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『五度目の生で人間に戻った俺、前世が全部ハズレ生物だったのに異世界では最強でした  作者: 滝本りお


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13/21

凍てつく女王

黒い魔法陣が、足元を這うように広がっていく。


 周囲の生徒たちが、一斉に後ずさった。


「……おい、離れろ!」


「まずいって! ここで使う気か!?」


 誰かが叫ぶ。


 俺は目の前の上級生を見つめた。


 長い黒髪に、切れ長の瞳。


 整った顔立ちをしているが、その表情は随分と険しい。


「……あなた、本当に何も知らないのね」


「すみません。まだ学院のこと、知らないことも多くて」


「……そう」


 彼女は小さく息を吐いた。


「なら、覚えておきなさい」


 魔法陣の縁から、白い霧が立ち上る。


「私は、イザベル・フォン・グレイシア」


 空気が、急激に冷え始めた。


「王立魔導騎士学院、上級学年首席よ」


 次の瞬間。


 ――パキンッ!


 石畳の表面に、薄い氷が走った。


「……イザベル先輩!」


 セリシアが声を上げた。


「ここは訓練場ではありません!」


「分かっているわ」


 イザベルは、こちらから視線を外さない。


「だから、ほんの少しだけよ」


 彼女が指を動かす。


 氷の線が、俺の足元へ伸びてきた。


 ……なるほど。


(……面白いな)


 地面を凍らせているように見えるが、実際には違う。


 魔力が周囲の熱を奪い、特定の範囲だけを急激に冷却している。


 しかも、その流れが随分と綺麗だった。


「……ミソノ!」


 フィオナが不安そうに声を上げる。


「危ないよ!」


「大丈夫」


 俺は軽く手を振った。


 そして、一歩前へ出た。


 ――パキッ。


 靴の下で、氷が砕けた。


「…………」


 イザベルの眉が、わずかに動いた。


       ◆


「……あなた」


「はい?」


「……寒くないの?」


「……少し涼しいですね」


「…………」


 イザベルが黙った。


 周囲の生徒たちも、妙に静かになっている。


 俺は首を傾げた。


(……そんなに寒いのか?)


 確かに、地面には霜が広がっている。


 吐く息も白い。


 だが、身体が動かなくなるような感覚はなかった。


「……面白いわね」


 イザベルが呟いた。


 その声から、先ほどまでの怒りが少しだけ消えていた。


「……あなた、何か防御魔法を使っているの?」


「使ってませんけど」


「……嘘」


「本当です」


 イザベルは、俺をじっと見つめた。


 そして、ゆっくりと右手を上げる。


 周囲の霧が、一点へ集まり始めた。


「……なら、これは?」


 ――ゴォッ!


 冷気が渦を巻いた。


 俺の周囲に、半透明の氷壁が立ち上がる。


 前後左右。


 逃げ道を塞ぐように、氷の柱が次々と現れた。


「……ミソノ君!」


 フィオナの悲鳴が響いた。


「イザベル先輩! やりすぎです!」


 セリシアも叫ぶ。


 だが、俺は周囲を見回していた。


(……へえ)


 氷壁の表面には、いくつもの細い線が走っている。


 青白い光。


 淡い紫。


 そして、普通なら見落としてしまいそうな、極めて薄い緑色の揺らぎ。


(……あそこだけ、魔力の流れが違うな)


 俺は、右側の氷壁へ近づいた。


 そして、軽く指を当てた。


 ――コン。


 小さな音がした。


 次の瞬間。


 ――パキンッ!


 氷壁に、一本の亀裂が走った。


「……え?」


 イザベルが声を漏らした。


 亀裂は瞬く間に広がり、氷壁全体が崩れ落ちる。


 ――ガシャァン!


 砕けた氷が、石畳へ散らばった。


 俺は、その隙間から歩いて出た。


「……すみません。壊しちゃいました」


「…………」


 イザベルは、言葉を失っていた。


 周囲の生徒たちも同じだった。


「……何、今の……?」


「……指で触っただけだよな……?」


「……あの氷壁を……?」


 セリシアが、ゆっくりと俺へ近づいてきた。


「……ミソノ」


「ん?」


「……今、何をしたの?」


「……ちょっと、流れが違うところがあったから」


「……流れ?」


「うん」


 俺は砕けた氷を見下ろした。


「魔力が重なってる部分と、少しだけ薄い部分があったんだ」


「…………」


「そこを押したら、崩れるかなって」


 セリシアは、額に手を当てた。


「……あなたねぇ……」


 何か言いたそうだったが、結局、何も言わなかった。


       ◆


「……待ちなさい」


 イザベルの声が響いた。


 俺は振り返る。


 彼女は、先ほどまでとは違う表情をしていた。


 怒りではない。


 驚きと、強い興味。


 そして、ほんの少しの悔しさ。


「……あなた、今の氷壁の弱点が見えたの?」


「……たぶん」


「……どうやって?」


「……色が違ったので」


「……色?」


「はい」


 イザベルは、しばらく黙っていた。


 そして、突然笑った。


「……ふふ」


「……?」


「……なるほど」


 彼女は、ゆっくりと魔法陣を消した。


 周囲の冷気が薄れていく。


「……噂は、本当だったのね」


「噂?」


「《白銀の剣》レオンハルトを、木剣一本で倒した少年」


 周囲がざわめいた。


「……あれ、本当だったのか?」


「……いや、でも……」


 イザベルは、俺をまっすぐ見つめた。


「……あなたの実力、少しだけ理解したわ」


「……それはどうも」


「でも」


 彼女の瞳が、鋭く光った。


「……代表の座は、譲らない」


 俺は頷いた。


「もちろんです」


「……何?」


「選抜試験で決めるんでしょう?」


「…………」


「だったら、正々堂々と勝負しましょう」


 イザベルは、一瞬だけ目を見開いた。


 そして、口元を緩めた。


「……いいわ」


 彼女は踵を返した。


「楽しみにしているわ、ミソノ・フォン・アルヴェイン」


 長い黒髪を揺らしながら、彼女は去っていった。


 その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。


(……学院って、面白い人が多いな)


