20 畏怖との出会い
串刺しの刑の見張りをしていた兵士は、浮き浮きした足取りで人気の無い裏路地を歩いていた。
あの甘くて美味しいチョコという食べ物。もう一度あれを食べたいと思って、密かに例の商人を探していた。
上に報告して大々的に捜索すれば、すぐに見つかるかも知れないが、それではおこぼれにあずかれない可能性が高い。最悪、殺されてしまう危険があった。
まるで恋人に恋い焦がれるように悶々とした時間を過ごしていたが、今日、向こうからアプローチしてきたのだ。
半分騙されたようなかたちで勝手にいなくなったことに小言は言っても、喜びの感情のほうが大きく、怒りの感情は湧かなかった。
お詫びに珍しい酒を用意してくれるとのことで、見張りの交代の後、会う約束をしたのだ。
神に選ばれた人間であるはずの自分が、いくらザッハベルト様の命令とはいえ、下等なノーマンの死体の見張りなど、意味のない仕事を任せられている。そんなのおかしいと、あの商人は言ってくれた。
俺のことをよく分かってくれている奴だ。少し懇意にしてやってもいい。
ほかの兵士の目に触れると厄介なことになる。
商人の言うとおりだと思ったので、彼が指定する場所へと向かった。
夜に街を歩く者は極端に少ない。酒に酔った兵士に絡まれるのを恐れて、みんな家に引っ込んでいるからだ。逆に言えば、夜に街をうろついている領民は、それだけで怪しい存在と言えた。
指定の場所に行くと、すでに商人の姿があった。もう一度周囲を見回し、誰もいないこと確認して商人と接する。
「わざわざ、すみません」
商人がにこやかに頭を下げてくる。しかし、不思議な雰囲気を持つ男だ、と兵士は思った。腰は低く丁寧で、親しみやすく、なんでも言うことを聞きそうな格下な雰囲気を醸し出している。それでいて、いつの間にか向こうの思惑どおりに事が運んでいるように思えるのだ。
警戒すべき相手ではない。頭ではそう理解しているのに、どこか遠くで警鐘が鳴り響いている気がする。だが逆に、それがこの男の魅力につながっている。格下なのに、どこか価値のある人物。懇意にしたいという気持ちをくすぐってくる。
「それで、例の品は?」
「ええ、ここです。その前にちょっとこれを持ってほしいんですが」
商人がいきなり大きな袋を放り投げるように渡してきた。
「おい! 何をす――」
反射的にその袋を受け取りながら、兵士は声を荒げた。セレクテッドである自分に荷物を持たせるとは何事だ!?
しかし、言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。喉に鋭い痛みが走る。そして硬い金属の感触。
意味が分からなかった。理由も分からない。ただひとつ、自分の首にナイフが突き刺さっていることだけは理解できた。
† † †
(あいつ、兵士を殺しやがった!?)
リックは驚愕の出来事に、思わず声を漏らしそうになった。必死にそれを我慢する。
街を歩いていたら、どこか様子のおかしい兵士の姿があった。ウキウキした態度から、街の娘でもレイプするのかと思い、後をつけた。
兵士どもが我が物顔でこの街を蹂躙するのが許せない。自分の妻も兵士どもに辱めを受けて殺された。
後をつけたところで、自分に何ができるのかと迷いはしたが、放っておくことはできない。せめて仲間に連絡が取れれば、攪乱くらいはできたかもしれないが……。
しかし、そこで目にしたものは、ノーマンがセレクテッドを殺害する瞬間だった。
ノーマンがセレクテッドを殺す。物理的はあり得ても、実際はあり得ない状況だ。ギルバルド王子の兵士を敵に回せば、街で大虐殺が起こったとしても文句は言えない。
それなのに――。
(な、なんなんだ、あいつ!?)
再度、呼吸を整えてから、もう一度顔を覗かせた。動揺から、一度顔を引っ込めてしまっていたのだ。
しかし、そこには誰の姿もなかった。
見間違いだったのだろうか? それとも夢? リックは物陰から身を乗り出そうとして――。
「動くな」
自分がすでに捕らわれている事実に気づいた。ナイフを首に当てられ、声が出せないように口を塞がれてしまう。
「大声を出せば、その場で殺す。逃げだそうとしても殺す。俺の言うとおりにすれば、必ず命は助けてやる。理解したら頷け」
リックは大人しく頷いた。逆らえば死ぬ。それは本能で理解できた。嘘か本当か知らないが、命は助けてやると言っている。いまはその可能性に賭けるしかない。
「お前は誰だ? ここにいた目的は?」
男が口を塞いでいた手を離す。質問に答えろということだろう。
リックは正直に話した。嘘をつく理由がない。この男は兵士を殺した。ならば、自分たちの仲間になってくれるかもしれない。
「仲間だと?」
「そ、そうだ。俺は解放団レ・バスタのメンバー。王国軍からこの領地を救う地下組織だ」
「で? 具体的に何をやっているんだ?」
リックは言葉に詰まった。意を決して仲間に誘ってみたが、この男を満足させられるだけの実績を挙げてはいない。
仲間に数人のセレクテッドはいるが、それだけは何もできなかった。
「出まかせか?」
「う、嘘じゃない! ただ、俺たちにはなんの力もなくて――」
まずいと思った。言葉に詰まったのは嘘だからでなく、実績がないからだ。しかし、それを証明できる術はない。殺される。そう直感した。だが――。
「どうやら本当らしいな」
男は納得したらしい。リックを解放してくれた。
「し、信じてくれたのか?」
振り返って男の顔を見たリックは、背筋が凍りつく思いだった。夜闇のなかで、残忍に光る金色の瞳。神でも悪魔でもなく、何か途轍もなく恐ろしい存在。
「信じた? なんのことだ? 単にわかるだけさ。そいつが嘘を言ってるかどうか」
リックは、この男に仲間の存在をしゃべったことを、早くも後悔しはじめていた。




