秘密の保管庫
「……ねえ、ミソノ」
森の奥へ続く獣道を歩きながら、エルナが振り返った。
「そろそろ呼んであげたら?」
「……そうだな」
俺は立ち止まった。
カイが、面白そうに笑う。
「よくここまで黙ってついてきたよな」
俺は背後の茂みに向かって声をかけた。
「イザベル先輩、レオンハルトさん。もう出てきていいですよ」
――ガサッ。
茂みが揺れた。
少しの沈黙のあと、二人が姿を現した。
「……いつから気づいていたの?」
イザベル先輩が、気まずそうに尋ねる。
「森に入る前からです」
「……えっ?」
「学院を出たところからだな」
カイが笑った。
「レオンハルトさん、気配を消すのは上手いですけど、歩く軌道に癖があるんですよ」
「……そこまで分かるのか」
レオンハルトさんが苦笑する。
「私は魔力で分かったわ!」
エルナが胸を張った。
「二人とも、隠れている間ずっと緊張してたでしょ?」
「……そんなことまで?」
イザベル先輩が目を丸くした。
「……まあ、そんなわけで」
俺は笑った。
「せっかくですし、一緒に来ませんか?」
「……どこへ?」
「俺たちの秘密基地です」
◆
辿り着いたのは、巨大な岩山の麓だった。
苔に覆われた岩壁。
絡みつく太い蔦。
どこから見ても、ただの行き止まりにしか見えない。
「……ここ?」
イザベル先輩が首を傾げる。
「うん」
俺は岩壁に手を当てた。
指先から、魔力を流す。
すると。
――ゴゴゴゴッ。
岩壁の一部が、ゆっくりと横へ動いた。
「……隠し扉?」
レオンハルトさんが目を細める。
「昔、三人で作ったんです」
「……三人で?」
「ミソノが穴を掘って、俺が岩を運んで、エルナが周りの植物を整えたんですよ」
カイが説明する。
「……子供のころに?」
イザベル先輩の声が裏返った。
「うん!」
エルナが笑った。
「最初は小さな洞窟だったんだけど、だんだん広くなっちゃって!」
「……広くなった?」
「まあ、見れば分かりますよ」
俺は扉の奥へ足を踏み入れた。
◆
暗い通路を抜けた瞬間。
「…………え?」
イザベル先輩が、立ち止まった。
目の前に広がっていたのは、巨大な地下空間だった。
天井には発光する魔石が埋め込まれ、柔らかな光が室内を照らしている。
そして。
壁一面に並ぶ棚。
積み上げられた木箱。
無数の魔石。
巨大な牙。
美しい結晶。
見たこともない甲殻や骨。
その数は、数百どころではない。
「……何、これ」
イザベル先輩が呟いた。
「俺たちの保管庫です」
俺は答えた。
「……保管庫?」
「うん。昔から集めてたものを置いてるんです」
レオンハルトさんが、ゆっくりと棚へ近づいた。
そして、一つの魔石を手に取る。
「……これは」
彼の表情が変わった。
「……深紅魔狼の魔石か?」
「ああ、それなら昔よく出たな」
カイが頷く。
「……よく?」
レオンハルトさんが振り返る。
「……あの魔狼は、熟練の騎士でも討伐に苦労する魔物だぞ」
「……そうなんですか?」
俺は首を傾げた。
「……昔、カイが三体まとめて倒してましたけど」
「おい、ミソノ!」
カイが笑った。
「それ、結構苦戦したときの話だろ!」
「……そうだったっけ?」
「そうだよ!」
イザベル先輩は、額に手を当てた。
「……もう、嫌な予感しかしないわ」
◆
「……ちょっと待って」
イザベル先輩が、別の棚を指差した。
「……あれ、何?」
そこには、青白い光を放つ巨大な結晶が置かれていた。
「……ああ」
エルナが笑った。
「それ、綺麗だったから持って帰ったの!」
「……綺麗だったから?」
「うん!」
イザベル先輩は、ゆっくりと近づいた。
そして、結晶を見つめる。
「……嘘でしょ」
「……どうしたんですか?」
「……これ、《蒼天竜》の魔核じゃない?」
レオンハルトさんが、すぐに振り返った。
「……何?」
二人の表情が、一瞬で変わった。
「……蒼天竜?」
俺は、少し考えた。
「……ああ、空を飛んでた大きいやつかな」
「……倒したの?」
「うん」
「……三人で?」
「うん」
「……何歳のとき?」
「……結構、小さかったよな」
俺がカイを見る。
「……ああ」
カイが頷いた。
「エルナがまだ、俺たちより背が高かったころだな」
「今も高いわよ!」
エルナが即座に言い返す。
……そこ、重要なのか?
