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24 ギルバルド

 騒ぎは昼過ぎに起こった。妻を串刺しで晒し者にされているダンが、ザッハベルトに直談判に行ったらしい。そこで相手を怒らせてしまい、広場で公開処刑されるというのだ。


 村人たちが数人、慌てたように街へと向かう。ジョーカーたちも彼らの後を追うように、街へと向かった。


「どうするつもり?」


「どうするもなにも自業自得だろう?」


 結奈の質問に、ジョーカーは素っ気なく答える。この男に何か期待していたつもりはないが、裏切られた気分だった。


「あんた、本当に最低だな。助けたいとか思わないのかよ」


 結奈とジョーカーの会話を聞いていたコリムが、舌打ち気味に言った。


「貴様こそ最低だな。この状況で助けるということは、誰かの命を賭けることだ。貴様は他人に死ねと命令するのか?」


「チッ、口だけは相変わらず達者だよな」


 コリムは皮肉を言うと、ジョーカーたちを置いていくように走り出し、街へと急いだ。

 ジョーカーものんびりと散歩するような感じで、コリムの向かったほうへ歩き出す。野次馬根性なのか、どうやら街には向かうつもりらしい。


 街の広場には異様な人集りができていた。そして、鼻をつくような強い異臭。結奈はその臭いの正体を知っている。人の肉が腐ったときの死臭だ。


 串刺しの死体が飾られている広場の中央には、木で出来た平台が設置してあり、その上にロープで手足を縛られたダンと兵士たちの姿があった。平台は一段高いため、周囲からもよく見える。


「この者の妻はザッハベルト様の怒りを買って串刺しの刑にされた。しかし、この者は、自分の妻の犯した罪を理解せず、愚かにも遺体の返還を求めてきたのだ。これは神に選ばれし我らに対する冒涜だ!」


 兵士の口上に、しかし、街や村の者は誰ひとり納得した表情をしていなかった。「妻の犯した罪」とやらの内容も、みんな知っていたし、遺体の返還を求めたダンの気持ちも理解できるのだろう。


 神に選ばれたという理由だけで、何をしても良いと思っているセレクテッドたちの理不尽極まりない思考に、共感するノーマンはいない。

 だけど、逆らえばどうなるか、火を見るより明らかなので、誰も否定できないだけだ。


 日本でさえ、上司の考えに納得していなくとも、「素晴らしいお考えです」と褒め称えるものだ。人の命が塵芥のように扱われるこの世界で、弱者の本心が届くことはない。


「――だが、ザッハベルト様は心優しいお方。この罪人どもが冥獄で仲睦まじく過ごせるよう、この者にも妻と同じ串刺しの刑に処することに決められた。おおっ! なんと寛大なお心だろうか!」


 兵士の口上に、「ひっ」という小さな悲鳴がいたるところから漏れ出る。当然ながら、寛大なお心とやらに感動したわけでなく、生きたまま串刺しにするという、残忍な処刑法に対する憐れみの声だ。


「おい。もしかして、あいつが三騎士のひとりか?」


 ジョーカーが隣にいた村人に問いかける。


「ああ、ヤマダさん。そうです、あの方がザッハベルト様です」


 ジョーカーの視線を追って、結奈も壇上の椅子に偉そうに腰かける男を見る。筋骨隆々とした体つきに、髭面の無頼漢。確かに雰囲気がほかの兵士とは違う。


 こいつ、強い。結奈は本能で理解する。


 そうこうしている間にも、ダンは裸にされ、奇妙な器具の上に括り付けられようとしていた。

 人を串刺しにするための器具で、尖った先端の上に人を設置すると、自分の重みで少しずつ体を貫かれていくらしい。聞きたくもないのに、兵士がわざわざそんな説明を大声でしている。


 肛門からゆっくりと時間をかけて、徐々に貫かれていく感覚。腸壁を突き破り、重要な器官を次々に破壊していっても、まだ死ねないのだ。

 激痛がひたすら長く続き、それでも確実な死が迫り来る恐怖。なんとおぞましい殺され方だろう。


「お前らには人の血は流れていないのか!? 妻の死体を引き取りたいと言って何が悪い!」


 ダンが涙を流しながら、理不尽な行いに対する憎悪を叫んでいる。しかし、その叫びは兵士たちには届かない。ザッハベルトに至っては、まだ理解できてないのかと、ため息交じりに顔を横に振った。


