絶対剣域
王立魔導騎士学院。
王国の未来を担う騎士と魔導師を育成する、国内最高峰の教育機関。
その正門の前に、俺は立っていた。
(……思ったより大きいな)
白い石造りの校舎がいくつも並び、その奥には巨大な尖塔がそびえている。敷地を囲む城壁には、王国の紋章が刻まれていた。
門の前には、各地から集まった受験者たちの姿があった。
華やかな衣装をまとった貴族の子息。剣を腰に下げた騎士志望の少年。魔導書を抱えた少女。
誰もが、自分の未来に期待を膨らませている。
そんな中、俺だけは少し違う理由でここに来ていた。
(……さて、誰が俺を呼んだんだろうな)
数日前に届いた、不可解な招待状。
《特例入学選抜対象者》
《鑑定結果:スキルなし》
そして、試験内容は対人実戦。
相手は、王国騎士団第一騎士隊所属の天才剣士――レオンハルト・フォン・グランヴェル。
俺は招待状を取り出し、もう一度確認した。
間違いない。
「……まあ、行けば分かるか」
そう呟き、正門へ足を踏み入れた。
◆
「……スキルなし?」
受付を担当していた男性職員が、俺の書類を見て眉をひそめた。
「ミソノ・フォン・アルヴェイン様……。確かに特例選抜の対象者として登録されていますが……」
「何か問題でも?」
「い、いえ。ただ……」
職員は困惑した表情で俺を見つめた。
「本学院の入学資格には、固有スキルの保有が必要とされておりますので……」
「俺もそう聞いています」
「……そうですか」
職員はそれ以上何も言わず、奥に控えていた別の職員へ声をかけた。
「特例選抜の受験者が到着しました」
その言葉に、周囲の受験者たちが振り返った。
「特例?」
「何だ、それ」
「……あいつ、スキルなしらしいぞ」
小さなざわめきが広がる。
俺は特に気にせず、案内された通路を進んだ。
途中、窓の外に訓練場が見えた。
そこでは数人の受験者が魔法を放ち、教官らしき人物が評価を行っている。
炎。
氷。
風。
それぞれ異なる固有スキルが、鮮やかな光を放っていた。
(……面白そうだな)
俺は思わず足を止めた。
炎を放つ少年の魔力は、発動直前に右肩へ集中している。
氷を操る少女は、足元から魔力を広げていた。
風を使う少年は、周囲の空気を一度引き寄せてから放出している。
(……同じ魔法でも、ずいぶん違うんだな)
「ミソノ様?」
案内役の職員が振り返った。
「ああ、すみません」
俺は再び歩き始めた。
◆
案内されたのは、学院の最奥にある巨大な円形闘技場だった。
観客席には、数十人の教官や騎士たちが並んでいる。
中央には、白い石畳の試合場。
そして、その中央に一人の青年が立っていた。
銀色の髪。
整った顔立ち。
白銀の鎧。
腰には、細身の長剣。
(……あれがレオンハルトか)
青年は俺を見ると、静かに口を開いた。
「お前が、ミソノ・フォン・アルヴェインか」
「ああ。よろしく」
「……十四歳と聞いていたが、本当に子供だな」
「そっちは十九歳だろ。五歳しか違わないぞ」
レオンハルトの眉がわずかに動いた。
「……随分と余裕があるようだな」
「そう見える?」
「少なくとも、これから何をするのか理解しているようには見えん」
俺は肩をすくめた。
「入学試験だろ?」
「……命を落とす可能性があると、聞いているはずだ」
「ああ」
「ならば、なぜ笑っていられる」
「別に、笑ってるつもりはないけど」
レオンハルトは小さく息を吐いた。
「……いいだろう」
彼は腰の剣を抜いた。
白銀の刀身が、陽光を反射する。
「私はレオンハルト・フォン・グランヴェル。王国騎士団第一騎士隊所属。固有スキルは《絶対剣域》」
「ミソノ・フォン・アルヴェイン。固有スキルは……なし」
観客席から、わずかな笑い声が漏れた。
レオンハルトは笑わなかった。
「……スキルがないことを、恥じる必要はない」
「別に恥ずかしくないよ」
「…………」
彼は一瞬、言葉を失った。
そのとき、闘技場の上段から声が響いた。
「双方、準備はよいか!」
審判役の騎士だった。
俺は腰の木剣を抜いた。
レオンハルトが眉をひそめる。
「……木剣?」
「これでいいよ」
「私を侮辱しているのか?」
「いや。いつも使ってるから」
「……そうか」
レオンハルトの表情が冷たくなった。
「後悔するなよ」
俺は頷いた。
「分かった」
◆
「――始め!!」
