8 魔力
あの日最悪の選択によって館を焼失されてしまったスピカには今、王弟宮にある一室が自室として与えられている。
実際にはあの館には計画のために寝泊まりしていただけなので、カントリーハウスに戻ればいいのだが、王家側に何かあったときにすぐ対処できるようにと城に留まることを選んだのだった。
スピカとしてはあのまま温室で寝起きしても構わなかったのだが、そういうわけにもいかないという国王に押し切られてしまったのだ。
本当を言えば国王は王弟宮自体から出したかったようだけれど、スピカの特質上いつ誰に鉢会うかわからない来賓室よりは元より入る人の制限された王弟宮の方が勝手が良いとそこだけは譲歩してもらった。
未婚の女性が独り身の男の傍なんて、と最後まで国王は納得できない様子だったが、魔女であるスピカを力で抑えつけることが出来るような人はこの宮どころか城にもいないと断言すれば、それはそれで複雑そうな顔をして引き下がった。
というより何故スピカが襲われる可能性のほうを危惧するのかと首を傾げてしまう。
王家としては魔女の魔法によって王弟を惑わされるほうが困るものなのではと素直に口にしたが、それには国王だけではなく同席していた王妃にも深いため息を吐かれ、そして侍女として側に控えていたフローライトには自室に戻ってから自覚が足りないと長々と叱られてしまった。
なんの自覚だろうかと首を傾げながら覗いていた鏡台に見知った顔が入り込んできた。
「何をそんなに気むずかしい顔をしているんだい?」
「オリヴァー様?女性の部屋にノックもなしに入るのはいただけないですわね。それもこんな時間に」
「でも、気配でわかるし本当に嫌なら入れやしないだろう?」
さも当たり前のように部屋に入り、スピカの後ろに立つオリヴァーを振り向き仰ぎ窘めたスピカにも彼はケロリと返して見せた。
確かに部屋の中どころか部屋の周辺くらいなら誰がどんな動きをしているかを察知するくらい気配でできるし、オリヴァーの言う通り本当に入られたくないのなら魔法で扉を閉め切ってしまうことくらいわけはない。
だからスピカが言っているのはそういうことではなく礼儀の問題なのだが、それを言ったところでオリヴァーは俺たちの仲じゃないかなどと訳のわからないことを言って受け流しそうだった。
現にもうその話は終わったとばかりに鏡台に腰掛けて、先ほどの自分の質問の答えを促している。
「フローラに自覚が足りないと言われましたの。両陛下も、私がこの宮にいることにいい感情を持っていないようですわ。危ないって」
「ああ、まあ、はは。確かにね、気持ちはわからないでもないけど・・・にしても信用ないな」
「オリヴァー様?」
「いや、何でも無いよ。スピカ嬢はもう少し自分の容姿を客観視するべきだと俺も思う」
それでもなお首を傾げるスピカに、オリヴァーは呆れたように肩を竦めて見せる。
あまり人と関わらない生活をしていた上に彼女の周りには絶世と呼ばれてもおかしくないような美男美女が揃っているからなのか、彼女の自己評価は著しく低い。
だが、実際にはスピカの顔はとんでもなく整っているほうであるとオリヴァーは断言できる。
「客観視って言っても、私はフローライトのように美人じゃないんですもの」
「そもそもの評価基準が高いんだけどね。そうだな・・・君の弟子達は除外した上で、今現在城内にいる女性ならたぶん君が一番だと思う」
「リリーベル様に失礼だと思います」
「あのお方はそんな美意識比べでとやかく言う質ではないよ。むしろ容姿で競うことに嫌気がさしてる」
確かに己の外見を美しく保つことは王妃であるから必要なだけでそうでないなら経費を抑えるためにも自重したいと思っている、と先の対談の折りに言っていた。
そもそももう年齢が年齢なのだから若々しい美しさを城内にいる女性達と争うことをリリーベルは望んではいない。
それを望むのはメデイアだ。
メデイアはどれだけ若さと美しさを保てるかに全力を注いでいる。
贅の限りを尽くした服飾品、最先端の美容法、そのどれもが自分が一番でなければ気が済まない。
上流階級のファッションリーダーであることもたしかに王家に籍を置く女性には必要なことではあるが、彼女の場合は些かやり過ぎな部分がある。
そしてそこまでしても、寄る年波には勝てずに年々化粧が濃くなっていくのだ。
