三人の宝物
「……ねえ、ミソノ」
エルナが、倒れた巨木を見上げた。
「これ、どうするつもり?」
「……ごめん」
「謝るのは木にでしょ!」
カイが隣で笑っている。
「まあまあ、エルナ。昔からだろ?」
「だから困るの!」
エルナは呆れたようにため息をつくと、倒れた木へ手を伸ばした。
淡い緑色の光が広がる。
すると、折れた幹がゆっくりと持ち上がり、裂けた木肌がつながっていった。
根元から生命力が満ち、枝葉が再び空へ伸びる。
あっという間に、巨木は元の姿を取り戻した。
「……相変わらずすごいな」
俺が言うと、エルナは得意そうに笑った。
「でしょ? もっと褒めていいのよ!」
「……さすがエルナ」
「ふふん!」
カイが肩をすくめる。
「……昔は小さな花を元気にするだけで大騒ぎしてたのにな」
「ちょっと! それは言わない約束でしょ!」
俺たちは笑った。
だが、その笑い声は長く続かなかった。
森の奥から、複数の魔力が近づいてきたからだ。
◆
現れたのは、六体の魔獣だった。
黒い体毛。
鋭い牙。
そして、額に浮かぶ赤い紋様。
「……あれ、昔もいたよな」
カイが剣を抜く。
「いたいた!」
エルナが頷いた。
「昔、カイが追いかけ回されたやつ!」
「……また俺の話かよ!」
魔獣たちが、一斉に飛びかかってきた。
カイは軽く地面を蹴った。
次の瞬間、その姿が消える。
いや、違う。
移動する軌道そのものを変え、魔獣たちの死角へ回り込んでいた。
――ザシュッ!
一体が倒れる。
続けて、カイの左手から青い魔法陣が展開した。
「《雷槍》」
雷光が走る。
魔獣が身をかわした瞬間、カイの剣がその進路を塞いだ。
――ドンッ!
雷槍が直撃する。
「……おお」
俺は思わず声を上げた。
「魔法との組み合わせ、上手くなったな!」
「……今、褒める余裕あるのかよ!」
「あるよ」
「……だろうな!」
カイは笑いながら、次の魔獣へ向かった。
◆
俺の前には、三体の魔獣が迫っていた。
どれも、かなりの魔力量を持っている。
(……さて)
俺は、軽く右手を上げた。
詠唱はしない。
ただ、頭の中で魔力の流れを組み立てる。
――スッ。
足元に、一つ目の魔法陣が浮かんだ。
続いて二つ目。
三つ目。
そして、四つ目。
それぞれ異なる術式が、独立して回転を始める。
一つは防御。
一つは拘束。
一つは魔力の流れを変えるもの。
そして最後の一つは、攻撃。
――ゴォッ!
魔獣の爪が、最初の結界に弾かれた。
続いて、二つ目の魔法陣から光の鎖が伸びる。
三体の動きが止まった。
さらに、三つ目の魔法陣が魔獣たちの魔力を乱す。
最後に。
――ドンッ!
四つ目の魔法陣から放たれた衝撃が、三体をまとめて吹き飛ばした。
「……よし」
俺は、静かに息を吐いた。
(……四重までは、安定してきたな)
以前は、複数の魔法陣を同時に維持するだけでも難しかった。
だが、最近はそれぞれを別々に動かせるようになってきた。
(……あとは、もう少しか)
ふと、昔の記憶が浮かぶ。
八本の腕。
それぞれが独立して動き、周囲の状況に応じて役割を変える。
(……タコのころみたいに考えれば……)
俺は、思わず呟いた。
「……八重まで、いけそうだな」
カイが振り返った。
「……何が?」
「……いや、こっちの話」
「……また変なこと考えてるな?」
「……たぶん」
カイは呆れたように笑った。
◆
そのときだった。
森の奥から、異様な気配が広がった。
殺意。
それも、先ほどまでの魔獣とは比べものにならないほど濃い。
巨大な影が、木々の間から姿を現した。
六本の脚。
全身を覆う黒い甲殻。
そして、獲物を見つめる赤い瞳。
「……あら」
エルナが、小さく呟いた。
「……あれ、ちょっと嫌な感じね」
魔獣が咆哮する。
――グォォォォッ!
