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6 花園での目覚め





マルブライト王国の王城は険しい北側の山と深い森を背に三方を三つの層ができるような城壁が囲われており、そのそれぞれの層には憩いの場となるようにいくつかの庭園が設けられていた。

城下町に一番近い層にある庭園は市民に開け放たれているためとても賑やかになるが、王城に近くなるほどそこに立ち入れる身分が限られてくるためその雰囲気は厳かなものとなる。

そんな幾つもある庭園のうち、もっとも限られた人物しか入れない場所でもある王城の西側奥の庭園には一つだけ温室が建てられていた。

色とりどりの花が咲き乱れる外庭の中に建つその温室はもはや屋敷と呼べるほどの大きさを持っている。


その温室にバケットを抱えた侍女が一人入っていった。

ガラス張りの天井から差し込む光を受けながら生い茂る草木の合間を縫って彼女は迷うことなく最奥へと進む。

そうして辿り着いた場所には日除けのため白いカーテンで覆われた寝台が一つ置かれている。


何から何まで真っ白に誂えられたその寝台には一人の女性が横たえており、降り注ぐ光の中眠るその姿はまるでこの庭園の妖精のように美しい。

そんな寝台のそばに躊躇うことなく寄った侍女は抱えていたバケットを近くに据えられたテーブルへと置くと、中から複数枚のタオルを丁寧に取り出した。

乾いたものと蒸されたものがある中でまず蒸されたもので女性の顔や身体を拭い、次いで乾いたものでも同じように拭っていくうち、女性の手が僅かに動いたことに気がついた侍女は彼女に向かって声をかける。


