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第67話 勇気を出して保留しよう

こんばんは。

今週も時間ができましたので、

統合失調症エッセイを書きに来ました。


徐々に年末モードになってきました。

勤めている会社も、年内はこれで終わりというお客様も出てきました。

会社の方は、26日までで年内は終わりですので、

そしたら長い休みになります。

ある程度やることはあると思いますが、

執筆に時間を取りたいなと思います。

ただ、最近とても疲れやすいので、

体力の回復も図りたいです。

特に仕事終わりなど、何かとぐったりしていますので、

毎日書いていた実験的短編集と怪談物語が全く書けないほどです。

もうちょっと回復が図れるようになったら書きます。

書かなくちゃ、これを書かなくちゃと考えていますと、

頭の中がそれでいっぱいになって、

他のことが考えられなくなって、

いわゆるフリーズに近い状態になります。

体力が続かなくて書けない状態は、

書かなくちゃと考え続けることにもなって、

考え続けることで脳も疲れます。

心身ともに疲れがちな状態です。

それを何とかするのが、

年末年始の休みだと思っています。

何かしらを書いたということで、

脳に渦巻く書かなくちゃをストップさせるのと、

身体をしっかり休めることで、

書ける状態を作ることが必要です。

心身そろって、執筆です。

時間の有り無しもありますが、

いつでも書けるスタンバイできていますというのが、

やっぱり執筆には強いような気がします。


今夜のおともは、

オリオンビールと、翠ジンソーダの柚子搾り、

キリンの本搾りライムです。

おつまみは、ローソンのサラダチキンスティックの、

バジル味と、枝豆とほうれん草味です。

少し前まで、バジル味と枝豆とほうれん草味は、

ローソンのサラダチキンスティックでも少し安かったのですが、

最近値上がりしたと見えて、

値段が変わらないなら、他の味にもしようかなと思い始めています。

手が汚れないのでいいんですよね。


さて、今回は、

勇気を出して保留しよう、です。


私の体感ではありますが、

現代社会というものは、

高速で物事を判断し続けないといけないような気がします。

物事の優劣、正解不正解、善も悪も、

物事が提示されたら、

すぐさま判断を下さないといけない、

さらに、判断を下した以上、

その判断について責任を持たないといけない、

さらに、判断する物事は高速でどんどん提示されていきます。

ゆっくり考えている時間を与えてくれません。

まぁ、私の体感ですので、

他の方はどう感じるかはわかりませんが、

とにかく判断しなければならないことが多すぎて、

私としては疲れます。


特に、SNSなどをながめていますと、

スクロールするたびに脈絡なくいろいろな物事が湧いてくるので、

それらを読みながら判断をつけていくと、

相当疲れます。

SNSは何かを知るというものではないように思います。

何かを知るために使うにしては、

あまりにも出てくるものが脈絡ありません。

物事を知るためにスクロールを繰り返していると、

読んでいるうちに疲れ切ってしまいます。

私の体感では、

ひとつひとつの物事に対して、

判断を下しているのが、疲れの要因のような気がします。

SNSに限らず、

現代社会などと大きく言いましたが、

その中において、判断を求められることがとても多いです。

ひとつ判断をミスすると、

人格否定などもされるほどです。

毎日が判断を求められる緊張状態です。

休む暇もないほどです。


だから、勇気を出して保留しよう、と、思うのです。

最近読んだ本にあったことなのですが、

すぐに判断せずに保留するという考え方があるそうです。

善も悪もつけず、正誤もつけず、

とにかく保留する。

物事がどんどん流れてくる中で、

すべてに判断を下すのでなく、

判断をつけずに保留する。

SNSであれば、物事に対しての発言も保留する。

そうすることにより、自分の感覚のペースを取り戻せるようです。

物事は高速で流れてきます。

そのペースに乗れないことは、置いていかれるような気がするかもしれません。

ただ、私などは統合失調症持ちですので、

いろいろなことを高速で判断するのは、疲れてしまうのです。

ただでさえ、統合失調症の症状だと思うのですけれど、

日常的に脳の中でいろいろな物事や言葉がぐるぐると渦巻いていますので、

これ以上脳に物事を入れてしまうと、パニックになるし疲れます。

判断を下し続けるのは、相当疲れます。

統合失調症持ちの私としましては、

私のペースを取り戻すべく、

いろいろなことを保留にして、私の感覚を取り戻すのがいいかなと思いました。


今、以前にコメントでご紹介いただいた、

やまゆり園の事件の電子書籍を読んでいます。

犯人はやまゆり園で働いていた男で、

意思の疎通ができない障害者を殺したという事件です。

殺人は悪とされていますが、

犯人は、意思の疎通ができない障害者は社会にとっていらないものとして、

社会のために殺したそうです。

また、犯人は悪とされて、死刑が確定されていると言います。

いらない人間は死んでいいのか。

いらないとされた障害者を殺した犯人を殺すのは善か。

考えることはたくさんありますが、

自分のペースで読み進められるのが本の強みです。

今は、この事件に対して何かを断じることはできません。

社会にとってのお荷物は、

私もそうかもしれません。

お荷物がいない方がいいと考えるのは、

私もそう考えるように思います。

完全な善も悪もありません。

私は、この物事について、

私の正義を振りかざせないなと思います。

それこそ、保留です。

物事は一面だけで判断できるほど単純ではありません。

電子書籍で多面的に読むことで、

一面から見る正義の危うさが見えてきます。

高速で流れてくる物事を、これまた高速で判断することの、

危険性もあるのではないかと思うのです。

だからこそ、保留する勇気が必要なのではないかと思うのです。


このところ心身ともに疲れがちですが、

執筆は自分のペースで書けるのでいいです。

疲れて書けないと、残念だとは思いますが、

私は、私以上のペースで書くことができないので、

書けないとしても、それは私のペースなのです。

外側から、このペースに乗り続けないといけないと言われている訳でもありません。

私の心身の状態から、

このペースで行こうと決めて書いている、

私の物語です。

あくまで軸は私にあります。

こうしなさいああしなさいと、

たくさんの声に従っている訳でもありません。

スクロールするたびにボコボコ浮かんでくる物事に従っている訳でもありません。

執筆は、どうしても私が軸でなければいけません。

統合失調症持ちですので、

いろいろなことを考えすぎることもあります。

考えすぎて疲れることもあります。

それも含めて私です。

それが私の書く物語の軸です。

時には勇気を持って、判断を保留することもあります。

現代社会に合わないことを書くかもしれません。

いわゆる受ける物語は書けないかもしれません。

結局それが私なのです。

私が感じること、考えること、想像しうること以上のことは、

私は書けないのかもしれません。

それが私の有限というものなのかもしれませんが、

私は私の有限を、日々広げていきたいと思うのです。

スクロールで流れてくる物事でなく、

私が私として感じたことで、

私の世界を広げていきたいと思うのです。

感じたことは感じたまま。

感じるということに判断を求めず、

あるがままに感じられたらいいなと思うのです。

判断を保留したり、

言葉にできない感覚をそのまま感じたり、

世界の感じ方はいろいろあります。

どれも私が私を軸として感じたいのです。

私はここにいて、私は感じている。

感じたことをもとに、私は書き続けている。

世界の片隅で、私がここにいることは動かしようがありません。

私はここにいます。


また、時間が出来ましたら、

統合失調症エッセイを書きに来ます。


ではまたいずれ。

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