イザベル先輩は、しばらく何も言わなかった。
◆
さらに奥へ進むと、別の区画が現れた。
そこには、棚に収まらないほど巨大な素材が並んでいた。
竜の角。
巨獣の牙。
黒い甲殻。
そして、壁に立てかけられた一本の巨大な骨。
「……これは?」
レオンハルトさんが尋ねる。
「……何だっけ?」
俺はカイを見る。
「……ああ、あれか」
カイが笑った。
「昔、三人で苦戦したやつだろ」
「……あ!」
エルナが手を叩いた。
「覚えてる! あのとき、ミソノが吹き飛ばされたのよね!」
「……ああ」
俺も思い出した。
「結構、痛かったな」
「……痛かった?」
イザベル先輩が呟く。
「……どんな魔物だったの?」
「……大きかったよな」
カイが答える。
「山みたいに」
「……山?」
「うん!」
エルナが頷く。
「しかも、すっごく硬かったの!」
「……それで?」
「最後はミソノが倒したわ!」
俺は、少し笑った。
「……まあ、三人で何とかしたんですけど」
レオンハルトさんは、巨大な骨を見つめたまま動かなかった。
「……まさか」
彼は、小さく呟いた。
「……古代種か?」
◆
「……ねえ、ミソノ」
イザベル先輩が、真剣な顔で俺を見た。
「……あなたたち、これ全部どうするつもりなの?」
「……どうするって?」
「売れば、とんでもない金額になるわよ!」
「……そうなんですか?」
「そうなんですか、じゃないわよ!」
彼女は、思わず声を上げた。
「ここにあるものだけで、貴族の領地がいくつ買えると思ってるの!?」
「……領地?」
俺は、カイと顔を見合わせた。
「……欲しいか?」
「……いや、別に」
「……だよな」
エルナが笑った。
「私たち、お金には困ってないものね!」
「…………」
イザベル先輩が、深いため息をついた。
「……本当に、規格外ね」
レオンハルトさんも、苦笑していた。
◆
保管庫の中央には、小さな机と椅子が置かれていた。
昔、三人で作ったものだ。
「……懐かしい!」
エルナが椅子に座る。
「ここでよくお菓子食べたよね!」
「……ああ」
カイも笑った。
「ミソノが持ってきたやつな」
「……そうだったな」
俺は、机の上を指でなぞった。
傷だらけの木目。
壁に刻まれた落書き。
何も変わっていない。
……いや。
変わったものもある。
俺たちは大きくなった。
カイは騎士になり、エルナは学院で魔法を学び、俺も学院へ入った。
でも。
こうして三人で集まると、昔に戻ったような気がする。
「……ねえ、ミソノ」
エルナが、笑った。
「また来ようね!」
「……ああ」
俺も笑った。
「もちろん」
カイが、隣で頷いた。
「……次は、もっと奥まで行ってみるか」
「いいね!」
エルナが目を輝かせる。
「今度はお弁当も持ってこよう!」
……魔境でピクニックか。
まあ、俺たちらしい。
◆
そのとき。
「……ミソノ」
レオンハルトさんが、静かに口を開いた。
「……一つ、聞いてもいいか?」
「はい?」
「……この保管庫」
彼は、周囲を見回した。
「……本当に、君たち三人だけで集めたものなのか?」
「はい」
俺は頷いた。
「……全部、三人で倒した魔物から取ったものです」
「…………」
レオンハルトさんは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうか」
イザベル先輩が、隣で呟いた。
「……ねえ、レオンハルト様」
「……何だ?」
「……私たち、冒険者になる必要あるのかしら?」
「…………」
レオンハルトさんは、答えなかった。
俺は首を傾げた。
「……何でですか?」
イザベル先輩は、俺を見た。
そして。
「……もう十分、冒険してるじゃない!!」
保管庫に、彼女の声が響き渡った。
俺たちは、思わず笑ってしまった。