「姉様?」

「・・・フロー、ラ?」


その呼びかけに応えるように開かれた瞳に自身が映ったことを確かめて、フローライトは嬉しさに微笑んだ。


「おはよう。気分はどう?」

「いい、とは言えないわね・・・でも、久しぶりにフローラのその格好が見れたのはラッキーかな」

「問題無さそうだね」


数週間は眠っていたというのに、起き抜けそうそう冗談めかしたことを言うスピカにフローライトが眉をつり上げてみせれば、彼女は吐息だけで小さく笑った。

本当はいつものように笑いたいけれど、ずっと眠り続けていた身体はやはり少ししか力が入らないようだった。

それでもスピカは久しぶりにみたフローライトの珍しい格好に、おしゃべりの口を止めようとはしない。


「だって、もう見られないと思ってたんだもん」

「見せることはないと思ってたよ、私も」

「ふふ。ちゃんとした格好をすればこんなにも美しい女性でしかないのに、どうしてみんなフローラを男性だと信じ切れるのかわかんないや」

「そういう魔法かけてるからね。効かないのは姉様とアウインくらいだよ」


心なしかいつもよりも幼い話し方をするスピカの髪を撫でながら、フローライトは魔法を駆使してその場を離れること無くバケットから水差しを取り出した。

そして助け起こしたスピカの口に少しずつ水を注いでやれば、ほどよい冷たさのある水がその喉を潤す感覚に、スピカがほうっとため息をついた。


「ところで、ここは?」

「城の西側の庭園にある温室。庭師が丹精込めて育てた草花が咲き乱れる場所だよ」

「・・・通りで、生命力に充ち満ちてるはずね」


空気を吸い込む度に体中に魔力がめぐる感覚がして、みるみるうちにスピカの体調を回復してくれる。


魔力というのは生きていく上で必要とする以上の生命力のことであると、幾代か前から考えられていた。

人の身体を水瓶で例えたとして、そこになみなみと注がれた水が生きるために必要な力、そしてそこから溢れた分が魔力となる。

普通の人は生きるために膨大な力を必要として余剰が生まれず、それゆえにあまり魔法の使える人がいないのではないかとも考えたのだ。

そのことから魔力は元より自分の身体から溢れたものなのだから、コントロール出来ないはずはないのだ。

そうして育てた子供達はその考えの通り、自分の力をコントロールできるようになり、こうして立派に育っている。

その生命力がどこから湧いてくるものかまでは残念ながらまだスピカにはわかっていないが、どうやらその考えは正しいようだと歴代の魔女の知恵にスピカは感謝した。

この知識がなければスピカはこの計画に乗ろうとは思わなかったし、正しかったからこそこうして生き延びることができたのだから。


魔力=生命力という考え方は人以外の生き物でも同じで、それが顕著に表れるのが植物である。

豊富な水と太陽、そして程よい障害によって育った草花には魔力が宿る。

人の世界でも丹精に育てられたものほど魔力を帯びやすくなるため、徹底した管理はポーションを作る上で大事な行程となる。

この庭園の花々は魔力に満ち溢れていることから、大事に育てられていることがよくわかる。

庭師にも感謝しなくてはね、と微笑んだスピカにフローライトも泣きそうな顔で笑いながら頷いた。


「フローライトも、ありがとう。あなたのおかげで還ってこられたわ」


そんな顔を見て、真の立役者と言っていいフローライトにまだお礼を言っていなかったことに気が付いてそう礼を述べれば、ついに耐え切れなくなった彼女は子供のように声をあげて泣き始めてしまった。

今回スピカの使った仮死の術は発動させる術者とそれを補助するもう一人の術者が必要で、禁術と言ってもいいほどに危険を伴うものだった。

スピカの生命力をギリギリまで空にして、それによって死んでしまうことのないように彼女の生命力の一部を預かり、肢体が朽ち始める前に迅速に返す。

そしてさらにそこから回復させていくために魔力を注ぎ続けなければならなかったフローライトは目に見えて憔悴していて、本当に酷な役回りをさせてしまったと泣きすがる彼女が泣き止むまでスピカはずっと抱きしめていた。





「それにしても、城内でそんな格好して大丈夫なの?」

「だから、わかるのは姉様かアウインくらいなんだってば。他の人は同一人物だなんて思いもしないよ」

「節穴だらけだこと」


しばらく泣いてすっかり外行きの顔を外したフローライトは泣き止んでもなお抱き着いたままで、そんな彼女の頭をスピカは愛おしそうに撫で続けた。


普段は男性として城の中で過ごしているが、実際のところフローライト、スピネル、アンデシンの三人の性別は女性である。

魔導騎士として登城することになった時、当然のように仲間と同じ衣装を選んだのは機能性を考えての事だったが、それがフローライトには思わぬ誤算を生んでしまうこととなった。


もともと顔が良く人当たりも良いうえに女性であるが為に女性の望む言葉をよくわかっていたからか、たった一度きりの受け答えだけであろうとも軒並み貴婦人たちの心を射止めてしまったのだ。

その時はまだ男性として動くつもりはなかったために魔法も何も施していなかったのにも関わらず、だ。

しかし利用できるものは利用しようという生来の性格でもって、思わぬ事態にも関わらず彼女はそれを好機とばかりに自身に性別を偽る魔法を施し、紳士的に振る舞うようにしていた。


それはスピネルとアンデシンも同様で、スピネルは元々の粗野な性格と言動のためアンデシンも快活で大雑把な性格によって女性という認識を得られなかったことで男性として勤めることに決めたのだが、彼女たち二人はフローライトほど困った事態には陥っていない。

そしてそれぞれその振る舞いがあまりにも自然なせいで、魔法の効果も相まってときどき仲間やお互いでさえも彼女たちの性別を忘れてしまうほどで、決して惑わされないのは彼女たちよりも魔力の高いスピカかフローライトと共に一番長く魔女の元で過ごしているアウイナイトくらいなものだった。


「実際気づかれない方が助かるよ。もし『魔導騎士団のフローライト』がずっと王城にいる、なんてことが知れたらきっと私は城のあっちこっちで捕まってこうして姉様の面倒なんて見れてないからね」

「あまり支障があるようなら陛下に進言なさいね?」

「それが、そこのところをうまいことやるから城の女は怖いね」

「あらまあ」


ふて腐れたように唇を尖らせて困ったものだと漏らすフローライトにスピカは目を見張った。

その言い方では何度か進言しているのだが改善がみられないということなのだろう。

現王は愚かではないのできっとそれなりに動いてくれているのだろうが、女たちのずる賢さの方が一枚上手と言うことなのかも知れない。

今のところ王城の女性たちの頂点である王妃がまともな思考であるために最悪の事態を免れているが、一歩間違えば側室やその周囲の女たちの手玉に取られて愚王となっていることだろう。


