5 襲撃
スピカが寝覚めよく目を開いたと同時に、彼女の寝室の扉が控えめに開かれた。
薄く開けた扉の隙間から滑り込むように入ってきた陰に彼女は声をかける。
「スピネル・・・本当に来ちゃったのね」
「うん。まだ森に入った辺りだけど、真っ直ぐここに向かえてるってことは強い魔道具を駆使してる。たぶん、魔女対策を可能の限りしてるんじゃない?」
「あら、弱体化を疑っての行動ではないの?」
「わかってるくせに」
敵の思惑なんて知っていてわざととぼけてみせる師の姿にスピネルは苦笑を浮かべながらクローゼットを開けて持ち込んだ袋へと無造作に衣類を入れていく。
その袋は見たところ小さめなのに全く膨らんでいかない所を見るとあらかじめ空間魔法の類いをかけていたことがわかったため、スピカも手放したくないものをそこに放り込んでいく。
もぬけの殻では支障があるだろうとある程度残して袋に詰めたあと、すぐに館の奥にある一室へと足を向け、そこで複数の年若い男女に指示を飛ばしている青年に声をかけた。
「ルベライト」
「姉さん、準備は終えてる。元々弟子以外の制御だけの子達は孤児院に帰してたし、今ここに居るのが全員だ」
「ありがとう」
事前に備えるように言っていたとはいえ、特に多くを言わなくてもしっかりとこなしてみせる弟子に満足げに頷いたスピカは集められた残りの弟子たちに目を配る。
館に残っていた14.5人ほどの子はスピカが魔力制御や魔法強化に申し分ないと判断した子達で、この夜中の奇襲にも落ち着いているようには見えたが、その瞳はやはり動揺に揺れているのが見て取れた。
「心配しないで。今から貴方たちは安全な場所に送るわ。あちらにはクロムスフェーンとアイオナイトがいるから、彼らの指示をしっかりと聞いて守りなさい」
「お姉様は?」
「いろいろとしなくてはいけないことがあるの。大丈夫よ、騎士の子達が私についていてくれるから、何も心配することはないわ。だからきっと嫌な話を聞くことになっても私の事を信じていてね?」
「はい、お姉様・・・お気を付けて」
素直に返事をしてスピカの心配までするかわいい弟子達に、良い子、と微笑んで部屋の中央へと立つように促す。
そしてスピカがその足元へと魔力を送ると静かな光が彼らを包み込み、やがて沫のように消えていった。
その光が完全に消えた頃、外の様子を見に行っていたスピネルとルベライトがスピカの元に戻ってきた。
「姉さん、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫かどうかはわからないわね。でも信じるしかないでしょう」
「見たこともない奴をどうやって信じろって言うんだよ」
「あの子達が持って来た書状にあった印章は本物だったわ。マルブライトの血脈が国を守るために協力しろというのなら謹んで受ける。それが魔女シルヴィアなの。文句があるなら出て行きなさい、ルベライト」
「文句はないよ。危険なことをしようとしてることに怒っているだけ」
それを文句というのだが、今ここでそれを指摘してもスピカに関しては感情の起伏の激しくなるルベライトにとっては逆効果だろう。
スピカは彼の複雑な心境を汲み、それ以上は触れないことにして館の外の気配を探った。
スピネルの言った通り、森に施されたまじないをものともせずに館へと向かってくるところをみると、本気で魔女対策をしてきているのだろう。
ちらほらと魔力が高そうな人間も仲間にくわえているようだった。
先代は魔力持ちの育成はしていなかったし、スピカも自分以上の年齢の教育はしていない。
とすれば彼らは個人で魔力を制したもの、もしくは他国から買われてきたものということだろう。
そんな人がいるならばもっと国の防衛などに使えば良いのに、なかなかどうして中途半端な権力者というのは類い希なる力を私利私欲に使ってしまうのか。
少しは国王を見習いなさいと叱りたくなってしまうのは、未婚でありながらこの十数年で教育してきた子供の数が30を越えるからだろうか。
年を負う毎にババ臭くなるなと過去に笑われたことを思い出してさらに腹が立ってしまったスピカは、ちょうど傍らにいた発言の張本人であるルベライトの頭を引っぱたいた。
「いった!何!?」
「ああごめんなさい?ババ臭いって言われたことを思い出して腹立っちゃった」
「いつの話だよ!?」
「まあそんなことは置いておいて、ルベライト。貴方は退路を確保して見つからないように潜んでいて。スピネル、貴方は私が倒れたあと一時的に結界の代わりをする準備をしておいてちょうだい」
「アタシに結界張れって?本気で言ってる?密偵も魔獣も入り放題になるよ?」
喚くルベライトを片手でいなしながら飛ばされた指示にスピネルは目を見張った。
