第64話 なんとも心はややこしい
こんばんは。
今週も時間ができましたので、
統合失調症エッセイを書きに来ました。
今夜は夜もかなり更けてきましたので、
あんまり遅くにならないうちに寝て、
明日続きを書こうと思っています。
朝に起きることができると、
一日使える時間が多い気がして、
得した気分になります。
夜遅くまで起きているのとは、また違った気分です。
なんだか不思議ですよね。
早くに寝て早くに起きるのと、
遅くに寝て遅くに起きるのでは、
結局のところ起きている時間帯が違うだけで、
使える時間はそんなに違わない気がするのです。
ただ何となく私の感覚だと、
早くに起きられるとなんとなく得と思うのです。
ことわざにある三文の得というやつかもしれません。
ただ、夜更かししていますと、
変なところで空腹になります。
そこで何か食べますと、絶対太ります。
私はもともとが太っているので、
これ以上太るようなことは避けたいです。
それもあって、今夜は早めに寝ようと思います。
お酒飲み終わって、
ある程度まで書いたら寝ます。
土曜日は平日の疲れが出て、
使い物になりにくいです。
今夜は早めに寝て、日曜日を満喫したいなと思います。
最近、毎日たんぱく質を摂るようにしています。
簡単に読める栄養学の本によりますと、
たんぱく質に取り過ぎはあまりないとか。
腎臓を患っている人は注意とありました。
さすがにある程度の限度はあるでしょうが、
結構たんぱく質を摂っても大丈夫のようです。
なるほど、起床後漢方薬からのザバスは、
結構いいらしいです。
たんぱく質を躍起になって摂るようになってから、
油物の間食が減ったように思います。
スナック菓子を食べたいと思わなくなりました。
それでも酒は飲むわけですが。
統合失調症のお薬で代謝が落ちると聞きますし、
代謝をあげる筋肉の材料として、
たんぱく質摂取は理にかなうのかどうなのか。
難しいことはともかく、
朝に起きて身体を動かしてたんぱく質摂取。
感覚では身体によさそうですがどうなんだろうなぁ。
今夜のおともは、
オリオンビールと、翠ジンソーダ柚子搾り、
キリン本搾りライム。
おつまみはローソンのサラダチキンスティック、
枝豆とほうれん草味と、バジル味です。
冬が近くてもオリオンビール。
翠ジンソーダは、プレーンのものよりアルコール度数が低い、
柚子搾りに切り替えています。
今回のラインナップに入れていませんが、
売られているお酒には、ジノンというジンに果汁を入れたシリーズのものもあって、
そのシリーズにライムのものもあるのですが、
本搾りライムは、ライムが前面に出ているのを信頼しています。
がっつりライムが好きです。
さて、今回は、
なんとも心はややこしい、です。
心は割り切れるものではないと、日常的に感じています。
理屈じゃないんですよね。
統合失調症持ちですと、
さらに理屈が通じないようです。
そのあたり、本当にややこしいと思います。
いや、統合失調症という理由でなくて、
私がこじらせているだけかもしれないです。
生まれ育った環境もあるかもしれませんし、
私が正しいと思ってきたことなど、その価値観など、
それらがめちゃくちゃに混ざって、
心がややこしくなっているのかもしれません。
とにかく、心はこういうものであると、
快刀乱麻でスッキリすることなどできないと思うのです。
どうしても、割り切れないものがあると思うのです。
ちょっと私のややこしい実例を挙げておきます。
たとえば、少し前まで、家事一般私がやるのが普通でした。
私はなんだかイライラしながら、
なんで全部私がしなくてはならないんだと思っていました。
私と旦那は共に働いています。
お風呂掃除は旦那の担当ですが、
少し前まで炊事も洗濯も私の担当でした。
まぁ、負担が多いと勝手に思って、
勝手にイライラしていました。
少し前から、会社が早出になって、
仕事を終えて帰ってくる頃には、
ぐったりしていて横になることが多くなりました。
体力に問題があるのかもしれませんが、
とにかく帰ってきてからの家事などほとんどできないほどです。
旦那には、何も作れないから適当に何か食べていてと言って、
平日夜はしばらくぐったりしている日が数日続き、
ある時から、旦那が晩御飯を作るようになりました。
洗濯物も旦那が干すようになりました。
ここで私のややこしさが出てきてしまうのです。
ありがたいと思うのですが、当然思うのですが、
私が完璧にできないから負担をかけてしまったと思ってしまうのです。
私が至らないばかりに、
旦那に負担などをかけてしまったと思ってしまうのです。
また、心の別のところでは、
旦那が私のことを悪く思っているに違いないと思っているのです。
役立たずの妻であると思っているに違いないと、
私の心のどこかが思っているのです。
家事をだいたい一人でしていた時は、
なんで旦那がしないんだとイライラしていて、
私が疲れ切って旦那がやってくれるようになったら、
それはそれで私の心は晴れるわけじゃないのです。
私を役立たずと思っているに違いないとまで思うほどです。
なんとも心はややこしいです。
統合失調症と、更年期障害が来ているのかなと思いますが、
私自身が医者なわけでないので、
実際どうなのかはわかりません。
素人が、それかなぁとうっすら思う程度で確定ではありません。
ただ、本当にややこしいなぁと思います。
ありがとう、うれしいなで終われないのです。
このややこしさは他でも出ていて、
会社の仕事の際に、自分の仕事が多いと、
なんで私ばかりと思ったり、
また、誰かが仕事の負担を軽くしようとしてくれると、
私が無能なばかりにと思ったりもします。
何が正解なのか、自分でもわからないのです。
私というものを何もかも納得させる、
スッキリとした答えが見つからないのです。
答えがないことを考え続ける。
それはとても疲れることです。
私が何を求めていて、
どうすれば私が納得するのか。
ややこしい私の心は、
どんな形になれば落ち着くのか。
私はいまだに答えを出せないでいます。
今回例として挙げたものにとどまらず、
私の心は、いつもどこか不安定です。
全てがこれでよかったじゃないかと、
安定することができません。
心とは、そもそもそういうものかもしれません。
つかみどころのない変化するもの。
一貫性があると限らないもの。
何らかの法則がありそうに見えて、
何かの気分で法則なんて無視しそうなもの。
それが心というものかもしれません。
執筆をしていますと、
物語に出てくる誰かの心情を書くことがあります。
いろいろな心を書きますが、
フィクションと言えばそうかもしれません。
私が定まらない心を抱えているように、
心というものはもっと複雑なのかもしれません。
その複雑さを物語に落としてしまうと、
物語がめちゃくちゃになってしまいます。
なんでこんなことを考えているのかわからない物語ほど、
読みづらいものはありません。
ただ、心の複雑さをちゃんと描き切れるようになったのならば、
物語として納得させられるほどの、
技量を持てるようになったのだとすれば、
執筆するにあたって、これほどの武器はありません。
この境地に至るには、
まだまだ、私が私自身を理解しないといけないと思います。
ややこしい私の心は、
どんな風な構造をしているのか。
私が私を見つめないといけないと思います。
心を、見つめ、観察して、私を知る。
私は観察者であるとともに、被観察者です。
私自身をすべて理解なんてできないかもしれませんが、
不安定な心を理解して描けるようになったとき、
私の物語は、深みを増すのではないかと思うのです。
ややこしさから逃げてはいけないですね。
私は、考え続けなければいけません。
これからもずっと。
また、時間が出来ましたら、
統合失調症エッセイを書きに来ます。
ではまたいずれ。




