7 メデイアという女
国王の第一側室であるメデイアはここのところ虫の居所が悪かった。
豪奢なドレスを着ても煌びやかな宝飾品をつけても全く気分が高揚しない。
それもこれも後宮内に物事の本質が見える賢い男が減ったからだとメデイアは気がついている。
どれだけ着飾ってもそれを身につけるメデイアが素晴らしいからこそそれらの美が引き立っているということを、ここの侍女たちはわかっていない。
鈍くさくて仕方がないが、それ以外は申し分ないうえちゃんと立場もわかっているのでそのまま仕えさせてあげている。
ずいぶんと前はドレスや宝飾品について差し出がましくも口を出してくる女がいた気がするがメデイアがひと言王へ口添えすればそんな不敬な女は王城から追い出された。
そう、不敬なのだ。
メデイアはこの国の国王の側室、言うならばこの国で三番目に偉い存在。
たいして侍女はどこまでも侍女、王族に仕える身でしかない。
そんな女が口を挟むなど、あってはならない。
今にして思えばあの侍女もきっと王妃が差し向けた監視か何かだったのだろう。
メデイアを監視するなど、全くもって悪い女だ。
けれど可哀想な女だとも思う。
きっと本来なら何もかも敵わないメデイアに嫉妬しているのだろう。
だからあの手この手でメデイアのことを陥れようとしているのだ。
思えば最初から憎くて仕方がなかった。
12歳をすぎたころに王宮のお茶会の招待を受けたメデイアは人一倍に気合いを入れていた。
それが当時の王太子殿下の婚約者を決めるためのお茶会だと知っていたからだ。
幼いながらも麗しいと評判の見目には自信があったし、教養も悪くはないし、重圧に負けぬ精神的な強さだってあった。
それなのに、確かにあった挨拶の手応えも、ある辺境伯令嬢に対する王家の対応で不確かな物になってしまった。
もちろん容姿も教養も家柄も何もかも劣るくせに、愛想ばかりよく王家に取り入ろうとした身の程知らずにはそれなりの洗礼を与えたけれど。
それからその令嬢が領地に引っ込んでしまったと聞いたメデイアは胸がすっとしたような気分になった。
次回から来なくなったのはその令嬢がただ弱かっただけであり、そんなことも耐え抜けないのなら素質などなかった、ただそれだけだと笑った。
その時に引きこもり令嬢だと一度呼んだだけだというのにそのあだ名は瞬く間に広まったことで己の影響力を実感し、思ったのだ。
同じ年頃の令嬢たちを牽引するのは自分なのだと。
国民を惹きつけ導く求心力、そして王にとって相応しくない者を除外していくことは王妃として必要なことである。
だから私はそれだけなせる素質があるはずだ。
そう思っていたのに、片手ほどの回数のお茶会を重ねた頃になってあの女は現れた。
「ワイト侯爵令嬢、リリーベルと申します。ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます」
「いや、貴方の祖父殿には私も世話になった。孫娘に最後まで手厚く弔われてさぞ彼の人も喜んでいるだろう」
「陛下のそのお気持ちこそ、我が祖父にとって喜ばしいことと存じます」
「こういった場も久しぶりであろう。今日は存分に楽しんでいくと良い」
そんな穏やかな会話を何を勘違いしたのかリリーベルは気に入られたとでも思ったのだろう。
図々しくもその後も殿下にすり寄ってはぺちゃくちゃとずっと話しかけていた。
殿下はお茶会が催されても会話というものを避けていて、だからこそその様子から殿下は無駄話を嫌う寡黙な方だというのがメデイアを含む候補の令嬢たちの総意だった。
それをあんなに話しかけ纏わり付いては嫌われる一方だろうと、メデイアはいい気味だと思っていたのに、いつの間にかリリーベルは候補者筆頭と認められていた。
なんと厚かましい女だ。
纏わり付き長く一緒にいることで仲よさげに見せ、実際仲が良いと噂まで流して周りにそう認識させたのだ。
しかしメデイアとて何もしていなかったわけではない。