審判の声が響いた。
その瞬間。
レオンハルトの足元から、銀色の光が広がった。
直径十メートル。
いや、十二メートルほどか。
円形の光が、石畳の上へ刻まれていく。
「《絶対剣域》」
レオンハルトが静かに呟いた。
空気が変わった。
領域の内部に、無数の細い魔力の線が走る。
剣を振るう前から、斬撃の軌道が幾重にも描かれていた。
(……へえ)
俺は思わず見入った。
(……これは面白いな)
レオンハルトが剣を構える。
「この領域に入った時点で、お前に勝機はない」
「そうなのか?」
「私の剣は、領域内のあらゆる位置へ届く」
「なるほど」
俺は一歩前へ出た。
その瞬間、右肩のすぐ横を銀色の斬撃が通過した。
続けて、左足。
首元。
背後。
無数の斬撃が、四方八方から迫ってくる。
観客席から歓声が上がった。
「出たぞ! 《絶対剣域》!」
「一度入れば逃げ場はない!」
「終わったな……!」
俺は足を止めた。
(……なるほど。そういう仕組みか)
領域の内部に配置された魔力の線。
レオンハルトはその線に沿って、自分の斬撃を伝えている。
確かに強力だ。
だが――。
(……ずいぶん遠回りなことをしてるな)
俺は木剣を軽く持ち直した。
そして、半歩だけ踏み込んだ。
銀色の斬撃が、俺の頬をかすめる。
次の瞬間。
俺はレオンハルトの背後に立っていた。
「……なっ!?」
レオンハルトが振り返ろうとする。
しかし、それより早く。
俺の木剣が、彼の首元へ触れた。
「……終わりでいいか?」
静寂。
闘技場から、すべての音が消えた。
レオンハルトの剣が、わずかに震えている。
「……馬鹿な」
彼はゆっくりと呟いた。
「……私の《絶対剣域》を……」
俺は木剣を下ろした。
「強かったよ」
「……何?」
「でも、少しもったいないな」
「…………?」
レオンハルトが俺を見つめた。
「……もったいない?」
「ああ」
俺は彼の足元に残る銀色の光を指差した。
「それ、使い方が違うんじゃない?」
◆
レオンハルトの表情が固まった。
「……何を言っている」
「いや、《絶対剣域》のこと」
「……私の固有スキルに、問題があると?」
「問題っていうか……」
俺は少し考えた。
「剣を振るために領域を作ってるんだろ?」
「……当然だ」
「でもさ」
俺は首を傾げた。
「それって、剣を振らなくてもいいんじゃない?」
「…………は?」
「だって、領域の中に斬撃を通せるんだろ? だったら、最初から領域そのものを刃にすればいい」
レオンハルトは黙った。
「それに、どうして円形なんだ?」
「……何?」
「もっと細くしてもいいし、何層にも重ねてもいい。別々の場所に作ってもいいんじゃないか?」
「……待て」
「ん?」
「……お前は、何を言っている?」
俺は不思議に思った。
「だから、《絶対剣域》の使い方だけど?」
レオンハルトは俺を見つめたまま、動かなかった。
「……領域を、刃にする?」
「ああ」
「……剣を振らずに?」
「うん」
「……そんなことが、できるはずが……」
「試してみたら?」
俺は軽く言った。
レオンハルトは何かを言いかけ、口を閉じた。
そして、ゆっくりと自分の剣へ目を落とした。
観客席も静まり返っている。
俺は少し首を傾げた。
(……何か変なこと言ったか?)
◆
「……勝者、ミソノ・フォン・アルヴェイン!!」
ようやく審判の声が響いた。
その瞬間、観客席が騒然となった。
「……何が起きた!?」
「レオンハルトが……負けた?」
「しかも、たった一撃で……!」
「いや、待て! あの少年、固有スキルは……!」
「……スキルなし、だと……?」
俺は木剣を鞘へ戻した。
(……これで合格なのか?)
正直、まだよく分からない。
すると、闘技場の上段から、一人の老人が立ち上がった。
白い髭。
深い皺。
そして、鋭い眼差し。
老人は、俺をじっと見つめていた。
「……なるほど」
小さな声だった。
だが、不思議とよく通った。
「これが、レイヴンの息子か」
俺は顔を上げた。
(……父さん?)
老人は、ゆっくりと笑った。
「……ようやく、見つけたぞ」
その言葉の意味を、俺はまだ知らなかった。
ただ一つ、確かなことがあった。
この日。
《スキルなし》の少年が、王国屈指の天才剣士を破った。
そして、その一戦を境に――。
王国の常識は、静かに崩れ始めていた。