「そんなに酷いの?ここの女性たちは」

「たちっていうか、本当に酷いのは一人だけど」

「ああ、なるほど」


もううんざりだとため息をついてフローライトはさらに甘えるようにその膝元に顔を埋めた。

その頭を慰めるように撫でながら、かの女性の人となりを思い出す。


「メデイア妃はたしかオルドミズ侯爵のご息女だったわね。国王がまだ王太子でもない頃にお茶会で会ったことがあるわ・・・なかなか熾烈な人だったけど、相変わらずなのね」

「熾烈って言葉でおさめて良いの?あれ」


そのお茶会というのもスピカが領地へと移り住む切っ掛けとも言えるあの婚約者候補の選定のお茶会だ。

実はあのお茶会へスピカが招待されたのは婚約者候補としてではなく次代の魔女として内密に王家へと紹介するためだったと言うことを、あとあとになって父親から聞かせられた。

だったら最初からそう言ってくれればスピカだってもう少し身の振りを変えてお茶会を楽しめたのに、といまだに蒸し返しては父に恨み言を言っているくらいあのお茶会は悲惨だった。

そのせいで最初で最後の公のお茶会の思い出が散々なものとして彼女の記憶の中に残ってしまっているのだから安いものだと思って欲しいと思っている。


そしてそんな散々な思い出の中で一番強く残っているのがメデイア妃こと元オルドミズ侯爵家令嬢だった。

周りの少女たちへの牽制のえげつないことこの上なし。

さすがに高位の爵位を持つ令嬢には直接手は出せなかったものの、より低位の令嬢には多少痛めつけることくらい平気なようだった。

なんとしても王子妃の座を得ようという強い意志がそこには感じられたが、手段としてはあまり褒められたものではない。


さらに言えば未来の国母となるには些か我が強すぎる。

何が何でも自分が一番でなければ気が済まないというのが言動からにじみ出ていたし、なんだったら『王子に相応しいのは私』ではなく『私に相応しいのは王子くらいじゃないと』と思っていそうなほど自己顕示欲の強い令嬢だった。


ちなみに現国王のウィリアムが立太子を賜る直前のスピカとのお茶会の時に先触れなく登城して金切り声で喚いていたのが彼女だ。

おおよそ淑女とは言えない姿を目の当たりにしたのはスピカとウィリアムだけではなく、仕事のために登城していた他の有力貴族たちもそれを目にしている。

だからこそ国王の次に権力を持つ正妃には彼女ではなく、リリーベル・ワイト侯爵令嬢が選ばれた。

リリーベル妃は温和な物腰でも確かな強かさを持ち、どんな不正も許さない正眼の持ち主として賢妃と国民から慕われている。


「正妃になれなかったことでもっと悪化したのかもね」

「あれが正妃だったらこの世の終わりだね」

「フローラ、お口が悪い。・・・でも、フローラが彼女を生理的に無理、と感じるのは理解出来るわ」

「姉様もあの人嫌い?」

「嫌いかどうかというほど知らないわ・・・まあ、出来るならこれ以上知ることもなく二度と関わりたくはないわね」

「それを嫌いって言うのでは?」


フローライトの言う通りだとスピカもわかっているのだが、魔女として自身の発言が余計な火種となる可能性もあることもわかっているので致しかたなく明言を避けた。


事実、スピカはメデイア妃の一番初めの被害者でもあるために彼女のことを好きになれはしない。

自分が王妃になどなれる器でもないと理解していたスピカだったが、それなりに王家や他の令嬢との交流に期待をしていったのだ。

しかし先に言った通りお茶会での彼女の立場は次代の魔女であり、それは王太子の婚約者候補よりも揺るぎないものだった。

だから王家側の反応はとても快いものであったのだが、それがどうやら王家に気に入られて他の候補者よりも一歩リードしたように見えたのか、メデイア妃の最初の標的となってしまったのである。

髪色のせいかと思っていたのは完全なるスピカの勘違いだったのだ。


そうして始まった嘲笑に誹謗、近くの令嬢に命令して熱い紅茶をかけるなどしたあげく最終的には嘘までついて多くの令嬢をたきつけてスピカの存在を無い物とした。

メデイア妃の家の爵位は侯爵、公爵家には年頃な令嬢がいなかったために他の候補者はメデイア妃よりも下位の令嬢しかいなかった。

ここでメデイア妃に目を付けられて後々家ごと因縁でも付けられては溜まったものではないと他の令嬢たちはメデイア妃に加勢してしまったのだ。

一度でも一人の令嬢の言いなりになった時点で自分たちがその令嬢に勝ち目が無くなったということに気がつけるほど令嬢たちは賢くはなかったのだろう。


その日以来スピカは公式のお茶会に出ていないので実際には知らないが、スピカの引きこもり令嬢の噂を流したのもメデイア妃であり、それ以降のお茶会でも同じように標的を決めてはいじめ抜いていたと王城勤めの兄や懇意にしてくれている貴族令息令嬢から聞いている。


