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『五度目の生で人間に戻った俺、前世が全部ハズレ生物だったのに異世界では最強でした  作者: 滝本りお


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常識の外側にいる二人

闘技場の床を、薄い霜が覆い始めていた。


 向かいに立つイザベル・フォン・グレイシアは、静かにこちらを見つめている。


「……昨日のこと、忘れていないでしょうね」


「もちろんです」


「なら、同じ手が通じるとは思わないことね」


 彼女の足元で、黒い魔法陣がゆっくりと回転した。


 観客席がざわめく。


「両者、準備はいいな!」


 教官の声が響いた。


 俺は軽く頷く。


 イザベルも無言で構えた。


「――始め!」


 瞬間、闘技場の景色が変わった。


 足元から氷柱が突き上がり、白い霧が視界を覆う。


 さらに、無数の氷の刃が空中に現れた。


(……昨日とは違うな)


 魔力の流れが、ずっと緻密になっている。


 イザベルは一晩で、自分の魔法を組み直したらしい。


「《氷獄領域》!」


 冷気が一気に広がった。


 観客席を守る魔導障壁が、白く曇る。


 氷の刃が四方から迫り、足元には凍結の魔法陣。


 普通なら、動くことすらできないだろう。


 だが。


 俺は、ゆっくりと歩き出した。


「……なっ!?」


 イザベルが息を呑む。


 凍結は、俺の身体に届かない。


 迫る氷の刃だけを避けながら、彼女へ近づく。


 その途中、魔力の色がわずかに違う場所を見つけた。


(……そこか)


 俺は、氷の柱へ指先を当てた。


 ――パキンッ!


