それぞれの道、その先で
《黒淵魔境グラディオス》から戻った翌日。
王都の喫茶店で、俺たち五人は顔を合わせていた。
「ミソノ。頼みがある」
口を開いたのは、レオンハルトさんだった。
いつになく真剣な表情だ。
「俺を、もっと強くしてくれないか」
「……え?」
「私もよ」
隣に座っていたイザベル先輩が、すかさず続けた。
「あなたの考え方を、もっと教えてほしいの」
「……別に、構いませんけど」
「軽いわね……」
イザベル先輩は呆れたように笑った。
「昨日、ようやく分かったのよ。カイもエルナも、ただ強いだけじゃない。自分の能力を、私たちとはまるで違う発想で使っている」
「まあ、昔からミソノに変なことばっかり教わってたからな」
カイが笑う。
「変なことって何よ!」
エルナが横から口を挟んだ。
「ミソノのおかげで、私たち強くなれたんでしょ?」
「分かってるって」
レオンハルトさんが頷く。
「その差を、昨日の森で思い知らされた」
彼は自分の手を見つめた。
「俺は《絶対剣域》を、剣の届く範囲を広げる能力だと考えていた。だが、ミソノは領域そのものを切り離し、移動させるという発想をした」
「私の《氷獄領域》も同じ」
イザベル先輩が続ける。
「魔法を強くすることばかり考えていた。でも、そもそも魔法の組み立て方を変えられるなんて、思いもしなかった」
そして、彼女は俺を指差した。
「カイとエルナだけ、幼いころからそんな助言を受けていたなんて、フェアじゃないわ!」
「……フェア?」
「そうよ! 私たちにも教えなさい!」
カイが吹き出した。
「何だよ、それ!」
「笑い事じゃないわ!」
エルナまで楽しそうに笑っている。
「いいじゃない! ミソノ、二人にも教えてあげなよ!」
「うん。そのつもりだけど」
俺は少し考えた。
「ただ、二人とも同じことをする必要はないと思います」
「……どういう意味だ?」
レオンハルトさんが尋ねた。
「レオンハルトさんには、レオンハルトさんの戦い方があります。イザベル先輩には、先輩の戦い方が」
俺は二人を見た。
「俺の真似をするより、自分のスキルで何ができるか、一緒に考えた方が面白くないですか?」
二人は顔を見合わせた。
そして。
「……決まりだな」
レオンハルトさんが笑った。
「騎士団には俺から相談する。しばらく休暇をもらおう」
「私も学長にお願いするわ」
イザベル先輩も立ち上がる。
「学院対抗戦の準備もあるし、強くなる理由は十分よ!」
「……え、もう行くんですか?」
「善は急げ、よ!」
二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。
……何だか、すごいやる気だな。
◆
それから、しばらく。
レオンハルトさんは騎士団から休暇を認められ、イザベル先輩も学長の許可を得た。
二人はそれぞれ、自分の固有スキルと向き合うことになった。
俺も、約束どおり手伝うことにした。
ただし。
その間も、王都の日常は続いていた。
◆
「……あれ?」
ある日の放課後。
カイとエルナが学院の門を通りかかると、小さな騒ぎが起きていた。
「だから、わざとじゃないんです……!」
桃色の髪の少女が、困ったように頭を下げている。
その足元には、壊れた魔導灯が転がっていた。
「また君か! これで何度目だ!」
学院の職員らしい男性が、声を荒らげる。
「す、すみません……」
少女は、泣きそうな顔で俯いた。
カイが首を傾げた。
「……あの子、見たことあるな」
「フィオナでしょ?」
エルナが答える。
「ミソノが前に助けた子よ」
「ああ、あの《共鳴》の」
二人が近づくと、フィオナが顔を上げた。
「あ……!」
「大丈夫?」
エルナがしゃがみ込み、壊れた魔導灯を手に取る。
「……あの、私、また魔力を乱しちゃって……」
「そっか」
エルナは少し考えた。
「でも、壊そうとして壊したわけじゃないんでしょ?」
