9 マルブライトの国王
まず始めに影、そして正式な報告として宰相からことの次第を聞いた国王は最悪の事態に頭を抱えた。
頼むからなんの問題も起こしてくれるなと彼女が後宮に入った時から願い続けて子供が成人近くまで成長するまでに至ったのだから持ったほうなのかも知れない。
それでも、国内を乱す手段を選んだあの親子のことを国王オリヴァー=ウィリアム・マルブラウトは恨まずにはいられなかった。
「兄上は悪く無い」
「オスカー」
宰相を下げて一人きりになったはずの執務室に王家に生まれた者だけが知りうる隠し通路から入ってきたのはウィリアムの弟であるオスカーだった。
オスカーが人前に姿を現さなくなってからすでに十数年経っており、その徹底ぶりから名前だけが残されすでにこの世を去っているのではないかと市井どころか貴族でも噂されている。
ウィリアムが立太子する少し前から表舞台を退き、陰からウィリアムを支えてくれていたのは他でもないこのオスカーだというのに、何度一度くらいは臣民の前にその姿を見せろと説得してもこの頑固な弟は首を縦には振らないのだ。
「全ての責任は私に」
「そんなわけはないだろう」
「いいえ、彼らを巻き込んだことはあの計画の発案者である私の責任であり、こうなることを予期できなかったことも私の責任です」
「アレが引き金になったにしても全ての原因というわけじゃない。元よりメデイアはもうずっとリリーベルとアーノルドを憎んでいたのだから、それを御せなかったのは夫である私の責任だ。夫婦間の罪まで背負ってくれるな」
「兄上・・・」
とはいえどうせ責任の所在などこちらにはありはしないだろう。
全ては権力に目が眩んだあの父親と、そんな父を疑いもせずいつまでも大人になれなかった愚かな娘が引き起こしたこと。
誰かが責を負うべきだというのなら、それはあの親子に他ならない。
そんなことよりも考えるべきはここから先どうするべきか。
「アーノルドはいいとして、リリーベルを守らねば。彼女は王家に嫁いできたが初代の血を受け継いでるわけではない。矛先が向いてはまずい」
「シルヴィア様からはリリーベル様には魔女がついているからご案じなされますな、と」
「そうか、良かった・・・」
彼女を傷つけることになるのは、ウィリアムだけではなく王家に近しい者も望んではいない。
王妃であるリリーベルとはよくある政略結婚ということになっているが、立太子前に誂えられた婚約者候補の中からウィリアム自らが充分に適正を見極めて選んだ妃であり、実質その過程で惚れ込んだ女性でもあった。
婚約後もお互いに親睦を深め、結婚してからも様々な問題をウィリアムと共に悩み最良の策を考え、いつ何時も国王を立ててくれた彼女を今さら失うなど考えられはしない。
他国ならば後継者となる第一王子であるアーノルドの身の安全を第一に考えなければならないだろうが、こちらは魔女の加護により心配することは何もない。
魔女との契約が続く限り、正当なる血統の王族は何者にも傷を負わされることなどありはしないのだから。
「孤児院のほうは」
「孤児院に残る多くの子供達は魔力制御を覚えさせられただけで返されており、弟子として魔女の元に残った者の所在は孤児院の関係者は知らないと答えているとのことです」
「買収されていたらと考えていたが、そこまで落ちぶれてはいないということか」
「もしくは、魔女とその弟子達の恐ろしさを身を持って知っているかですね。彼女の教え子達は総じて彼女のことを深く愛しているようですから」
「そうであろうな」
ここ数日だけでも彼女の周りとその様子を見ていれば全ての弟子との関係がこうなのだろうことはよくわかる。
傷だらけの身体を泣きながら治す姿、目覚める気配のない師の世話をつきっきりでする姿、目覚めたあとの安堵の顔、回復に向かうにつれ増える笑い声。
彼女を取り巻く柔らかな空気に師弟、そして血の繋がりを越えた絆があることをウィリアムたちに知らしめている。
「血の繋がりはなくとも築けるものを、正真正銘血を分けた親子が築けないなんて、皮肉なものだな・・・」
「一番可哀想なのは、結果的に駒として使われたラルフレッドでしょう。命には別状はありませんが今は自室にて面会を謝絶しております」
「黒幕が誰であるかは、」
「団長の拘束を先んじて騎士団に知らせ、身代わりを立てる時間を与えたのがラルフレッドの影ですので」
つまり、ラルフレッドは襲撃とショックを受けてただ引きこもっているわけではないということだ。
祖父と母が何をしようとしているのかを察した彼は、これ以上彼らの駒として使われることのないように身の安全を図りながらもそれに賛同する意志はないというメッセージを込めて自身の影を王弟側へと送った。
まだ成人前だというのに、あのメデイアの子とは思えないほど賢明な子に思える。
祖父と母の愚かな行いがなければ、国王にはなれずともオスカーのように国王の手の届かない場所への手足となって暗躍する未来はあったかもしれないだろうに、一人の優秀な若人の未来が奪われてしまったのかと思うと悔しくなる。
「これからどのようにことを運ぼうとしているのだろうな」
