第61話 好きを取り戻せ
こんばんは。
今週も時間ができましたので、
統合失調症エッセイを書きに来ました。
つい最近、立冬であったようです。
日照時間はどんどん短くなっていって、
これからさらに寒くなると思います。
なんだか体感としては、
この頃、急に寒くなった気がします。
季節はちゃんと進んでいるんだなと感じます。
夏はものすごい暑さだったりして、
本当に冬が来るのかと思ったこともありました。
ちゃんと季節は順序良く廻っているのだなと、
当たり前のことが当たり前であること、
それが、なんだかいいなと思うのです。
仕事のことに関しまして、
早朝出勤が徐々に身体に馴染んできました。
早寝早起きも馴染んできました。
会社の早出はかなり早いのですが、
それだけの手当てももらえますし、
会社の就業時間の終わりまでいても、
帰りはまだお日様が出ています。
会社で働くのに全力を出しすぎている所為で、
家に帰る頃にはぐったりとしていますが、
これも加減がわかれば、なんとかなると思います。
それよりなにより、
早寝早起きすると、身体の調子がどんどん良くなっていっています。
女性の月の巡りでどうしようもないこともありますが、
調子がいい日が増えてきました。
また、会社ではコルセットを巻いているのですが、
腰やお腹や背中が楽で、
仕事がとてもはかどります。
執筆は、書ける身体がないといけません。
健康であればなによりなのですが、
最低限、執筆ができるくらいの身体の調子でないといけません。
疲れ果てて何ひとつ書けないのが常であったとしたら、
執筆を続けることもできなくなります。
とにかく私にとって執筆は生きることとイコールに近いので、
仕事をしつつ、執筆を続けるのであれば、
身体の調子を整えることを考えないといけません。
脳はあいかわらずポンコツですが、
なんとかできるところは何とかしていきたいです。
究極のところ、
心地よく生きたいんですよね。
気持ちよく呼吸をするように、
執筆を続けていきたい。
そうありたいなぁと思うのです。
今夜もお酒を嗜んでいます。
今夜のおともは、オリオンビールと翠ジンソーダ。
それと、キリンの本搾りライムです。
おつまみは、ローソンのサラダチキンスティック、
トマト&チーズ味と、枝豆とほうれん草味と、バジル味です。
つい最近まで、ローソンのキャンペーンで、
サラダチキンスティックを、
2本買ったら1本無料券がついてくるのをやっていまして、
今週までは無料券の分として、
おつまみのサラダチキンスティックは3本です。
多分来週からは2本です。
そろそろ箱買いしたお酒がなくなってきたので、
通販で次の箱を買ってあります。
ノーマルの翠ジンソーダは少しきついので、
翠ジンソーダの柚子味を箱買いしました。
柚子味はちょっとアルコール度数が弱いんですよね。
どんな感じか、次の箱のお酒を飲むのが楽しみです。
さて、今回は、
好きを取り戻せ、です。
例によって統合失調症なり立ての頃のお話ですが、
トンネルの中にいたようで、
物語が灯になってくれたと、
過去のエッセイで書いたと思います。
トンネルの中で、前に進まなくちゃいけないけれど、
前ってどっちだとか、
まともにならなくちゃいけないけれど、
まともになるにはどうしたらいいんだと。
とにかく思考がぐちゃぐちゃしていました。
まぁ、脳がポンコツになったのですからそうなります。
多分行動にも出ていたと思いますし、
常に不安な状態でもありましたし、
将来の不安はかなりのものでした。
いろいろな方面で不安定になっていた私を支えてくれた方々には、
感謝しかありません。
さて、その頃はと言うと、
率先して情報を取りに行かない頃でした。
下手に何かを検索してしまうと、
メンタルがめちゃくちゃになる危機感があったのかもしれません。
SNSも無かった頃です。
mixiはあったかな。
ゆるく繋がった後、なんとなくやめた覚えがあります。
強く何らかの信念を持って好きということが、
希薄だったのかもしれないと思います。
趣味というものもそんなに持てなかったくらい病んでいた頃です。