ちなみに国王が白粉とメデイア特注の香水の匂いが生理的に受け付けられないと言っていたのを聞いて、自分たちの苦手意識もそれだとスピカとフローライトは同時に手を打った。
彼女の取り寄せる香水自体の香りはいいものだろうに加減を超えてつけすぎているからただ傍にいるだけでも耐えがたくなる。
そんな中でも全く表情を変えることなく従事する彼女の侍女たちは称賛に価すると思うほどには耐えがたいのだ。
そうして王のためにとやることなすこと全てが裏目に出ていることを考えると少し不憫にも思うが、それは敬遠されている理由のごく一部でしかないのでその香水をやめたとしても今更王の心が彼女に寄ることはない。
対してリリーベル妃は必要な着飾りはするものの、どちらかと言えばどれだけ賢明に美しい心根でもって年を重ねるかに重点を置いている。
貞淑に王を立て、それでいて国中の全ての女性の憧れであり、全ての女性の頂点となる王妃として生きるその姿勢が彼女の美しさだ。
生き様が美しい人は余計なことをせずとも美しく見えるものなのだ。
「スピカ嬢はね、どちらかと言えば可愛らしいと言う表現が似合うね」
「私、もう行き遅れと言われるような年なんですのよ。メデイア妃ほど努力もしていないし」
「ふむ・・・よし、今までさんざん言ってきたはずだけど、どうやら全て聞き流されていたようだね。なら、今から言うことは俺から見た君の印象であり俺の感性によるものだから君には一切の否定も許されない。よろしいかな?」
自分で客観的に見ることが出来ないというのなら、教えてやろうとばかりにオリヴァーはスピカの容姿について語り出す。
スッと通った鼻筋にほんのり色づくふっくらとした頬、美容とは無縁な生活を送っていたのにも関わらずそこらの令嬢よりも真っ白な肌にそれに映える赤い唇とふんわりと艶やかなプラチナブロンド。
身長もそれほど高くもなく、過度なヒールも履くことがないことで生じる身長差によって、長いまつげに囲われた大きな青水晶に上目遣いに見つめられれば思わずクラリとしてしまう。
例えば清廉な衣装に身を包み、神殿に佇んでいるだけだとしても女神にだって間違えられていてもおかしくはない。
実際オリヴァーが最初に彼女に合った時、事前に容姿の特長を聞いていなければエルフか妖精だと勘違いしそうだった。
「仕草もね、小首を傾げたり逐一かわいい。容姿のこともそうだけど少し鈍くて天然っぽい発言もかわいい」
「待って、オリヴァー様やめてくださいませ」
「何?」
指折り数えながらスピカを褒めるのを止められたオリヴァーが不満げにスピカを見やれば、そこには首元まで真っ赤に染めて困ったように視線を彷徨わせる顔があった。
「褒められるの、慣れてないんですの」
「は?なんで。俺のはまあ冗談だとかそういう風に受け取っていたとしても、君の容姿や教養で他人に褒められないわけないだろ」
「社交界に出る前に隠居生活に入ってしまったし、身内のはまた違うでしょう?」
「弟子達は?何も言わないの?」
「持ち上げて評価が上がるようなことはないし、それに、見たことあるでしょう?魔導騎士たちの容姿は」
「・・・ああ、なるほど」
返ってきた言葉に、ようやくスピカの自己評価の低さの根本たる原因を理解した。
単純に他人と接する機会がなさ過ぎたのだ。
自分と身内以外に比べる物がなければそれが基準となるのは当たり前。
どの家でも身内の褒め言葉は当てにはならないし、血のつながりのない弟子達の多くは社会の基準値を大きく越えた容姿を持っている。
そんな人たちに褒められたところでお世辞だと判断するのは仕方がない。
それにしたってスピカの弟子達は揃いも揃って見た目が良かったとオリヴァーは思い返す。
オリヴァーにはそれぞれの魔力の高さの差は判断つかないが、強いと称される弟子ほど見た目が良いように見える。
その最たるが団長を差し置いて騎士団一の魔力を持つと言われているフローライトであり、彼女の容姿もまた白い肌に青い瞳、スピカよりは濃いプラチナブロンドである。
「見目の良さは魔力に比例するの?」
「魔力が比例するのは血でしょうね。見た目の良さはそれによる副産物ですわ」
「つまり?」
「魔力の多い子には少なからずエルフの血が流れているんですわ」
その答えにオリヴァーは納得してしまう。
白い肌に青い瞳、限りなく白に近いプラチナブロンドの髪は正しくエルフの特徴だ。
