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19 ジョーカーの笑み

 特に行く当てもないジョーカーたちは、リトンの家に住まわせてもらい、村長の家で食事を提供してもらう日々を過ごしていた。たった二日しか経っていない。それなのに――。


「ヤマダお兄ちゃん、元の世界の話を聞かせてよ!」


「ヤマダ兄ちゃん、漫画だよ。漫画の続きを聞かせて!」


「ねえ、オレンジジュースつくって!」


「兄ちゃん、例のステーキってやつ、頼む! 金ははずむから!」


「私たちはワインがいいわ。エッチなことしていいからさぁ」


 ジョーカーは村で引っ張りだこの人気者となっていた。


 ただでさえ娯楽と刺激が少ない村だったのだ。ジョーカーのように美味しい物とおもしろい話を提供してくれる存在は、麻薬のような刺激を与えてしまったのだろう。


 それだけでなく、ジョーカーはああ見えて面倒見がいい性格をしており、子どもたちと一緒に遊ぶのも吝かではないみたいだった。


「ヤマダさんって素敵ですよね? 良いお父さんになりそう」


「ぶほっ!」


 いつの間にか、アントが横に立っており、そんなことを口にしてきた。思わずむせてしまった結奈は口に含んでいた水を吐き出してしまう。

 確かに今のジョーカーは良い人物を演じているが、その本性は残酷な殺人鬼だ。


「だ、大丈夫ですか?」


「ええ、まあ」


「本当、素敵な方ですね」


 アントがうっとりしたみたいに言う。なんだか騙しているようで、非常に申し訳ない気持ちになってきた。


「ええと、あいつは一見好青年っぽく見えますが、ぜんぜんそんなことないですよ。絶対に信用したりしないでくださいね」


「そんなことないですよ、結奈さんが良い証拠です」


 意味不明なことを言われ、結奈は首を傾げた。どういう意味だろう?


「奴隷なのに、そんなふうに主様に文句を言えるなんて、凄いことなんですよ? まるで対等な友人のようです」


「あの、私、奴隷じゃないんですけど?」


「え? そうなんですか!? え? でも、首輪」


 まあ、そう誤解されるのも仕方ないと思う。奴隷になった覚えはないが、ジョーカーの命令に逆らえないのは事実だ。


 ジョーカーと自分の関係を話そうかと思ったが、やめることにした。ジョーカーの殺人対象はあくまで権力者。この村の住人が殺されることはないだろう。意味もなく不安にさせてしまう理由もない。


「これは元いた世界のファッションで、こっちに来たときに首輪になってしまったんです」


 とりあえず、当たり障りのない嘘をつく。なんとなく、自分もジョーカーに似てきた気がして、嫌な気持ちになった。


「俺もあいつは信頼できないと思うぜ」


 いつから会話を聞いていたのか? 肩に小麦の束を抱えたコリムが、不機嫌そうに割って入ってきた。


「こら、コリム。ヤマダさんはリトンの恩人でしょ? そんなことを言うもんじゃないわよ」


「うるせえ! 何が『素敵な人』だよ。色気づきやがって、このエロ女! お前みたいなソバカス女が相手にしてもらえるはずないだろ!」


 どこかふて腐れたみたいに言う。結奈はピンときた。これはあれだ、嫉妬している男子の態度だ。


「なんですって!」


 アントが怒って右手をあげたまま走り出す。コリムは小麦を抱えたまま逃げだし、しばらく二人の鬼ごっこが続いた。青春だなぁ、と結奈はおじさんみたいな感想を抱いた。




「どうかお願いします」


 木の幹に背中を預けて座っているジョーカーに向かって、数人の男女が頭を下げていた。何事だろうと思って、結奈は近づいてく。


「どうか、ヤマダさんの商品を分けてください。どうしても妻たちの遺体を回収したいんです。あのまま晒し者にされているのは不憫でなりません」


 彼らの中心にいるのは、街で串刺しの刑にされている女性の夫で、名前をダンといった。彼らの心情としては、一刻も早く遺体を回収し、きちんとした埋葬をしてあげたいのだろう。


「駄目だ。最初に言ったとおり、この村の者がこの場で食べる場合に限って許可している」


 ジョーカーの商品とは、ジョーカーがフールゴールドでつくった異世界の飲食物のことだ。

 ジョーカーは自分の能力まではバラすつもりがないらしく、「商人」という設定をうまく活用していた。


「そこをなんとか是非ともお願いします」


 この世界でもお金はある程度の価値を持つが、基本的に同じクラスの人種とやりとりをするのに使われる。

 つまり、セレクテッドがセレクテッドとやり取りするぶんにはお金が必要だが、彼らが領民に対してお金を支払うことは基本ない。欲しいものを力尽くで奪えば、それで済むからだ。


 だがジョーカーの商品は違う。金では買えない特別な物。もちろん力尽くで奪われる可能性もあるが、交渉できる可能性も、また等しく存在する。


「駄目だ」


 ジョーカーは短く断った。交渉する気すらないらしい。


「なんでだよ!? 俺たちの気持ちがわからないのか!」


「わかっている。むしろ、わかりやすい感情だ。だが、そのうえで意味がないと言っている。死んだ人間なぞ、ただの肉の塊に過ぎん」


「あんた、なんてことを!?」


「違うのか? 回収したところで、生き返るわけじゃないんだろ?」


「それはそうだが……」


 一応認めはしたものの、未練たらたらといった感じだった。


「それに、商品を兵士に渡すことはリスクもある。兵士たちが村に略奪にきたらどうするつもりだ? 自分たちの我がままで、この村を滅ぼすつもりか?」


「でも、ヤマダさんはコリムを兵士から助けたときに、見張りの兵士に商品を渡したんだろ?」


「……ほう、誰に聞いたんだ?」


 刹那、ジョーカーの持つ気配が変化した。温和だった雰囲気は消し飛び、刺すような威圧感があふれて出ている。村人たちも息を飲んで、一歩後ずさった。


 兵士をチョコレートで買収した話を知っているのは、この村ではジョーカーと結奈だけだ。コリムは気絶していたし、あのとき村人は全員村にいたので、現場を目撃しているはずがない。見物人の誰かが話を広めている可能性もあるが、あの兵士しか口にしていない異国の食べ物が、そうそう広まるとも思えなかった。


「見張りの兵士に聞いた。黒くて甘い、見たこともない食べ物を売っている商人を探していると。すぐにヤマダさんのことだと分かったが、俺は知らないと答えた。あんたに迷惑を掛けたくないと思ってな」


「それは嬉しい心遣いだな」


 ジョーカーがやわらかい笑みを浮かべて言った。人を安心させるような笑顔。村人もほっと胸を撫でおろす。


 しかし結奈は感じ取っていた。この人好きのする笑顔の裏に隠された、凶悪で残忍な殺意の気配を。


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