       ◆


「……ミソノ君!」


 フィオナが駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫!? 怪我してない!?」


「大丈夫だよ」


「……本当に?」


「うん」


 フィオナは、ほっとしたように胸を撫で下ろした。


「……よかったぁ……」


 その隣で、セリシアが腕を組んでいた。


「……あなた、少しは危機感を持ちなさいよ」


「……危機感?」


「そうよ! 相手はイザベル先輩なのよ!?」


「……強い人なんだな」


「……強いなんてものじゃないわ」


 セリシアは、真剣な表情になった。


「イザベル・フォン・グレイシア。固有スキル《氷獄領域》の使い手。学院でも屈指の実力者よ」


「……へえ」


「……その反応、どうにかならないの?」


「いや、すごいなと思って」


「……もう!」


 セリシアは、呆れたようにため息をついた。


 フィオナが、くすくす笑う。


「……でも、ミソノ君らしいね」


「……そうか?」


「うん!」


 フィオナは、嬉しそうに頷いた。


「……私も、もっと頑張ろうって思った!」


「……何を?」


「《共鳴》の練習!」


 彼女は、小さく拳を握った。


「……いつか、ミソノ君の役に立てるようになりたい!」


 俺は、少し驚いた。


「……俺の?」


「……うん!」


 フィオナは、頬を赤くしながら微笑んだ。


 その横で、セリシアが小さく呟いた。


「……また一人……」


「……ん?」


「……何でもないわよ!」


 ……本当に、よく分からない。


       ◆


 翌日。


 学院の訓練場には、代表選抜試験の参加希望者が集まっていた。


 広い観客席。


 いくつもの魔導障壁。


 そして、中央には巨大な円形闘技場が設けられている。


「……結構、大がかりなんだな」


 俺は、思わず呟いた。


「当然よ」


 隣のセリシアが答える。


「王国学院対抗戦の代表を決める試験なんだから」


「……なるほど」


 フィオナも、少し緊張した様子で周囲を見回していた。


「……すごい人……」


「フィオナも参加するのか?」


「……う、うん」


 彼女は、小さく頷いた。


「……まだ自信はないけど……」


「……うん」


「……でも、やってみたい!」


 俺は微笑んだ。


「いいと思う」


 そのとき。


 観客席の方から、聞き慣れた声がした。


「ミソノー!」


 顔を上げる。


 エルナが、大きく手を振っていた。


「……エルナ?」


「頑張ってねー!」


 周囲の生徒たちが、一斉に振り返った。


「……おい、あれって……」


「……セレスティア侯爵家の……」


「……ミソノの応援に来たのか……?」


 俺は苦笑しながら、手を振り返した。


 すると、隣のセリシアが小さく呟いた。


「……本当に、人気者ね」


「……そうか?」


「……自覚がないのが、一番厄介なのよ」


 フィオナが、またくすくす笑った。


 そのとき。


 訓練場の中央に、一人の教官が立った。


「静粛に!」


 その声が、訓練場全体に響き渡る。


「これより、王国学院対抗戦・代表選抜試験を開始する!」


 歓声が上がった。


 俺は、ゆっくりと闘技場を見つめた。


(……さて)


 どんな相手が出てくるんだろう。


 少しだけ、楽しみになってきた。


 しかし。


 次に告げられた言葉に、周囲の空気が変わった。


「なお、今回の選抜試験には、特別規定が設けられている!」


 教官が、一枚の羊皮紙を広げた。


「学院長の判断により――」


 その視線が、俺へ向けられる。


「特例入学生ミソノ・フォン・アルヴェインには、通常とは異なる試験を課す!」


「…………」


 俺は、思わず眉を上げた。


(……またか)


 教官が、声を張り上げる。


「ミソノ・フォン・アルヴェイン!」


「はい」


「お前の試験は――」


 一瞬の沈黙。


 そして。


「……上級学年首席、イザベル・フォン・グレイシアとの、特別実戦試験とする!」


 訓練場が、どよめいた。


「……えっ!?」


「……いきなり!?」


「……あの二人が!?」


 セリシアが、驚いたように俺を見る。


「……ミソノ……!」


 フィオナも、息を呑んだ。


 俺は、ゆっくりと闘技場へ視線を向けた。


 そこには、すでに一人の少女が立っていた。


 長い黒髪。


 鋭い瞳。


 そして、足元に広がる黒い魔法陣。


 イザベル・フォン・グレイシア。


 彼女は、静かに微笑んだ。


「……待っていたわ」


 俺は、小さく息を吐いた。


「……どうも」


 イザベルが、右手を上げる。


 その瞬間。


 闘技場の床が、音もなく白く染まり始めた。


 ――パキッ。


 ――パキパキッ。


 氷が、ゆっくりと広がっていく。


「……今度は、手加減しないわよ」


 俺は、彼女を見つめた。


 そして、思わず笑った。


「……それは、楽しみです」

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