ちなみにリリーベル妃は身内の不幸があって喪に服していたために最初からしばらくの間のお茶会には参加していなかったのだが、もし彼女が初めからいたのならそれまでのメデイア妃の行動にもう少し抑えられていたかもしれない。

実際一人出遅れての参加以来リリーベル妃はメデイア妃の行動を窘めていたらしく、それが現在も続いているようなものだった。

そんなリリーベル妃をメデイア妃が目の敵にしない訳もなく、最初の挨拶が遅れていながら正妃の座を奪われたことも、メデイア妃にとっては面白くないことだったのだろう。


「でも、あの頃はまだ陛下に一途だったと思えたけど、いつからそれほど好色になってしまったのやら・・・」

「アンデの話だと、陛下の寵愛が受けられず寂しくて、と切り捨てた男たちに言ってすり寄っていたようだよ」

「ふふふ、ご自分の行動を振り返ってご覧なさい?と言いたくなるわね」

「もし私が本当に男であってもあんな女選びたくはないね。貴族内のパワーバランスのために娶ることになった陛下には同情すら湧いてくるもん」


不敬と取られてもおかしくないことを言うフローライトの口元に指を添えて黙らせたスピカは、それでも直接たしなめることなく笑うだけだった。

フローライトがここまで明け透けに言い放つのは王弟の宮内という限られた人しか入ることの許されない場所だからであり、抜け目ないフローライトはさらにスピカが目を覚ました瞬間に防音と部外者探知の魔法も温室にかけていたので今この温室は下手な砦よりも安全な場所になっている。

庭園の花々のおかげで身体の調子も魔力も取り戻しつつあるスピカもそれがわかったために今までの鬱憤をはらすように好きなように言わせている。


「求めているのはもはや陛下の寵愛、というわけでは無いのでしょうね」

「色狂い以外何者でもないね。いい男を侍らせることで少しでも正妃様への優越感を感じたいのかも知れないね」


そんな馬鹿みたいな理由で侍らされたうえ、飽きたら捨てられた男性たちが不憫でならない。

実際には自ら進んで相手をした人は自業自得なので彼女の言うまま処分したが、ちゃんと調べた上で本人の意に反して傍につかされた者は内密に不問としている。

そして少しでも被害が減るようにとリリーベル妃によって後宮と後宮近くの王城内の使用人はそれとなく定期的に入れ替えられているのだそうだ。


しかしそんなことはいざ知らず、いまだに見た目のいい男を侍らせたがるメデイア妃は魔導騎士たちのことも手に入れたいようで、あの手この手で誘い出そうとしている。

ここのところも彼らが西側の庭園に出入りしていることに目敏くも気がついたメデイア妃が何度か彼らを捕まえようとしているのだが、そこはそううまくはいかない。


実を言えばこの王城の西側という場所は王弟の住まう場所なので例え国王の側室であろうとも無闇には立ち入ることは出来ない。

むしろ側室であるからこそ立ち入れない。

ここに入れる女性は王弟妃となる者か、年嵩もしくはお手つきとなっても問題のない独身の侍女くらいなもの。

スピカとフローライトもそれには含まれないが、今回の場合は特別な事情であるため王弟宮内に留まっている。


そんな場所へ側室とは言えこの国の最高権力者である王へと一応操を捧げたはずのメデイア妃が入れるはずもなく、入ったが最後、もしその時期に身ごもりでもしたとき、それが国王の子なのか王弟の子なのかを疑われかねないからだ。

本来ならそれと同じ理由で男を侍らすことも出来ないはずだが、なんとメデイア妃はそれを正正堂堂と彼らはただの使用人だと言い切っているという。

なんとも厚顔無恥で悪質な女性になったものであるとスピカが眉根をよせてしまうのも仕方がないだろう。


「大臣の中には第二王子が本当に血脈か疑わしいのではないか、という人も出てきているみたい」

「一応、第二王子殿下に面会を取り次いでもらえるように王弟殿下へ伝えてちょうだい。面会が無理でも、一目見るだけでもかまわないわ。」

「かしこまりました」




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