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『五度目の生で人間に戻った俺、前世が全部ハズレ生物だったのに異世界では最強でした  作者: 滝本りお


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11/21

父の名を知る者

学院長室の扉を開けた瞬間、二人の男がこちらを見た。


 一人は、立派な白髭を蓄えた老人。


 もう一人は、黒い軍服に身を包んだ壮年の男。


 どちらも、ただ者ではない。


 特に軍服の男。


 椅子に腰掛けているだけなのに、部屋全体を押さえつけるような威圧感がある。


(……相当強いな)


 少なくとも、昨日戦ったレオンハルトよりは上だろう。


「ミソノ・フォン・アルヴェインです。お呼びと聞いて来ました」


 俺が名乗ると、白髭の老人が微笑んだ。


「よく来てくれたね、ミソノ君」


 老人は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「私は、この王立魔導騎士学院の学院長を務めている。オズワルド・フォン・レグナードだ」


「よろしくお願いします」


「そして、こちらは――」


「ガルディス・フォン・ヴァルハルトだ」


 軍服の男が口を開いた。


「王国騎士団総長を務めている」


「……ガルディス?」


 思わず聞き返した。


 その名前には、聞き覚えがあった。


「……カイの父さん?」


 男の口元が、わずかに緩んだ。


「ああ。久しぶりだな、ミソノ」


「……お久しぶりです」


 そういえば、幼いころに何度か会ったことがある。


 当時はもっと気さくな印象だったが、今は随分と雰囲気が違う。


(……そりゃ、十二年も経てば変わるか)


