27 ギルバルドの蛮行
ジョーカーが村を去ったとの時を同じくして、城郭都市エイフリルの中央、ギルバルドが駐屯する領主邸の広間には、主要なメンバーが揃っていた。
「皆の者! いよいよ決戦のときがやってきた!」
ギルバルドのよく通る声が、王座の間に響き渡る。より多くのエフルたちを捕獲し性奴隷にするという今回の戦争の目的、圧倒的戦力差による約束された勝利、そして、エフルの中でも至高の美を持つと噂されるレフィリシア姫だけは、傷つけずに捕獲すること、捕獲した者には褒美を与えることを宣言した。
戦に行くとよりは、まるで狩りを楽しむような弛緩した空気が流れている。いや、彼らにとってそれは事実だろう。
確定した勝利。逃げ惑う美女たちを力ずくでねじ伏せ、思いのままに陵辱する。その至高の褒美を前にして、気持ちが浮き足立つのを抑えられるはずがない。もっともギルバルド軍では、戦争中の性行為は禁止されている。これらは戦争後のお楽しみだ。
「父王より、次なる戦の命令が来ている。今回の出兵でエヴァグリーンを討ち滅ぼし、次なる戦にも完璧なる勝利を収め、我が実力を父王に示そうと思う。美味そうな肉穴だと思って、油断せぬような!」
ギルバルトの下品な冗談に笑いが起きる。ギルバルトの次の使命。それはこの城郭都市エイフリルを拠点とした、悪魔が住む地下ダンジョンの攻略だ。悪魔を倒し、新たな神武を手に入れなければならない。おそらくは三年ほど、ここに留まることになるだろう。
エヴァグリーンとの戦争が終われば、ギルバルトは王都に返る。そんな領民たちの希望は、彼らの与り知らぬところで、淡くも崩れ去っていた。
「さて、戦の前に景気づけをしておこう。しばらくは女も抱けぬしな」
ギルバルトが言うと、傍らにいた従者が、エイフリルの領土図を床の上に広げた。城郭都市を中心に、周辺に点在する村々が乗っている。
ギルバルドはその地図の前に立つと、手にしたコインを弾いて、地図の上に落とした。全部で三つ。ころころと転がったコインのひとつは、城郭都市の南東で止まった。
「ここから一番近い村はここだな」
コインの位置から一番近い村――リトンの住む村を、抜刀した剣の切っ先で指し示す。ほかにも二つの村を指し示した。
「戦の前祝いだ。存分に殺し、犯し、破壊し、完膚なきまでに討ち滅ぼせ! 村のひとつも滅ぼせぬような無能に、エフルの女を抱く権利はないぞ!」
それから数時間後、三騎士率いるギルバルド軍が、三つの村を壊滅させた。
† † †
赤焼けの空。太陽が地平線の彼方に消える直前くらいに、結奈たちはコニッカの街に到着していた。エイフリルと比べると、ずいぶん落ち着いた雰囲気の街で、人通りも少なかった。ちらほらと王国軍の兵士の姿があるが、人数が少ないせいか、街全体に萎縮した雰囲気はそれほどなかった。
ここの商家のひとつがエフルと通じていて、何かと便宜を図ってくれているのだそうだ。ラウラからはここを訪ねるよう指示を受けていた。
目的の商家へ行って、店主にラウラから教えてもらった合言葉を伝える。ややあって、店主はコリムとレフシたちを連れてきてくれた。どうやら泊っていた場所は別の所だったらしい。
「コリム、村に帰ろうよ。リトンが待っているわよ」
結奈の科白に、コリムは首を振って拒絶の意志を示した。
「俺は、ひとりでも多く、王国軍の兵士を殺す」
感情が押さえつけられた声色は、固い決意を表しているかのようだった。
「王国軍の兵士を殺す。それは結構なことだ。だがな、方法が最悪だ」
ジョーカーがあえて茶化すように言った。
「ほかにどんな方法があるんだよ!」
「あるさ。たくさんなぁ。だが、エヴァグリーンに行っても何も変わらないぞ。おまえの目的はなんだ?」
「わたくしもヤマダさんと同じ意見です。エヴァグリーンに勝機はありません。志願するのなら、もっと大国で、あなた自身も力をつけてからにしなさい。その方が確実です」
レフシが諭すように言う。彼女自身も、コリムがエヴァグリーンに来ることは反対だったのだ。けれどもコリムが勝手にエヴァグリーンに向かって、その結果、魔物に襲われることを心配して、仕方なく同行させていたに過ぎない。結奈たちが迎えにきてくれたのは、彼女にとって渡りに船だったのだ。
けれど、コリムは何も答えない。すぐに答えない様子から、本人の中に迷いが生じたのかもしれなかった。とりあえず夜の間は移動できないため、明日の朝まで、コリムには考える時間がある。夜は魔物の時間だからだ。
「君たちはどうするんだ? 捕まれば、どんな目に遭うかわかっているだろう? 最悪、自殺することも考えているのか?」
レフシに尋ねたのはジョーカーだ。優しさの欠片もない言い方だが、変に濁されるよりはマシかもしれなかった。
「自殺? 自殺とはなんですか?」
レフシがきょとんとした顔で尋ねてきた。まさか、この世界には、自殺の概念がないのだろうか?
「自分で自分の命を絶つことだ」
「そんなこと、できるはずがありません! 神の誓約により、自らの命を自分で断つことは禁止されています!」
レフシは飛んでもない、というふうに、顔を振って答えた。
「なるほど、悪趣味だな」
ジョーカーが小さく呟いた。結奈はその意味を考えて、ぞっとした。生きていれば、死んだほうがマシだと思う苦痛や恐怖もある。この凄惨な世界で、誰もが残虐に相手を嬲り痛めつける世界で、自殺が禁止されているとしたら、それはなんて悍ましいことだろうか。
「レフシ様!」
そのときだ。商家のドアを開けて、エイフリルの森にいたはずのラウラが姿を現した。すぐに結奈たちの姿にも気づいた様子だった。
「良かった。おまえたちもいたのだな。いや、良くはないか」
荒い呼吸の下、訳の分からないことを言う。彼女がこのタイミングで現れたということは、結奈たちが村を出て、すぐに追いかけてきたのだろう。
「まさか、もう出撃したのですか?」
レフシが緊張した面持ちで尋ねる。
「正確な出撃は、おそらく明日以降になるかと。だけど、あいつら選りによって――」
兵士が歯痒さから表情を歪める。
「どうしたのです?」
結奈は途轍もなく嫌な予感がした。聞いてはならない、悍ましい事実が、この後に続くような予感。
「ギルバルド軍が、近隣の村々を襲いはじめました。村人を皆殺しにする勢いです。コリムの村も、その中に……」