周囲の木々が揺れた。
カイが剣を構える。
「……どうする?」
俺は、魔獣を見上げた。
「……結構強そうだな」
「……そうね」
エルナが、一歩前へ出た。
「……でも、大丈夫」
彼女の声は、いつもと変わらなかった。
明るく、穏やかで。
ただ、その瞳だけが静かだった。
「……私がやるわ」
エルナが、右手を伸ばす。
淡い緑色の光が、指先に集まった。
魔獣が、彼女へ飛びかかる。
だが。
――ピタッ。
その巨体が、空中で止まった。
いや。
動きを止めたのではない。
動けなくなったのだ。
魔獣の瞳から、光が消えていく。
そして。
――ドォン。
巨大な身体が、静かに地面へ倒れた。
それだけだった。
傷一つない。
血も流れていない。
ただ、生命の気配だけが消えていた。
「……終わり!」
エルナが、いつもの笑顔に戻った。
「さ、先に進みましょ!」
カイが苦笑した。
「……相変わらず、怒らせたくないな」
「……何か言った?」
「何でもない!」
俺は、倒れた魔獣を見つめた。
(……すごいな)
生命を活性化させることも。
傷を治すことも。
そして、生命の働きを止めることも。
エルナの《生命干渉》は、確実に進化していた。
◆
少し離れた木々の陰。
「…………」
イザベルは、言葉を失っていた。
隣のレオンハルトも、黙ったままだった。
「……ねえ」
イザベルが、ようやく口を開く。
「……今の、何?」
「……分からん」
レオンハルトが答えた。
「……魔法陣も、詠唱もなかったわ」
「ああ」
「……それなのに、あの魔獣が……」
イザベルは、ゆっくりと息を吐いた。
「……死んだ……?」
レオンハルトは、静かに頷いた。
そして、視線をミソノへ向ける。
「……それだけじゃない」
「……え?」
「……ミソノが使った魔法陣」
彼は、険しい表情になった。
「……四つあった」
「……四つ?」
「……しかも、すべて独立していた」
イザベルの目が見開かれる。
「……そんなこと、できるの?」
「……少なくとも、俺は見たことがない」
二人は、再び三人へ視線を向けた。
そこには、楽しそうに笑う幼なじみたちの姿があった。
◆
「……そういえば」
カイが、倒れた魔獣を見下ろした。
「素材、どうする?」
「……ああ」
俺は頷いた。
「いつも通り、持って帰ろうか」
エルナが笑った。
「また保管庫がいっぱいになるわね!」
俺たちは、魔獣から魔石や使えそうな素材を回収していった。
魔石。
甲殻。
牙。
爪。
希少な魔力を宿した器官。
どれも、冒険者ギルドでは高値で取引されるものばかりだ。
だが、俺たちは今まで一度も売ったことがなかった。
理由は単純だ。
お金に困っていなかったから。
三人とも貴族の家に生まれ、生活に不自由したことがない。
それに、昔から魔物を倒すこと自体が目的だった。
だから、手に入れた魔石や素材は、すべて秘密の保管庫へしまっていた。
武器に加工したこともない。
ただ、集めていただけだ。
「……そういえばさ」
カイが笑った。
「俺たち、あれだけ集めて何に使うつもりなんだろうな」
「……さあ?」
俺は首を傾げた。
「……何かに使えるかもしれないし」
「……昔からそればっかり!」
エルナが笑った。
「でも、綺麗な魔石もいっぱいあるのよね!」
「……ああ」
俺も笑った。
「……結構な量になってるだろうな」
カイが頷く。
「……そろそろ整理した方がいいかもな」
「……そうだな」
俺たちは、回収した素材をまとめた。
そして、懐かしい秘密の保管庫へ向かって歩き始めた。
◆
その後ろ姿を、二人の人物が見つめていた。
「……ねえ、レオンハルト様」
イザベルが、震える声で尋ねた。
「……あの三人、今まで倒した魔物の素材を全部保管しているって言ってなかった?」
「……ああ」
「……それって……」
レオンハルトは、静かに頷いた。
「……恐らく、とんでもない量だろうな」
「…………」
イザベルは、額に手を当てた。
「……私、もう何に驚けばいいのか分からなくなってきたわ」
レオンハルトは、苦笑した。
「……同感だ」
そして、二人は三人の後を追った。
森のさらに奥。
幼いころから三人だけが知る、秘密の保管庫へ。