 ガルディスは俺をじっと見つめた。


「……大きくなったな」


「ありがとうございます」


「顔つきが、レイヴンに似てきた」


 その名前を聞いた瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。


「……父さんを、知っているんですか?」


 ガルディスは答えず、学院長へ視線を向けた。


 オズワルドが静かに頷く。


「その話をするために、君を呼んだのだよ」


       ◆


「まず、一つ聞かせてほしい」


 学院長は俺に椅子を勧めると、机の向こうへ腰を下ろした。


「君は、なぜ自分が特例入学試験へ招かれたと思う?」


「……レオンハルトに勝ったから、ですか?」


「それは結果だね」


「……あ」


 言われてみれば、確かにそうだ。


 試験を受ける前から、俺には特別な招待状が届いていた。


 しかも、対戦相手まで指定されていた。


「……最初から、俺を試すつもりだった?」


「そのとおり」


 学院長は頷いた。


「通常、固有スキルを持たない者が、この学院の入学選抜を受けることはできない。だが、君だけは例外だった」


「……どうしてですか?」


「君の父親を知っていたからだ」


 俺は思わず身を乗り出した。


「……父さんを?」


「ああ」


 学院長は懐かしむように目を細めた。


「レイヴン・フォン・アルヴェインは、かつて私の教え子だった」


「……え?」


「しかも、ただの教え子ではない」


 学院長は静かに続けた。


「この学院の長い歴史の中でも、指折りの才能を持つ男だった」


 俺は言葉を失った。


 父さんが強かったことは知っている。


 十二年前、屋敷を襲った暗殺者たちと戦い、母さんと俺を守ってくれた。


 だが、それ以上のことは、ほとんど知らなかった。


「……父さんが、そんなに?」


「そんなに、だ」


 答えたのはガルディスだった。


 彼は腕を組み、静かにこちらを見つめている。


「俺はレイヴンと同期だった。学院でも、騎士団でも、何度となく剣を交えた」


「……勝ったことは?」


 思わず尋ねると、ガルディスは苦笑した。


「……一度もない」


「……え?」


「悔しいが、あいつには最後まで勝てなかった」


 王国騎士団総長。


 その地位にいる男が、あっさりと認めた。


「レイヴンは強かった。だが、単純な強さだけなら、いずれ追いつけると思っていた」


 ガルディスは、そこで言葉を切った。


「……問題は、あいつが何を考えているのか、誰にも分からなかったことだ」


「……どういう意味ですか?」


「戦っている最中、こちらが思いもしないことを平然とやってのける。常識を疑うことさえ、あいつにとっては当たり前だった」


 ガルディスは小さく笑った。


「……昨日の試験を見て、嫌というほど思い出したよ」


「…………」


「お前は、よく似ている」


 俺は少しだけ視線を落とした。


 父さんに似ている。


 その言葉が、何だか嬉しかった。


       ◆


「……それで」


 俺は顔を上げた。


「父さんは、今どこにいるんですか?」


 部屋の空気が変わった。


 学院長の笑みが消える。


 ガルディスも、すぐには答えなかった。


「……ミソノ君」


 学院長が静かに口を開く。


「その前に、君に見せたいものがある」


 そう言って、机の引き出しから一枚の古い羊皮紙を取り出した。


 そこには、奇妙な紋様が描かれていた。


 交差する二本の線。


 中央を囲む円環。


 俺は息を止めた。


「……これ」


「見覚えがあるのかね?」


「……あります」


 学院長の目が細くなった。


「どこで?」


「父さんの書斎です」


「…………」


「昔、書斎にあった古い本の表紙に、同じ紋様が描かれていました」


 学院長とガルディスが、同時に顔を見合わせた。


「……オズワルド」


「ああ。間違いないようだ」


 二人の様子に、俺は眉をひそめた。


「……何なんですか、この紋様」


 学院長は、羊皮紙をゆっくりと裏返した。


 そこには、一つの文字列が記されていた。


 《第七封印》


「……第七封印?」


「そう呼ばれているものだ」


「封印って……何を封じているんですか?」


 学院長は答えなかった。


 代わりに、別の質問をした。


「その本は、今どこにある?」


「屋敷の書斎にありますけど」


「……誰かに見せたかね?」


「いえ。母さんは知っているかもしれませんけど」


「……そうか」


 学院長は深く息を吐いた。


「ミソノ君。その本については、しばらく誰にも話さないでほしい」


「……どうしてですか?」


「危険だからだ」


「何が危険なんですか?」


 学院長は答えない。


 俺は少しだけ声を強めた。


「父さんのことを知っているんですよね?」


「…………」


「だったら、教えてください」


 俺は二人を見つめた。


「十二年前、父さんに何があったんですか?」


 沈黙が続いた。


 やがて、ガルディスが口を開いた。


「……レイヴンは、あるものを守ろうとしていた」


「……あるもの?」


「ああ」


「それは、何ですか?」


「……今は言えない」


 俺は思わず立ち上がった。


「どうして!」


 自分でも驚くほど、大きな声が出た。


「十二年です」


 言葉が止まらなかった。


「母さんは、十二年間ずっと父さんを待ってるんです」


「…………」


「俺だって……!」


 そこで、声が詰まった。


 父さんの顔は、もうはっきりとは思い出せない。


 でも、母さんが父さんの話をするときの表情は、今でも覚えている。


 嬉しそうで。


 少しだけ寂しそうで。


 それでも、必ず笑っていた。


「……父さんがどこにいるのか、それだけでも知りたいんです」


 ガルディスは、静かに目を閉じた。


 学院長も、何も言わなかった。


 やがて、ガルディスが立ち上がった。


「……すまない」


 その声は、驚くほど重かった。


「俺たちにも、分からないんだ」


「…………」


「十二年前、レイヴンは姿を消した。俺たちは手を尽くして探したが、何一つ見つけられなかった」


「……じゃあ」


 俺は、ゆっくりと尋ねた。


「……父さんは、生きているんですか?」


 ガルディスは俺を見つめた。


「……死亡は確認されていない」


「……!」


「だが、生存も確認できていない」


 俺は拳を握りしめた。


 分かっていた。


 そんな簡単に答えが出るはずはない。


 それでも、どこかで期待していた。


 この二人なら、何か知っているんじゃないかと。


「……そうですか」


 俺は、ゆっくりと椅子に座り直した。


       ◆


 学院長室を出たころには、すっかり夜になっていた。


 長い廊下には、魔導灯の柔らかな光が並んでいる。


(……結局、分からなかったな)