地域によっては伝説かおとぎ話のようにされている、しかし今も世界のどこかで人が立ち入らないような場所にひっそりと暮らしている、この世界で最も高い魔力量を誇る種族。
そんなエルフの血が流れているというならば、それに近い容姿を持つスピカとフローライトが高い魔力を持っているのは至極当然の事実とも言える。
「初代シルヴィア様はエルフだった?」
「どうかしら?エルフにしては短い生だったと伝えられてますし、でも、そうでないとしても限りなく近い血筋だったことは確かでしょう」
人には知り得ないはずの理を後の魔女に伝えていますもの、と零したスピカにオリヴァーは興味深げな視線を向けるも、それ以上を教えるつもりはないのかニッコリと笑って流されてしまう。
なんにせよ、初代シルヴィアがエルフかその混血であったならば、少々反則的ではあるが人類最強の魔女と呼ばれたことに納得はいくし、今だに謎の多い血の契約という誰も知り得ない魔法を使えたことにも納得がいく。
そしてその契約によって継承者が生まれるのであれば、代々の魔女がエルフの特徴を色濃く継いでいてもおかしくはない。
つまりオリヴァーが最初に抱いたエルフという感想はあながち間違いではなかったということだ。
だがしかし、だというのならなおのこと。
「スピカ嬢は自覚が足りない」
「ええ、ええ。わかりましたわ。ごめんなさい」
絶対に美しくなる条件を生まれ持っていながらそれを自覚していなかったというのなら足りないどころの話ではない。
スピカもようやく言い逃れようのない事実だとちゃんと認識できたようでオリヴァーの向ける批難の視線から逃れるように顔を逸らした。
そもそもまだ目覚めてもない幼児期に選定される魔女の後継者が何で判断されるかと言えばその容姿だ。
ウィズフォレスト家はみな魔力量が多いことのほか、青い瞳、色素の薄い髪色や肌、などエルフに近い要素のいずれかを持ってはいるが全ての条件を満たすのは後継者のみ。
たとえ後継者でなくとも、そんな血筋に生まれて容姿が平々凡々であるはずもないのだから認めざるを得ないのだろう。
「っていうか、そうなるとフローライトもそこそこ血が濃いってことだろう?ほぼエルフのような見た目と言うことはハーフとかそういうことか?」
「さあ?」
「さあって」
「もともと孤児ですもの、拾われる以前のことは何も。彼女から気がついたらアウインと二人で一緒にいたとしか聞いておりませんわ」
「アウイナイトと?じゃあもしかしたら二人は兄妹ってことも?」
「さあ?どうでしょう?」
先ほどと同じように首を傾げながら、それでも悠然と笑っている顔を見れば彼女がそれ以上話す気はないことがわかる。
オリヴァーを信用していないというわけでもなく、これ以上はアウイナイトとフローライトにとってのプライベートな話。
本人でないスピカが他人に話すことではない。
オリヴァーもそれを汲んでなのかそれ以降の先を促すことはしなかったが、軽率に踏み込もうとしてしまった居心地の悪さから彼女から目を逸らして床を見つめている。
そんな空気を変えるためにスピカはところで、と少しだけわざとらしく悪戯に笑ってみせる。
「自覚の足り無さに納得してしまったら私はここから出ていかなければならないのではなくて?」
「より一層守りを強化してくれれば問題ないんじゃないかな」
「そう。じゃあオリヴァー様、今までありがとうございました。貴方との時間はなかなか悪くありませんでしたわ」
酷く軽い調子で言われた事を理解出来ず一瞬呆けてしまったオリヴァーだったが、次の瞬間にはその意味を理解して慌て始めた。
「あ!待った待った特例を作ってくれないかな?ほら、いろいろと伝達事項とかもあるし!」
「あの子たちがいますもの。うちの子達は優秀なの、知ってるでしょう?」
「くっそ、本当に作って貰わないと隙が無いな!」
それはもう森の館にいるスピカの元に通いはじめてからずっと感じていたことだったけれど場所を移してもなお、むしろ今の方が余計に感じることだった。
オリヴァーが今もこうしてスピカの元へ来ることができているのはひとえにスピカが彼を見知った人だからと許容しているからであり、少しでも彼女が不快だ、不要だと思えば簡単に閉め出すことが出来るのだ。
現にこの部屋は彼女の弟子たちと国王と王妃、そしてオリヴァーだけが訪れることができ、それ以外の人間はこの部屋の存在すら感知できていない。
「隙を突いてどうするつもりです?」