「……はい」
「じゃあ、まず落ち着こ!」
エルナが笑う。
「それに、これだけ魔力に影響できるって、すごいことじゃない?」
「……え?」
フィオナが目を丸くした。
カイも頷く。
「そうだな。普通、他人の魔力に干渉するだけでも難しい」
「でも……私、何も上手くできなくて……」
「最初から上手くできるやつなんて、そういないって」
カイは笑った。
「俺だって、昔は自分の剣を思った方向に振ることすらできなかったし」
「……カイが?」
「ああ。ミソノに何度も笑われた」
「笑ってたのはカイもでしょ!」
エルナが横から突っ込む。
二人のやり取りに、フィオナは小さく笑った。
そのときだった。
壊れた魔導灯の破片が、かすかに光った。
「……ん?」
カイが目を細める。
フィオナの手元に、淡い魔力が集まっていた。
だが、それは彼女自身の魔力だけではない。
周囲の魔導具から漏れた魔力が、まるで引き寄せられるように集まっている。
「……フィオナ」
エルナが静かに尋ねた。
「今、何かした?」
「……え?」
フィオナは、自分の手を見つめた。
「……何も」
カイとエルナは、顔を見合わせた。
――ミソノなら、きっと面白がる。
二人とも、同じことを考えていた。
◆
その日の帰り道。
「ねえ、カイ」
「ん?」
「フィオナ、いい子だったね」
「ああ」
「また会えたらいいな」
エルナは楽しそうに笑った。
「ミソノも一緒にね!」
カイが頷きかけた、そのとき。
――ガキィンッ!
路地の奥から、金属がぶつかる音が響いた。
二人が振り返る。
そこには、一人の少年がいた。
黒髪に、灰色の瞳。
年齢はミソノたちとそう変わらない。
その少年を、武装した男が三人で取り囲んでいた。
「いい加減にしろ! お前、何者だ!」
男の一人が怒鳴る。
少年は、困ったように笑った。
「だから、通りたいだけなんだけど」
「ふざけるな!」
剣が振り下ろされる。
――だが。
少年は動かなかった。
剣が、その肩に触れる寸前。
男の手から、武器が滑り落ちた。
「……は?」
男が目を見開く。
続いて二人目。
三人目。
誰も、少年に触れることができなかった。
「……何だ、今の?」
カイが足を止めた。
エルナも、じっと少年を見つめている。
「……魔法?」
「いや……」
カイは眉を寄せた。
「魔力が動いた感じはしなかった」
少年は、落ちた剣を拾い上げた。
そして、男たちの足元へ静かに置く。
「もういい? 急いでるんだ」
男たちは、何も答えられなかった。
少年が路地から出てくる。
カイとすれ違う、その瞬間。
「……へえ」
少年が足を止めた。
灰色の瞳が、カイの剣へ向けられる。
「君、面白い力を持ってるね」
「……何?」
カイが振り返る。
少年は、にやりと笑った。
「でも、まだ半分しか使えてない」
カイの表情が変わった。
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味」
少年は肩をすくめた。
「じゃあね」
「ちょっと待て!」
カイが呼び止める。
だが、少年は振り返らなかった。
人混みの中へ消えていく。
エルナが、ぽつりと呟いた。
「……変な子だったね」
「……ああ」
カイは、自分の剣を見下ろした。
――まだ半分しか使えていない。
その言葉が、妙に引っかかった。
以前、ミソノにも似たようなことを言われた気がする。
『なあ、カイ。お前のスキルって、どうして《軌道操作》じゃなくて《軌道支配》なんだろうな?』
カイは、ゆっくりと顔を上げた。
「……エルナ」
「何?」
「今のやつ、また会う気がする」
エルナは、少しだけ笑った。
「じゃあ、今度はミソノも連れてこ!」
夕暮れの王都。
雑踏の向こうで、黒髪の少年が一度だけ振り返った。
「……《軌道支配》か」
そして、小さく笑う。
「面白いな。この国」




