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21 美しき襲撃者

 結奈が村に泊まるようになって五日目の早朝。まだ薄暗い時間、いつものようにコリムが家を出て、どこかへ向かっていった。


 最初のころは単に農作業のためかと思っていたが、どうやら違うらしい。農作業にしては少しばかり時間が早すぎるのだ。


 あまり顔を突っ込むのもどうかと結奈は思っていたが、やはり心配になったので、こっそり後をつけてみることにした。


 コリムはあたりを気にする様子もなく、まっすぐに森の中へと入っていく。


 このあたりの森には魔物はいないらしい。魔物というのは基本的に悪魔のいるダンジョンの中にいて、地上に出てくることは稀だ。

 しかし、地上に姿を現した悪魔――魔王、そしてその契約者である魔人が地上にいる場合は違う。彼らの瘴気をたどり、魔物は地上へとやってくるのだ。


「餌でも探しているのか? 地面に落ちている物を食うなよ」


 唐突に良く通る低い声が投げかけられた。ジョーカーだ。


「そんなわけないでしょ? っていうか、どこ行ってたのよ?」


 最近ジョーカーは村にいないことも多かった。昨日の夜も村に帰ってこなかったため、どこかに泊まってきたのだろう。いったい何をしているのか? 心配はしていないが、不気味な不安を覚える。


「ほう、俺の下半身事情に興味があるのか?」


「そういう下品な冗談を言われると、余計勘繰るじゃない」


「単なる情報収集だ。四日もいて村の外に友人のひとりもできないのか? 友達少ないだろ、君は」


「あー、はいはい。陰キャで悪うござんしたねぇ」


「何を言う? 陰キャは悪くないぞ。君個人の問題をみんなの問題にすり替えるな。陰キャに謝れ」


「あなたねぇ」


「命令だ。陰キャに謝れ。顎をしゃくって陰キャに謝れ」


「陰キャしゃん、しゅみましぇええええん!」


 結奈は顎をしゃくりながら盛大に謝った。こいつ、絶対に許せないと思った。




「剣技の練習をしているんだ。知らなかったのか?」


 森の入り口に来ていた理由を説明すると、ジョーカーはそのように言った。どうやらコリムの行動を把握していたらしい。


「どうして剣の練習を? 農民なんでしょ?」


「職業差別だな。農民が剣を扱ったら駄目なのか?」


「そうじゃなくてさ。……セレクテッドじゃないでしょ?」


「いや、そうでもないらしいぞ」


 結奈は自分の耳を疑った。どういう意味だろう。


 ジョーカーが言うには、セレクテッドになるチャンスは二回あるらしい。

 一回目はこの世に生を受けた瞬間、二回目は成人のときだ。つまり、まだ成人を迎えていないコリムには、セレクテッドになるチャンスが残っている。

 ただし、その確率は宝くじに当たるレベルの低さらしいが。


「それにあのガキは、従軍兵になって、小銭を稼ぐつもりでいたらしい」


「従軍兵ってなに?」


「君は何も知らないんだなぁ」


 ジョーカーは案の定、結奈を小馬鹿にしてきた。しかし、そのあとに一応は説明してくれる。実は面倒見がいい性格なのだろう。


 従軍兵とは、戦争の際に戦闘支援を目的として、軍隊に同行するノーマンのことを指す。

 役割としては補給部隊や衛生兵みたいな感じだ。戦闘力の高いセレクテッドが主に戦闘を行うが、彼らが戦闘に集中できるよう、それ以外のことすべてを行う任務を持っている。


 行軍の前には募集が行われ、誰もが戦争の手伝いをできるのだ。戦場にいるため、当然ながら敵と交戦する危険がある。生きて帰るためには、自らを鍛えておく必要があった。


「よし、いい機会だ。あの小僧がどれほどの腕前か確かめに行くぞ」


 ジョーカーが喜々として言った。完全な嫌がらせ。子供のような態度だ。


「そういうのやめなさいよ」


 結奈は溜め息交じりに非難したが、首輪の命令で無理やり同行させられてしまった。



 隠れるようにして森の中を進んでいく。本当はこんな馬鹿な真似はしたくなかったのだが、首輪の命令には逆らえない。結奈は心の中でさめざめと涙を流した。


 不意に、ガサガサっと草の揺れる音がした。近くにコリムがいるのだろうか? ちらっと音のしたほうを見たが、しかし誰の姿もなかった。野生動物の類いかもしれない。


 ガサガサ。


 再び音がする。次は先ほどとは反対方向。いつのまに移動したのだろうか?


「どうやら、おもしろい展開になってきたようだぞ」


 ジョーカーが小声で話しかけてくる。だが、意味がわからない。


「さて、カブトムシでも捕るか。命令だ。あの木を蹴り倒せ」


 唐突に、ジョーカーの命令が飛んだ。首輪が光り、結奈は自分の意志に反して茂みから飛び出すと、右手前方の木に蹴りを入れる。


 人の腰ほどの太さの木が、蹴ったところを起点として、真っ二つにへし折れた。


「きゃぁああ!」


 同時に甲高い女性の声が頭上から降ってくる。次に、地面に何か重い物が落ちるような音。


 結奈が振り向くのと、そいつが襲ってくるのは、ほぼ同時だった。


 視界の隅に白銀の光を放つ斬撃の軌跡が映る。


 結奈は潜り込むようにして、その一撃を下に交わすと、地面に両手をつき、後ろにあった足を素早く引き寄せながら体を半回転させると、突き上げるようにして蹴りを放った。


 相手も咄嗟に体を捻って、その一撃をかわす。


 だが、急な動きでバランスを崩した。その隙を結奈は逃さない。


 蹴りの勢いをそのままに体を起こすと、相手に向かって連続蹴りを打ち放つ。最初の二撃はかわされたが、三発目はガードに回る。

 そのガードした腕ごと、結奈は相手を蹴り飛ばした。相手は木に背中を叩きつけられ、持っていた氷の短剣を落としてしまう。


 そこで初めて、襲撃者の正体を見た。


 金色の砂のような綺麗な髪に、陶磁のような白い肌。赤い花弁が咲いたかのような唇。敵意を持って睨み付けてくる目は、深いエメラルドグリーンの輝きを放っている。


 ――なんて綺麗なんだろう。


 結奈は思わず見とれてしまった。芸能人にだって、ここまで完璧に美しい人はいない。


 何を思ったのか、女性は結奈に向かって右手を伸ばしてきた。


「氷上の女神リクシアよ、我に力を! アイシクルショット!」


 女性の嵌めているティアラが青白く輝くと同時に、右手の先から氷の刃が生えてきて、次の瞬間、猛烈な勢いで飛翔してきた。


「うそ!」


 咄嗟に真後ろに体を倒して避ける。まさか人生において、『マトリックス』で有名なあの避け方をするはめになるとは夢にも思わなかった。


「氷上の女神リクシアよ!」


 再び女性の詠唱が聞こえてくる。まずい、大きくバランスを崩したいまの体勢では、次の攻撃を避けきれる自信はない。


「アイシクルショット!」


 結奈はそのまま地面に両手をつき、バク転の要領で無理やり体勢を整えると、攻撃も見ずに横に大きく飛んだ。


 しかし、予想したタイミングで着弾は来ない。まさか、フェイント!? 


 次の攻撃に備えて、素早く敵に視線を向ける。


 しかし、そこで目にしたものは――。

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