スピカに託された子供達の中でも特に魔力が高い子達は魔力制御の方法だけではなく生活魔法以上の魔法も使えるように教えられている。
攻撃魔法や防御魔法、補助魔法などあらゆるものを可能な限り教えられはするが、やはりそれぞれに得手不得手ができてしまう。
スピネルとルベライトは攻撃魔法が得意であり、最悪の場合残った弟子たちをかばいながらでも戦えることから今回はスピカの側に身を置いていた。
逆に防御や補助強化魔法が得意なのが年若い弟子たちの転送先に待機しているクロムスフェーンとアイオナイト、回復魔法や空間魔法が得意なのがアンデシン、そしてアウイナイトとフローライトは少し特殊な性質を持っているためかどの魔法もオールラウンドにこなしてしまう。
もちろん他の魔法が全く使えないわけではないが、空間魔法と防御魔法を織り交ぜなければならない結界を張り続けられるほどスピネルは自分を器用だなんて思っていない。
「結界を張れだなんて言ってない。探知魔法で見つけて叩き出せば良いの。攻撃は最大の防御よ。この際魔獣は放って置いていいわ。密偵を追い返すことだけに集中してちょうだい。少しは魔女のありがたみを思い出させてやれば良いのよ」
「・・・姉さん実は結構怒ってる?」
当たり前でしょ!と常よりも声を荒げたあと、よろしくと言い置いたスピカは玄関へと走り出す。
気配からしてもうすでに館の周囲を取り囲んでいるはずだ。
普通襲撃者は正面切ってなんて入っては来ないだろうが、そこは魔女として予定調和とでも言うように出迎えてあげようと思い玄関を大きな音を立てながら開けてやる。
けれどその開け放たれた襲撃者の目の前に現れたのは、スピカとは似ても似つかない腰の曲がった老婆だった。
滅多なことではその姿を現さない森の魔女。
スピカや先代どころかその三代くらい前から結局一度も公には姿を見せたことはなかったので、今生きている人に魔女の容貌を知る人はいるはずもない。
そして本当の姿を見せてやるほどスピカもお人好しではなかった。
「おやおや、こんばんは。こんな夜更けに何用かね?」
嗄れた声に鋭い目、おおよその人が恐ろしい魔女と想像する容貌に、例によって魔女シルヴィアの姿を知らない襲撃者たちは気を張りつめた。
相手は魔女だからと一瞬の隙も見せないように。
けれど事はあっけないほどに、早く片がついてしまった。
もちろん易々と言うほどでは無いにしろ魔道具やら何やらを駆使した結果、思いの外襲撃者たちは被害もないままに魔女を斃すことが出来てしまった。
あまりにもあっけなさすぎて最初はまだ生きているんじゃないかと疑いもしたが、脈がないことを確認したうえで持たされていた生命力の有無を見る魔道具でも確認し、完全に事切れていることを確信した彼らはようやく本当に魔女の力は衰えていたのだと雇い主の言葉を信じた。
ならば彼らの言っていたことは本当のことで、自分たちは国の未来のために良いことをしたと自らを誇った。
そして自身の火の不始末によって館が燃えていることに老齢の魔女は気がつくことができず、弱体化のため身を守る術もなく死んだ、というなんとも稚拙でいて最もらしいシナリオを作るために彼らは館に火を放って森から逃げていく。
そんな彼らの最大のミスはもちろん従うべき人を間違えたことだが、次におかした大きなミスは放火の前に金目のものを探して魔女から一時でも目を離したことだろう。
森全体に広がる鼻につく煙の匂いに顔を歪めながらルベライトは抱えたスピカの身体を開けた場所に降ろした。
館に放たれた炎は不自然ではない範囲以上周りの森に燃え広がらないように消える魔法をかけてきているからこの場まで火の手がまわることはないだろう。
力が抜けずっしりと重いスピカの姿は先ほどまでの老婆の姿はしていない。
けれどその体中には大小さまざまな傷が数え切れないほどあり、顔色からは血の気が引き、触れた首筋も脈動を感じることは出来なかった。
全ては計画通りとは言え、ルベライトは悔しさに唇を噛む。
ただひたむきに、全身全霊を込めてこの国を守ってきたと言うのに、たった一部の人のみとはいえこうして裏切られることの哀しみはどれほどか。
優しい師はそんな素振りを弟子たちには一切見せはしなかったが、あの晴れやかな笑みの下に渦巻いていただろう悲しみを考えれば、どうにもやりきれない気持ちになった。
本当はこの計画を提示した尊き立場にある人物のこともルベライトは信用しきれていない。
一歩間違えば本当にスピカを死なせてしまうこの計画を彼女の元に持って帰って来た兄弟子たちにも、彼は怒りを覚えていたほどだ。
スピカの膨大な魔力、そして彼女と引けをとらない魔力をもつフローライトありきの計画に何故そんなことをしろと言えるのか、殴りかかってでも責めなかったことをいまだに後悔している。
二人を信じていないわけではないが、この先一生ルベライトはこの出来事に納得することはないだろう。