足繁く殿下の執務室に足を運んだし、守られる側だからとて鍛錬を怠らない殿下へ差し入れだってしていた。
お茶会の時くらいしか傍に寄らないリリーベルよりも遙かに殿下に献身的に尽くしたというのに、何故だかそれらを控えるようになどと殿下から引き離された。
対してあいもかわらず殿下の傍でぺちゃくちゃとしゃべるリリーベルに、きっとよく口が回るあの女に良くない話でも吹き込まれたのだろうとメデイアは考えた。
そんな女の口車と策略に乗せられ、当時の国王夫妻も殿下もその位置にいることを認めざるを得なかったのだろう。
そうしてあっという間にあの女が婚約者になってしまい、一年後に王家に迎えられた。
卑怯な手で正妃となったくせに、盛大に行われた王太子の婚姻パレードで王太子妃にのみ羽織ることの許されたマントを翻し、聖女のような顔をして微笑むリリーベルの顔が憎らしくて仕方がなかった。
図案化されたカトレアの蕾があしらわれたそのマントは、もちろん王妃に受け継がれる初代王妃の後継者であることを示すとともに花開く前の蕾、つまり清純な乙女である証でもある。
年齢問わず恥じらいなく媚を売っていた女が清純なんてそんなことあるわけがない。
あのマントが相応しく、あの場所でああやって下々の者に慈悲深く微笑んでいたのはメデイアだったはずで、あんな阿婆擦れでいいはずがないというのにどうして誰もわかってくれなかったのか。
さらにあの女の意地の悪さはそれだけじゃなかった。
その数か月のちに側室として迎えられたメデイアの矜持まで傷つけたのだ。
「ご自身の行為をよく省みて行動なさい」
まるで罪人であるかの物言いにメデイアは一気に頭に血が上り、不作法にもひと言も声を発することなく王妃であるリリーベルの前から帰った。
屈辱的だった。
王子妃となるためにやれることはなんでもやった。
第一印象だって悪くはなかったはずなのに、側室にメデイアを迎えてからも王はメデイアの元へ必要以上通うことはなかった。
それは誰から見ても義務として足を運んでいるようにしか見えず、口さがない侍女たちは陰でメデイアを蔑んだ。
きっとあの女が邪魔しているのだと何度訴えても誰にも聞き入れてもらえず、それどころか王の足は遠のくばかり。
それもこれも全部、あの女が悪い!
そんな地獄のような日々の中でも運よくすぐ御子を身ごもったというのに、一日にも満たないほんの十数時間だけ生まれるのが遅かったと言うだけで、自らの子は王位継承権第一位を逃した。
この国は何かしらの問題がない限りは生まれ落ちた順に王位が継がれる。
正妃という立場だけではなく、この国の未来を背負う王子の親、国母という名誉まであの女は奪ったのだ。
あの女の子供である第一王子とてメデイアの子に比べれば凡庸と言えよう。
素行も頭の出来も剣術の出来も人よりちょっと秀でているくらい。
魔力に至っては格段にメデイアの子の方が勝っている。
最初こそ魔力制御が出来ずに扱いに困ったものだが優秀な彼はいつの間にか制御出来るようになっていた。
それでこそ私の子だとご褒美になんでも買ってあげなさいと乳母に申しつけておいたのに、彼は何もいらないと返したそうだ。
母に褒めてもらえればそれで良いだなんて伝えられて、その謙虚さに感動すら覚えたほどだ。
その時の喜びようを乳母も後々彼にちゃんと伝えてくれたようで、それからも彼はよく勉学や鍛錬に励んだと聞いている。
なんとも勤勉な子だというのに、生まれた順と言うだけで彼を国王に掲げられないことを残念に思う。
あんな凡庸な王を掲げてはきっと周りを率いることも出来ない愚王に成り下がることは間違いないのに、この国の未来が慮れる。
生まれた順など考慮せずメデイアの子を王太子とすればきっと末永く安泰だというのにそれを決断できない王が本当に残念でならない。
メデイアの子なら民衆の目を惹いて離さないことだってできるのに。
確かに王の血を引いているだけあって第一王子も顔立ちは悪くはないが、メデイアの美貌と合わさった彼には敵わない。