 魔力の流れが崩れ、周囲の氷が連鎖するように砕け散った。


「……どうして……!」


 イザベルが後退する。


 俺は、その目前で足を止めた。


「……イザベル先輩」


「……何?」


「昨日より、ずっと強くなってますね」


「…………」


「でも、全部の魔法をつなげてしまうと、一つ崩れただけで全部に影響が出ます」


 俺は、砕けた氷を見下ろした。


「別々に動かした方が、もっと強くなると思いますよ」


 イザベルは、しばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくりと両手を下ろした。


「……降参よ」


 静寂。


 そして。


「勝者、ミソノ・フォン・アルヴェイン!」


 歓声が、闘技場を包んだ。


       ◆


「……やっぱりな」


 観客席の一角で、カイ・フォン・ヴァルハルトが笑った。


 隣に立つレオンハルトが、驚いたように彼を見る。


「……分かっていたのか?」


「ええ」


「相手は上級学年首席だぞ」


「知ってますよ」


 カイは、闘技場を見下ろした。


「でも、ミソノですから」


 その声には、迷いがなかった。


「……俺は、あいつに一度も勝ったことがありません」


 レオンハルトが目を細めた。


「……お前ほどの剣士が?」


「ええ。何度挑んでも、駄目でした」


 カイは苦笑した。


「……でも、だからこそ強くなれたんです」


       ◆


 試験を終えた俺は、学院の裏庭へ向かっていた。


「ミソノ!」


 聞き慣れた声に振り返る。


「……カイ!」


「相変わらずだな、お前」


「……何が?」


「今の試合だよ。あれだけの魔法を受けて、平然としてるんだからな」


「……まあ、ちょっと寒かったけど」


「……ちょっと、ね」


 カイは呆れたように笑った。


 俺たちは並んで歩き始めた。


「……そういえば、最近どうだ?」


「騎士団か?」


「ああ」


「順調だよ。ただ、また妙なことを言われた」


「……妙なこと?」


「俺のスキルの使い方は、普通じゃないってさ」


 カイの固有スキルは《軌道支配》。


 剣の軌道を変える能力として知られている。


 だが、カイは剣だけでなく、自分の身体や、触れた攻撃の軌道まで操る。


「……別に、変じゃないだろ?」


「だよな?」


 カイが笑った。


「俺もそう思うんだけどな」


 俺たちにとって、それは昔から当たり前のことだった。


       ◆


 幼いころ。


 木剣を握ったカイは、何度倒されても立ち上がってきた。


「ミソノ! もう一回!」


「……まだやるのか?」


「当たり前だ!」


 そんなある日、俺はふと思った。


「……カイ」


「何だ?」


「剣の軌道を変えられるなら、自分の身体も動かせるんじゃないか?」


「……身体?」


「だって、走るときにも軌道があるだろ?」


「…………」


 カイは少し考えたあと、勢いよく走り出した。


 何度も転び、何度も失敗した。


 それでも、諦めなかった。


 そして。


「……ミソノ!」


 カイの身体が、不自然な角度で方向を変えた。


「……できた!」


「……おお!」


 俺たちは、顔を見合わせて笑った。


 あれから、何度も同じようなことを繰り返してきた。


 俺が思いつき、カイが試す。


 失敗すれば、別の方法を考える。


 その積み重ねが、今のカイを作った。


       ◆


「……なあ、ミソノ」


「ん?」


「久しぶりに、一本やらないか?」


 カイが笑った。


「……ここで?」


「ああ。木剣ならある」


 俺は、少し考えた。


「……いいよ」


 学院の裏庭にある、小さな訓練場。


 俺たちは向かい合った。


「……いくぞ!」


 カイが踏み込む。


 ――シュッ!


 剣が振り下ろされる。


 だが、その軌道は途中で変わった。


 縦から横へ。


 横から斜めへ。


 さらに、カイ自身の身体が一瞬で背後へ回り込む。


(……速い!)


 俺は、思わず笑った。


(……また強くなってるな)


 カイの剣が、俺の肩へ迫る。


 俺は半歩だけ身体をずらし、木剣を軽く当てた。


 ――カンッ!


 カイの剣が弾かれる。


 次の瞬間、俺の木剣が彼の首元で止まった。


「……参った」


 カイが笑った。


「……また負けたな」


「いや、今のは危なかった」


「……お前が言うと、慰めにしか聞こえないんだよ」


 俺たちは笑った。


       ◆


 カイと別れたあと。


 俺は、一人で中庭を歩いていた。


(……それにしても)


 最近、よく思う。


 この世界の人間は、どうしてあんなに常識に囚われているんだろう。


 スキルには決められた使い方がある。


 魔法には正しい手順がある。


 誰も、それを疑わない。


 ……でも。


(……待てよ)


 俺だって、最初の人生ではそうだったんじゃないか?


 豊日樂として生きていたころ。


 自分の知っている世界が、当たり前だと思っていた。


 それが変わったのは、いつからだ?


 ふと、ある生の記憶が浮かぶ。


 八本の腕。


 柔らかな身体。


 狭い隙間を自在に抜け、周囲の状況に合わせて何通りもの方法を試していた。


(……タコだったころ、か)


 あの生では、人間の常識なんて何の役にも立たなかった。


 身体も、世界の見え方も、考え方も違う。


 一つの答えに拘る理由なんてなかった。


(……もしかして、あの経験のおかげなのか?)


 俺は、思わず笑った。


 いや。


 きっと、それだけじゃない。


 何度も違う生を経験したことで、俺自身の考え方が変わったんだろう。


(……面白いな)


 この世界には、まだ知らないことが山ほどある。


 そして、俺が当たり前だと思っていることが、誰かにとっては当たり前じゃない。


 その逆も、きっとある。


       ◆


「……ミソノ!」


 振り返ると、カイが走ってきた。


「……あれ? 帰ったんじゃなかったのか?」


「ちょっと、聞き忘れたことがあってな」


「……何だ?」


「俺の《軌道支配》について、また何か思いついたことはないか?」


 俺は、少し考えた。


 軌道を変える。


 剣も。


 身体も。


 触れた攻撃も。


 ……でも。


(……軌道、か)


 ふと、気になった。


「……なあ、カイ」


「ん?」


「お前のスキルって、《軌道支配》だよな?」


「ああ」


「……《軌道操作》じゃなくて?」


「……え?」


 カイが首を傾げた。


 俺も、まだ上手く説明できなかった。


 ただ、何となく引っかかっただけだ。


「……いや、何でもない」


「……何だよ、気になるだろ!」


「……まだ、ちゃんと考えてないんだ」


 カイは、しばらく俺を見つめていた。


 そして、笑った。


「……分かった」


「……何が?」


「お前がそういう顔をするときは、大抵ろくでもないことを考えてる」


「……失礼だな」


「褒めてるんだよ!」


 俺たちは笑った。


 だが、カイはふと真剣な顔になった。


「……ミソノ」


「ん?」


「俺、もっと強くなるからな」


「……うん」


「次こそ、一本取る」


 俺は、笑って頷いた。


「楽しみにしてるよ」


 カイは拳を差し出した。


 俺も、その拳へ自分の拳を合わせる。


 幼いころから、何度も繰り返してきた約束。


 そして、これからも。


 きっと、何度でも。

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