「さあ?どうでしょうね。しかし、こちらの手札ははじめから揃っております。シルヴィア様も変わらず陛下についていてくださっていますし、どう足掻いても彼らには破滅の未来しか残されてはいないでしょう」
「本来ならば魔女の手を借りずとも済ませなければならない問題だったと思うと、自分が情けなくなるな」
この国においての魔女シルヴィアの本来の役割は初代国王オリヴァーと王妃カトレアの血脈を守ること、ただそれだけのはずである。
国を守ることは初代の王妃カトレアが望んだからという、魔女の完全なる厚意でしかないのだ。
ロマンスの含まれる物語のほうが万人に受けるためか他国に伝わる多くの伝記には三人の関係性に恋物語が脚色された物が多い。
一番多いのはカトレアとシルヴィアのオリヴァーをめぐる恋模様なのだが、王家に伝わる正当な伝承ではオリヴァーとシルヴィアには色恋の類いの感情は一切無く、むしろカトレアを守る同士のような位置づけである。
建国当時のマルブライト王国は国内外において不安定な部分があり、それによるカトレアの身にも危険が及ぶこともしばしばあった。
その都度シルヴィアによって守られていたが、カトレアは自分だけがそれを享受することを良しとはせず、自分よりも国民を守ることを願ったのだ。
どのようにするかはシルヴィアとオリヴァーとカトレアの三人の間で長く話し合いがされたらしいが、結局はシルヴィアが国防を手伝い、オリヴァーがカトレアを守ることとなったと記されている。
どうしてそれほどまでにシルヴィアがカトレアに傾倒していたのかまでは明記されていないためにわからないが、魔女の加護の契約というのはシルヴィアがオリヴァーにカトレアを任せるための一つの条件とも言える。
そうした経緯でもって魔女は今でも二人の子孫を守り続けているのだが、契約によって守られるのは血筋だけのこと。
カトレアが望んだことだから初代シルヴィアは彼らの国全体も守ることを約束し、なんの不利益もないことから代々の魔女もそれに倣って守ってきていたが、それはあくまでもただの約束なのだ。
約束は契約とは違いなんの拘束力も無い。
ゆえに魔女には国を守る義務は無い。
最悪、国が崩壊しようが二人の血筋が守れればそれでいいということにもなる。
国を、そして王位を守るために奮闘しなければならないのは今も昔も変わることなく国王なのであり、その中に魔女を巻き込むべきではない。
「兄上が何かを間違えたとするならば、政治的に仕方がなかったとは言えはメデイア・オルドミズを側室に迎え、侯爵を図に乗らせたことでしょうね」
「それではもう最初からこの結末は決まっていたと言うことではないか」
「いいえ。もしオルドミズ侯爵が魔女の偉大さに気がついていたのなら、そしてそれでいて国防のあり方に疑問を呈し真剣に取り組んでいたのならば、もしメデイア妃が自分の考えの愚かさに気がついていたのなら、そして恨みではなく愛情を我が子に注いでいたのなら、変わっていたことでしょう」
「そんなもしもの話、意味がない」
「ええ、だから兄上は過去を悔いるのはやめて、国王としてどう対処してどのように変えていくのかを考えるべきです」
もう選択を間違えることはできない。
王家の伝承にある本当の魔女の加護の契約は「契約対象者をオリヴァー・マルブラウトとカトレア・マルブライトの血を受け継ぎし者とし、対象者に危害を加えるだろうと魔女により判断された者から守る」なのである。
そこに裁定者である魔女自身は含まれない。
つまり、魔女が後継者に不信を抱いた時、その気になればその者を殺してしまうことだって出来てしまう。
だから魔女を失望させてはならない。
魔女が失望するような政を行っているようでは良き王とはなれない。
それがマルブライトを継ぐ者だけに口伝えのみで受け継がれる言葉だ。
それだけ魔女の加護は篤く、同時に自分たちにとって鋭利なものなのである。
「今回の計画は王弟である私が発案したものであり、国王陛下はしぶしぶ了承したものです」
「魔女がそれで良しとしてくれると思うか?」
「それは折り込み済みで了承していただいてますから、シルヴィア様はそこを言及しませんよ」
「やっぱり、お前が王位を継ぐべきだったと思う」
「馬鹿なこと言わないで下さいよ」
そんなの死んでもいやです。とオスカーはウィリアムとよく似た翡翠の瞳をすぼめて笑う。
ウィリアムが正当な継承者であることは間違いは無い。
しかし、実の弟であるオスカーも同じだけの条件と才を持っていた。
むしろ年齢を考えれば同時期にウィリアムと同じ能力を持っていたオスカーのほうが王位に相応しいと考えられただろう。
よほどのことがない限り王位は生まれた順であっても、才のある方がなるべきものと考えるのは国を動かす者たちにとっても共通の認識だった。
それでも王位はウィリアムが継いだ。
オスカーがそうなるように仕向けたのだ。
「玉座に縛り付けられるなんて、絶対に嫌だね」
貴族の放蕩息子のような出で立ちをしたオスカーは、そう軽い口調で言い置いて元来た道に戻っていったのだった。




