第二十章 余縁
余縁とは、メインではないが、ちょっと関わってる“つながり”のこと。
令和5年(2024年)、晩冬。私は、三十三間堂の本尊の前に立っていた。湛慶がこの仏像を完成させてから実に770年後。永遠とも思える時が経っている。
堂内は静かで、空気は冷たく澄んでいた。吐く息が白く、足音は静けさを乱すことなく、そっと響いた。
木の床を踏むたびに、音が堂内に広がり、空気が少しだけ揺れた。
千の手が、千の祈りを抱いて並ぶ。だが、その中心にある本尊の千手観音は、他の像とは異なる空間に存在するかのようだった。私はただ立ち尽くしていた。
しばらくすると、不意に隣に現れた小さな子供がつぶやいた。
「ねえ、この仏様は……誰を見てるの?」
その声は、あまりにまっすぐで、私は像を見つめながら、息を呑み、そしてゆっくりと白い息を吐いた。像は、怒っていなかった。守ってもいなかった。祈ってもいなかった。ただ、在った。
掌の一つひとつが、誰かの痛みに触れようとしているようだった。その手は、かつて湛慶が彫ったもの。父・運慶の怒りと、師・快慶の祈りの間にある沈黙を刻んだ手。
私は、子供の問いに答えられなかった。ただ、像の前でそっと合掌した。掌の中に、問いが蘇る。
「守るためか。祈るためか。己のためか」
その問いは、もはや答えを求めていなかった。ただ、問い続けることこそが、祈りなのだと。そう感じていた。
堂の外からの風が、木々の葉を揺らし、頬を通り抜け、千手観音を吹き抜けていった。子供は、像を見上げたまま、ぽつりと呟いた。
「泣いてる子を見ているのかなあ」
私はそっと目を伏せ、ゆっくりとそこにある空気を吸った。祈りは、語らぬ。ただ、在る。その沈黙の中に、永遠に続く問いかけが、今も息づいているのだ。