 父さんが学院の優秀な生徒だったこと。


 ガルディスと親しかったこと。


 そして、《第七封印》という謎の存在。


 新しく知ったことは多い。


 でも、肝心の父さんの行方は分からないままだった。


「……ミソノ?」


 不意に声がした。


 顔を上げる。


 廊下の先に、エルナが立っていた。


「……エルナ?」


「……こんな時間まで、何してたの?」


「学院長に呼ばれててさ」


「……そう」


 エルナは俺の顔を見つめた。


「……何かあった?」


「……少し、父さんの話を聞いた」


 彼女の表情が変わった。


「……レイヴン様の?」


「ああ」


 俺は小さく笑った。


「でも、結局、どこにいるのかは分からなかった」


「…………」


 エルナは何も言わなかった。


 ただ、ゆっくりと俺の隣へ歩いてきた。


「……帰ろう?」


「……うん」


 俺たちは並んで歩き始めた。


 しばらく、会話はなかった。


 やがて、エルナが小さな声で言った。


「……ミソノ」


「ん?」


「無理に話さなくてもいいからね」


「…………」


「でも、話したくなったら、いつでも聞くから」


 俺は彼女を見た。


 エルナは前を向いたまま、続けた。


「……一人で抱え込まないで」


 その言葉が、不思議と胸に染みた。


「……ありがとう、エルナ」


 俺が笑うと、彼女は少しだけ顔を赤くした。


「……べ、別に。昔からの付き合いなんだから、当然でしょ」


「そうだな」


「……もう」


 エルナは小さく笑った。


 俺も、つられて笑った。


 さっきまで重かった胸が、少しだけ軽くなった気がした。


       ◆


 そのころ。


 学院長室では、まだ二人の男が向かい合っていた。


「……話さなかったな」


 ガルディスが呟いた。


 学院長は静かに頷く。


「ええ」


「……あいつは、知る権利がある」


「分かっています」


「なら、なぜ隠す?」


 学院長は、机の上に置かれた羊皮紙を見つめた。


 《第七封印》。


 その文字が、魔導灯の光に照らされている。


「……ミソノ君は、まだ十四歳です」


「だが、レオンハルトを倒した」


「強さの問題ではありません」


 学院長は静かに続けた。


「知ってしまえば、もう後戻りできないこともあるのです」


 ガルディスは拳を握った。


「……十二年前も、そう言っていたな」


「…………」


「そして、俺たちはレイヴンを失った」


 学院長は、何も答えなかった。


 長い沈黙が続く。


 やがて、ガルディスが口を開いた。


「……いつまで隠すつもりだ?」


 学院長は、ゆっくりと目を閉じた。


「……もう、長くは隠せないでしょう」


「……なぜだ?」


「彼が、あの紋様を知っていたからです」


 学院長は羊皮紙を持ち上げた。


「レイヴンが残した本。それが、まだ存在している」


「…………」


「そして、その本を見つけたのが……彼の息子だった」


 ガルディスは深く息を吐いた。


「……運命というやつか」


「……あるいは、レイヴン自身が望んだことなのかもしれません」


 学院長は、窓の外へ視線を向けた。


 夜の学院。


 静かな校舎。


 何も知らずに眠る生徒たち。


 その中に、十二年前の事件を知る者がいる。


 学院長は、ゆっくりと口を開いた。


「……ガルディス殿」


「何だ?」


「一つだけ、まだミソノ君に伝えていないことがあります」


「…………」


「十二年前、レイヴンを襲った者たちの中に――」


 学院長は、そこで言葉を切った。


 そして、低く告げた。


「……この学院の関係者がいたのです」


 ガルディスの表情が変わった。


「……何だと?」


 学院長は頷いた。


「しかも、その人物は……」


 そこで、言葉が途切れた。


 学院長室の窓。


 その外側を、黒い影が横切った。


 ガルディスが瞬時に立ち上がる。


「……誰だ!」


 次の瞬間。


 ――パキンッ。


 窓ガラスに、一本の亀裂が走った。


 そして、室内へ滑り込んできたものがあった。


 一枚の、黒い紙片。


 学院長は、それを見た瞬間、顔色を変えた。


「……まさか」


 紙片には、赤い文字が記されていた。


 ただ、一行。


 《レイヴンは、まだ扉の向こうにいる》


 ガルディスが息を呑んだ。


「……何だと?」


 学院長は答えなかった。


 その手が、わずかに震えていた。


「オズワルド。どういう意味だ」


「……分かりません」


「嘘をつくな」


 ガルディスの声が低くなる。


「お前は、何か知っている」


 学院長は、ゆっくりと紙片を机に置いた。


「……十二年前」


 その声は、ひどく掠れていた。


「私たちは、レイヴンが封印を守ろうとしていたのだと思っていました」


「……違うのか?」


 学院長は答えなかった。


 ただ、紙片の一行を見つめていた。


 そして、誰にともなく呟いた。


「……もし、逆だったとしたら?」


 ガルディスの表情が変わった。


「……逆?」


「レイヴンは、何かを封じようとしていたのではなく――」


 学院長は、そこで言葉を止めた。


 窓の外。


 誰もいないはずの夜空から、微かな音が響いた。


 ――コン。


 何かを叩くような、小さな音。


 続けて、もう一度。


 ――コン、コン。


 学院長の顔から、血の気が引いた。


「……そんな、馬鹿な」


 ガルディスが剣へ手を伸ばす。


「何だ、今の音は」


 学院長は、震える唇で答えた。


「……十二年前と、同じです」


 そして。


 学院長室の扉が、内側からゆっくりと開き始めた。

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