まだ14歳だというのに聡明そうな顔つきに柔らかく揺れる金の髪、そして何よりもあの澄んだ青い目。
遠目から見ても煌めいて見えるあの瞳に心惹かれない者はいないだろう。
メデイアだって血を分けた我が子でなければ心が揺れていたことだろう。
そうしてメデイア自慢のその瞳を思い出していると、メデイアがいる場所から少し離れた場所にもう一つの魅力的な青い瞳がいるのが見えた。
我が子の色よりも少し深い青を持つその人は数か月前から城へ登城し始めたばかりの魔導騎士団の団長だ。
メデイアとしては彼よりそして我が子よりも澄んだ青い目を持つ副団長のほうが好みなのだが、彼も申し分の無いほど顔が整っているので貴族の子女を初めとした国中の女性たちの注目を集めている。
暗鬱とした気分を晴らすのには見目のいい男を眺め話すのがメデイアには一番良い。
一番のお気に入りでないのは口惜しいが彼は今辺境の地へと赴き魔獣討伐と国境警備をしていると聞いた。
なんでも国を守っていた魔女が弱っていたとか死んだとか、そんなことで国境の守りを強化しなければならないと言う。
そもそも魔女に守られていると言うこと自体メデイアは信じていないけれど。
生まれてからこのかた、それこそ側室になってからだってメデイアはその魔女という人物にあったことも無ければ国王を始めとする国の中枢の人から魔女の話は聞いたことが無い。
メデイアの父とて重臣として長年国へ仕えているが見たことも聞いたこともないと言っていた。
魔女の話によって他国から一目置かれているところもあるらしく、無用な戦争を起こさないための布石のようなものなのではないかと父は言っていた。
そしていつまでもそんなことではこの国のためにもならないから何か手を打たなければ、とも。
国を思う父のそんな姿にメデイアは娘としてとても誇らしく思う。
だからきっと魔女が死んだという噂は父の功績によるものなのだろう。
一時的に混乱に陥りはするだろうが、父が統率を図りこの国一丸となればきっと乗り越えることは容易いはずだ。
何はともあれ、遠征へと出ている団員もいるなか四六時中王城へと留まっている彼ならば少しくらいメデイアの相手をできるだろう。
そう思って声を掛けようとしたが、彼が人を連れているのが見えてメデイアは声をかけるのをやめた。
柱の陰になっていて見えなかったが、彼はどうやら女性を二人連れていたようだ。
一人は王城勤めの侍女の格好をした背丈の高い女。
あの侍女服はたしか数少ない王弟宮の仕様だったと記憶している。
式典にも絶対に姿を見せない義理の弟はとても醜いとか、実はもう死んでいるとか、いろいろな噂が飛び交っている。
必要最低限の使用人の中に給仕係もいることからとりあえず生きているらしいのできっと醜いの方が正しいのだろうが、どちらにせよ美しく生まれなかったなんて生きてる価値があるのかしら、とメデイアには不思議でならない。
そしてもう一人は貴族のようだが地味な薄灰色のローブを目深く被っていて顔は見えない。
いかにも訳ありに見えるその女を団長は王城の西側にある王弟宮へとエスコートしていた。
ここ数週間、魔導騎士団が頻繁に王弟宮へと出入りしているのはきっとあの女が関係しているのだろう。
あの麗しの魔導騎士団達を独り占めしているのは気にくわないが、文句を言おうにも三人はすでに王弟宮へ繋がる廊下へと足を踏み入れていて、今メデイアがいる距離から声をかけるのなら相当大きな声を出さなければ呼び止めることはできない。
淑女として大きな声をあげるのははしたない。
誰かを走って行かせようにも今メデイアの側にいるのは侍女のみで、メデイアと同様の理由で彼らを追いかけることはできない。
そうこうしているうちに彼らはメデイアの視界から消えてしまった。
ああ、もう本当に何もかもが思い通りにならない。
仕方がないから部屋に戻り、大人しくあの女と第一王子を追い落とす方法でも考えようとメデイアは踵を返した。




