面目な性格なんだ。だから、何か悪い事をしようとしても結局、何も出来ないんだよ。これからはあいつも……昔の様に戻るかもしれないなぁ」
レジーさんの「昔」が、今ひとつ想像できなかったのはトニックさんには内緒だ……。
きっと、彼の子供の頃を思い出してでもいるのだろう。少しの間懐かしげな瞳をしていたトニックさんだが、そう言えば、とアスティを見つめ直す。
「君達、残念ながらお兄さん……リンさんには会えなかったみたいだね。でも、まだまだ探して回るんだろう?」
「はい。一応、行き先はレジーさんのおかげで判ってますし……追いかけてみます」
「そうか。レジーも、ちょっと世界を見て回ると言って出て行ったから、もしどこかで会う事があったら宜しく言っておいてくれ。それと……結晶石を探してくれたお礼に、特別に武器を作ってあげよう。もちろん、この結晶石を使ってね」
「おお。おじさん、そんな事できるんだ? ―― てか、それ貴重な石だったんじゃ」
その言葉を聞いたスバノンが、一瞬目を輝かせ、次いで心配そうな顔つきになった。
「はは、いいのさ。君達には、結晶石のこと以外でも世話になったからね……ただ時間はちょっとかかるだろうな。悪いが2日ほど待ってもらえれば、きっと旅の役に立つ武器を作ってあげよう」
その間、洞窟での疲れをこの町で癒すと良い ―― そんなトニックさんの提案と好意を、有難く受ける事にして、宿を取る為に彼の家を出る。
アスティからすれば、2日の待機時間は長いかもしれないが、ステラへの道はかなり長い上どんな魔物の生息域かも解らない以上、備えは万全にする必要がある。家の中が到底そうは見えないと言え、トニックさんはかなり有名な鍛冶屋だと言う事だし、その作成する武器はきっと本人が言う通り旅の役に立つだろう。
後は、主に回復薬を仕入れた方が良いかもしれない。宿を取った後は、道具屋を巡る事にしよう……多分、途中でまたスバノンが、食べ歩きに没頭しそうな気もするが。
─…‥・‥…─…‥・‥…─…‥・‥…─
「よお。相変わらず弱そうなツラだな」
無事宿を取れた後、買い物の為に町を歩いていた時。幾つかの角を曲がったところで、そんな声と共に、少々早すぎる気のする再会があった。
「何だと貴様。俺たちがいなかったら、やられてたくせに」
「けっ……俺を殴っといて何言ってんだ」
「レジーさん……ごめんね。スバノンは不器用だから……」
何だか、もう恒例のような喧嘩腰の会話となる2人に、アスティが遠慮がちに割り込んだ。すると、その顔を暫くじっと見た後、レジーさんの手が何かを取り出して彼女に渡す。
「あんた……ステラに行くんだろ。これを持って行きな」
「え?」
アスティと共に、その手に乗せられたものを見る。何やら、変わった光沢を刀身に宿した短剣が、その掌にはあった。
「マッドホーネットって名の短剣だ。そいつには毒が仕込んであってな、毒に耐性のない相手にはかなり有効だ。お前は回復魔法が得意そうだから、そいつで毒を回しておいて、自分を回復しながら持久戦に持ち込めば、ちょっとくらい強い敵にでも勝てるだろう」
「なるほど。レジーさん、スバノンと違って器用なやり方知ってるね」
「ふん、比べるまでもねぇ。あんな力任せ、ただの馬鹿だ」
「なんだとてめー! 力任せなんかじゃねえよ!!」
鼻で笑われては、スバノンが怒るのも無理はないが。返すレジーさんの指摘も、結構的を射たものでスバノンの勢いが削がれてしまう。
「じゃ、お前器用に戦えるのか? 魔法もろくに使えないくせによ」
「うぐっ……」
「ま。人探しなんてのも大変だろうが、せいぜい頑張れよ」
「ありがとう。……今度こそ見つかるといいな、お兄ちゃん」
どうやら、アスティに対してはもう、以前の素振りを見せる事はなさそうだ。口調こそ素っ気ないが、装備以外にも気遣ってくれる辺り、トニックさんの言う「昔のレジーさん」が今度は想像できる気がして、少し思いを馳せてみる。
何があったかは無論知らないが、この親子も大分すれ違いの時期が長かった事は想像に難くない。もう少し……ほんの少しで良い、何か分かり合えるきっかけがあったなら。そして今少し、共に過ごす時間が多く取れていたのなら、その“時”には、きっと沢山の『大切なもの』が溢れていただろうのに ―― 過ぎ去った時間は取り戻しようもないが、せめてこれから先は、得られる筈だった“大切”を見つけていってほしい。
そんな事を思っていた時……こちらを凝視しているレジーさんにふと、気づく。
「ねーちゃん。さっきから、何でか俺を見てるようだが……わりぃが、あんたは綺麗だけど俺の好みとはちょっと違うんでな。当るなら、他にしてくれ」
―― そういう意味で見ていた訳では、断じてない。
ないのだが……もう、それと決めつけてしまっているらしいレジーさんに説明するのも疲れる気がして、とりあえず諦める事にした……。
「じゃあな、俺はこれから適当に旅をする。……もう悪い事はしねーから安心しな」
こちらの疲労感はどこ吹く風。もう用は済んだとばかりに背を向けると、そんな事をぼそっと付け足す様に言って、レジーさんは去って行った。
「何だか……そんな悪い人でもなかったかもね。レジーさんって」
「っけ。少なくても、口はコースト一悪いと思うぞあいつは」
「スバノン……そこはあんまり、人のこと言えないと思うよスバノンも」
少々呆れた様に言いながらも、アスティが笑う。釣られて笑うスバノンも、言う程にはもう、レジーさんを悪く思ってはいなそうだ。
ふと見上げた空は、アスティの瞳と同じ澄んだ青で埋まっている。―― どうか、誰の上の旅の空も、こんな美しいものであります様に。何故か急に、そんな思いが頭をよぎったのだった。