「え、あ、いや、どうもしないけど。ただ、・・・スピカ嬢に会えなくなるのはいやだなあ、と」
「オリヴァー様、貴方はまずご自分のお立場とするべきことを最優先でお考えになられてはいかがでしょう?」
突然に割って入った声にオリヴァーが驚いたように扉の方を振り向けば、そこには侍女服のフローライトと何故か侍従の服に身を包んだアウイナイトが立っていた。
登城してからずっと彼が騎士服以外に袖を通しているところを見たことのなかったオリヴァーは珍しいと目を見張るが、そんな彼の表情が固いことにも気がついてそのまま押し黙った。
フローライトの表情もどこか怒っているようで、二人が入って来ていたことにさして驚きもしなかったスピカも怪訝そうに眉を顰めた。
「アウイン?フローラ?どうしたの?そんな怖い顔をして」
「第二王子が何者かに襲撃されました。ご生母のメデイア様は第一王子派が魔女の手の者と共謀したと申されています」
そうして返ってきた報告にスピカだけではなくオリヴァーも息を飲んだ。
「それはつまり、魔導騎士団が襲ったと?」
「団員は全員任務についていたため実行犯からは外されましたが指示誘導した可能性があると唯一城内に留まっていた団長を拘束されました。もちろんそのままでは困るのでチャロアイトが身代わりとなっています」
魔女が死んだことになってから国内に入ってくる魔獣や密偵が増えたことで魔導騎士団は手分けしてそれらの討伐へと当たっていたが、団長であるアウイナイトだけは指揮官として城内へと留まっていることになっていた。
実際には城内の情報掌握とスピカの護衛をかねて残っていたのだが、常ならば率先して任務に出掛けるはずの団長が留まっているのはおかしいだろうと逆手に取られた状態だ。
もちろんアウイナイトが牢から抜け出すのは簡単な事だがそれではやましいことがあると言っているようなものなので、騎士団にはまだ入っていなかった弟弟子がアウイナイトに見える魔法を使い身代わりをすることになったのである。
「実行犯としては孤児院にいる魔力持ちの子達を洗いざらい調べているようです」
「子供を疑っているのか!?」
「おおよそ普通の人ではありえない魔法のようなものを使っていた、と証言した者がいるようです。犯人の背格好すらも覚えていないということで本当かどうかも怪しいですが、手段を選ばないのならば孤児院を買収ということもあり得るでしょう」
「馬鹿なことをっ!」
「オリヴァー様、お戻りを」
声を荒げたオリヴァーを冷めた目で一瞥したフローライトは彼を扉へと促す。
その視線にはこんなところで文句を言っていないでさっさと事態を収拾しろと言うのがありありと出ていた。
王弟の計画の陣頭指揮は騎士団がとっているが内政に大きく絡むことには手を出せない。
そんな時に動くためにオリヴァーは綿密に騎士団と連絡を取り合っているのだから、この事態にオリヴァーが動くのは道理だ。
いつもならばそうしたフローラの険を含んだ視線をいつも制しているアウイナイトも今は止める事なく扉を開き、オリヴァーもこんな事態になって動かないわけにもいかず足早に部屋を後にした。
「アウイン、ラルフレッド様は?」
「幸い魔法らしきものは不発に終わり、命に別状はありません。が、負傷した、とのことです」
「そう・・・これでもう、あのお方も後戻りは出来ないわ」
そう呟いたスピカの顔は悔しそうでも、悲しそうでもあり、どこかホッとしたようでもあった。
結局、目覚めてから今までの間で第二王子との正式な面会は叶わなかったが、ほんの一瞬、偶然を装いすれ違った顔を見たことで得た収穫は多い。
だいぶ成長していたが赤ん坊の時に一度、そして10年近く前に一年ばかり預かった子供の面影をスピカは彼に見ていた。
そして彼も同じように懐かしさを感じたのか、すれ違ったのちのほんの数秒の間スピカを振り返りその後ろ姿を見つめていた。
「これからどうするかは貴方が決めることよ、ラルフレッド様」
記憶にある絶望と希望に揺れる碧眼に語りかけたことと同じことを呟いて、スピカは席を立つ。
向かうのは王妃の居室。
今この瞬間、この国で最も庇護するべき存在。
音も無く消えたスピカに倣うようにアウイナイトとフローライトもその部屋から姿を消した。
たくさんの方にお読みいただけて嬉しいです。
次話からちょっとずつシリアス増していく予定です。