魔力が高いせいで親にまで気味悪がられ捨てられ、事実上孤児院からも見放されたとも言える自分たちを親のように叱り、導き、愛してくれたたった一人の人を何故こんな目にあわせなければならないのか。
このままスピカが目覚めなかったらと思うと不安で、泣きそうですらあったルベライトの耳に微かな足音が届いた。
聞き慣れた兄弟たちのものとは違う足音に、ルベライトは腰に下げていた剣を手にして構えた。
「そこにいるのはルベライト、であってるか?」
「・・・誰だ」
「アウイナイトとフローライトの使いだ」
「あ?」
ルベライトが警戒していることを知ってか両手を挙げたまま草木を割って現れた男はルベライトが見たことのない男だったが、男の方は彼を知っているらしく、その口から出た名前に彼は顔を顰めて見せた。
本来ならばここに来るはずの二人だったからだ。
「悪いがアウイナイトとフローライトが城で足止めを食らってしまってここには来られなくなった。だから俺が代わりに来た」
「足止めって、」
「メデイア妃がフローライトをこんな夜中だというのに待ち伏せしていたんだ。当たり障りのないように逃げようとしたが難しくて結局詰め所に戻ることに。その状況でフローライトを一人にはできないからと計画を知っている俺が代わりにここへ」
「・・・何故、計画を知っている?」
「王家側の者だから、といえば納得できるか?」
男の口から出た人物にルベライトは相手のことをさらに注意深くみる。
今回の計画を提案したのは王弟だ。
その配下ならば計画を知っていてもおかしくはないが、そもそもその王弟自身が存在するものなのかどうかも疑わしかった。
幼少の頃はもちろん姿を見せてはいたが、ここ数年は公的行事においてその姿を見た人がいないのだ。
ゆえに、すでに亡くなっているのではないかという噂が城下でも密かに共有されている。
けれど王家が正式に発表しないこと、そしてたびたび政令発布者に王弟の名があがることで様々な憶測が飛び交ってもいた。
そんな不確かさにより利用されやすい存在のお方だからこそ、そう簡単に信じるわけにはいかないと弟子たちはスピカに主張もしたが、王弟自身かどうかは置いておいても書状に残された気配の残骸は正しく王家のものであると断言されたことで従うこととなった。
だからといってこの目の前の男も王家側を語る不届き者でない可能性は拭えない。
しかし見る限り目の前の男の魔力は自分と比べればほぼないといってもいいくらいで、何かあったとしても勝算はあるとルベライトは構えていた剣を降ろした。
そもそも敵対するものならば先に森に潜んでいるスピネルに狩られているだろう。
それでももちろん完全に警戒を解いたわけではないから、いつでも構えられるようには気を張っておくが、それを相手もわかっているのかあげていた手を下ろして二人の方へと近づいてきた。
「っ、スピカ嬢・・・」
そうしてようやく目に入ったらしい足元の物言わぬスピカの顔を見て一瞬動揺に顔を歪めた男にルベライトは驚いた。
森に住みはじめた頃は街に出ることも多かったらしいが、弟子をとるようになってからのスピカはほとんど森から出ることも無くなっていた。
そんなスピカの顔を知っている者は弟子以外には国王夫妻と彼女の家族くらいしかいないはずなのに、この男は迷うことなく彼女の名を呼んだ。
「知っているのか?」
「・・・時々、彼女の元へと関係するだろう噂を運んでいた」
「ふうん?」
絞り出したような声に、ルベライトは疑わしげな視線を投げかける。
嘘は言ってはいないだろうが、それが全てというわけでもないだろう。
そういえば頻繁にスピカのもとに通っている男がいると妹分たちが話していたことも思い出し、それがこの男だと推測を立てた。
その気になれば森からはじき出すことも出来ただろうスピカが受け入れていたと言うのなら、ルベライトもこの男を信じるしかない。
「なんて呼べばいい?」
「スピカ嬢にはオリヴァーと名乗っていた」
「んな不敬な」
思ったままに口にしたルベライトにオリヴァーは仕方ないだろうと苦笑するしかなかった。
オリヴァーにだっていろいろと名乗ることが出来ない事情があるのだが、そう言い訳をせずともルベライトは興味が無いらしく、木の根元に隠してあった袋から外套を取り出し、スピカの全身を覆うように包み込んだ。
「悪いが俺は転移魔法も隠匿魔法もうまく使えないんだ。だからアウイナイトかフローライトと合流することになってた。代わりに寄越されたっていうなら、何か手があるんだろ?」
「限られた者しか知らない経路を使う。ただ仕掛けも多いから、スピカ嬢のことは頼む」
その言葉に言われなくてもと頷いて見せたルベライトにオリヴァーもまた頷き返し、魔女を匿う場所へと二人を案内しはじめた。