母の勧めで華道はやっていました。
ただ、華道をやっている方々の、横のつながりは苦手でした。
引きこもり生活を経た後、
結婚して、何とか回復に向かいます。
一度スーパーマーケットのパートさんをした頃は、
かなりメンタルおかしくしましたが、
そこから今の会社に転職してからは、
お薬も環境も落ち着いてきて、
回復に向かっています。
ただ、それも波があって、
環境に適合できていない時期もあったりして、
しんどい思いもしました。
通販で本を買っても、
まず梱包を開封すらできない、
開封しても読むことができない。
そんな積読が妙に増えた時期がありました。
また、電子書籍の端末を買ったあと、
電子書籍をどんどんダウンロードして、
端末の中にも異様に積読を増やしました。
読みたいと思って購入するのに、
なんでか読めない。
自分が好きだと思って購入したはずなのに、
なぜか好きなものと思えなくて開封すらせず放置する。
好きって何だっけと、
しばらく荒れた部屋で途方に暮れたことがありました。
ある時、意を決して部屋の片づけをしました。
梱包を全部開封して、
本を取り出して読みました。
今まで追っていた漫画の続きでしたので、
待ち望んでいた続きだったと嬉しくなりました。
電子書籍は積読が多いので、
少しずつ読み進め始めました。
小説はどれも面白く、新しい世界がありました。
哲学の本も、医学の本も、ビジネス書籍も、
ジャンルを問わず面白そうと思った本でした。
私が好きそうだと思った電子書籍を、
私が選んでダウンロードしたものでした。
私が好きにならない理由がありません。
私は本を読むことが好きだったんだと。
改めて発見しなおしました。
執筆することと同じくらい、
本を読むことが好きだったんだ。
本を読んで集中することが好きだったんだ。
引きこもりの時期も、
本だけは裏切りませんでした。
本は読まれる時をじっと待ってくれていました。
私が本を読みたくなって、
本を好きになる気持ちを取り戻すのを待ってくれていました。
過剰な情報が流れていくのを見ていると、
私の軸が流されていくようです。
私が心から好きであるというものも、
あやふやになってしまうような気がします。
有象無象が言っている意見よりも、
私はこう感じて、これが好きというものを、
別に発信しなくてもいいので、
心にしっかり持てればいいと思うのです。
メンタルがやられてしまうと、
また、脳がポンコツになってしまうと、
自分が何をしたいか、どうしたいのか、
さらに、何が好きだったかわからなくなるような気がします。
ただなんとなく生きて、
それっぽく普通に暮らす。
スマホを見ていれば情報は入ってくる。
それでも生きているとは言えるでしょう。
ただ、これだけは好きなんだと譲れないものがあると、
それは生きるための力になります。
好きという気持ちは、いくらでも取り戻すことができます。
自分の中に好きなものがたくさんあった方が、
世界は鮮やかに見えるものです。
好きという感覚を取り戻すのは、
生きる楽しみを取り戻すことです。
なんとなく時間が消費されるままになるのでなく、
譲れない好きなものに時間を使う。
それは、生きた時間の使い方であるように思います。
人生はそれほど長くありません。
なんとなくで生きていると、
あっという間に死にます。
病気になって帰らぬ人になるかもしれません。
突発性の事故に遭う可能性もあります。
災害だってあり得ます。
明日も同じと思っていますが、
いきなり日常が終わる可能性はいつでもあります。
だからこそ、好きなことに時間を使いたいと思うのです。
時間つぶしでなく、
私が好きだと思うことに時間を使いたいのです。
それは執筆、それは読書、
他にも好きなことがこれからあるかもしれません。
何かを好きになれば、そこから世界が広がります。
広がった世界は、執筆の可能性を広げてくれます。
脳はポンコツですが、
認知は歪んだり、心身の波はまだありますが、
まだまだ何かができると思うのです。
好きの力は無限大です。
また、時間がありましたら、
統合失調症エッセイを書きに来ます。
ではまたいずれ。