「なかなか、おもしろい事をしているなぁ。ザッハベルト」


 そのときだ。よく通る澄んだ声が割って入ってきた。一瞬ジョーカーかと思ったが、そうではない。


 兵士が押し退けるようにして、人垣を割ると、一本の道を現れる。その先には、豪奢に衣装に身を纏ったひとりの青年の姿があった。


「お、王子!?」


「ギルバルド王子だ!」


 民衆のざわめきが耳に入ってくる。結奈はまじまじと王子と呼ばれた人物を見た。

 歳は二十代前半くらい。整った甘いマスクと濃い金色の髪。服の上からでもわかるバランスよく鍛えられた体に、威風堂々とした王者の貫禄。


 すべてにおいて選ばれた至高の人物が、そこにはいた。


「これはギルバルト王子。どうしてここに?」


 ザッハベルトが台座を降りて頭を垂れる。


「私の街だぞ、好きに歩かせろ。それにしてもここは臭うな。民衆の躾は大事だが、私の街を汚すでない」


「はっ、申し訳ありません」


 さらに頭を下げるザッハベルトの横を通り過ぎ、ギルバルドは串刺しにされた女たちの死体の前に来ると、腰に刺していた剣を抜き取った。日本刀のような細身の剣。


 刹那、すべてを凌河するほどの、圧倒的な神気が王子の体を包み込む。神々しいまでの威圧感。強烈な畏怖と恐怖の感情が襲ってきて、全身が粟立った。


「日輪いづる東方の名刀ビゼンオサフネよ。天空を駆ける雷雲を我が身に宿せ! ――雷帝イスクティンクス!」


 咆哮一閃。落雷が大地を襲った。激しい閃光のあと、地面を揺るがすほどの爆音が耳を貫いていく。


 やがて地面を穿った砂埃が消え去ると、目の前の惨状が明らかとなる。


 落雷のような王子の剣撃。それは比喩ではなく、事実そうだったのだろう。破壊された地面は黒く焼け焦げ、その上にあった串刺しの死体は、わずかな炭墨を残すだけとなっていた。


 絶望が飛来する。一個人が持ち得る戦闘力ではない。こんなの、まともにやり合って勝てるはずがない。


「このようなゴミ処理のために、わざわざ開放奥義を使わずとも……」


「戦が近い。肩慣らしは必要だ。ほれ、そこにちょうどいい肉が転がっているぞ」


 ギルバルドがザッハベルトに示したのは、今まさに串刺しにされようとするダンだった。


「仰せのままに」


 ザッハベルトは兵士にダンを解放するよう命じると、手に持つ槍型の神武の切っ先を、放心するダンに突きつけた。


「もしも俺の体に触れることができたなら、命は助けてやろう」


 けれども、ダンは動かない。妻の遺体を返してもらうという当初の目的は失われてしまった。彼にはもはや戦う理由はない。


「すみませぬ、王子よ。やはり、最初のとおり串刺しの刑にしてよろしいでしょうか?」


 ザッハベルトが冗談めかして、王子に向かって言った。その視線は、当然ダンから離れる。ダンは素早く立ち上がると、一直線にザッハベルトへと突っ込んでいった。彼はその隙を狙っていたのだ。


「幻槍ゲイダークよ。その真なる力を解放せよ! 爆ぜろ、ブラッディニードル!」


 ザッハベルトの槍の穂先が真紅の光の筋となって伸びた。その光はダンの胸の中心を貫いていき、次の瞬間、彼の上半身が風船のように膨らんで破裂した。


「なるほど串刺しの刑だが、貴様のそれはちと汚れすぎるな。さて――」


 王子が何かを探すように、周囲の人垣に視線を送った。


「そこのおまえとおまえ。顔をよく見せろ」


 王子が二人の若い女性を指さす。質素だが素材の良い服を着ているあたり、金持ちの娘なのかもしれない。


 二人は一瞬戸惑った様子だったが、言われるままにフードを外し、顔をさらけ出した。


「好みの顔だ。服を脱いで胸を見せろ」


 この指示に二人は、明らかに戸惑った様子を見せた。


「お、お待ちください。ギルバルド様」


 それを見かねたのか、指に宝石を嵌めた裕福そうな婦人が話しかけてきた。どちらかの母親なのかもしれない。


 ――シュン。


 刹那、空気を切るような音が耳朶を打つ。


 そして次の瞬間、ギルバルドに話しかけてきた婦人が、左右に割れた。いつの間にか、ギルバルドが剣を振るっていたのだ。速すぎて動きが見えなかった。


 彼の攻撃は、夫人を真っ二つにしただけではない。婦人の後ろにいた数名も巻き添えを食らい、腕を切断されたり、腹を切られたりして動かない者もいた。


「きゃぁあああああああああ!」


 悲鳴が爆発する。蜘蛛の子を散らすように、民衆が王子の近くから逃げ出した。そこに残っていたのは、先ほどフードを取らされた若い二人の女性のみ。


 放心する二人に向かって、ギルバルドが剣を振るう。彼女たちの服がはらりと切れ落ち、張りのある乳房が露わになった。


「合格だ。この私が抱いてやろう」


 王子が踵を返すと、取り巻きの兵士たちがふたりの女性を無理やり立たせて連行していく。


「ああ、それとだな」


 ギルバルドが、ぴたりと歩を止めて、誰に言うこともなく口を開いた。


「女の顔を隠す行為を禁止する。最初はおもしろいかと思って放置していたが、効率が悪い」


 後日、連れ去られた二人の女性は、四肢を切断され、さんざん弄ばれた姿のまま、道端に捨ててあったそうだ。まだ、生きてはいた。

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