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19 魔女との約束






数日後、王家から発令された知らせに多くの国民は息を飲み、嘆き悲しんだ。

側室メデイアの責務と育児の放棄、度重なる愚行は国民の多くは水面下にて周知していたことで、オルドミズ侯爵の職務怠慢もまた然り。

しかしラルフレッドにおいては第一王子アーノルドと共に国民に近しい場所で彼らと共に悩み、多くをなしてきたことを知らぬ人の方が少ないほどで、優しい彼は身内の罪に耐えられなかったのだろうと彼の自責の死を悼む声がそこかしこからあげられた。


それだけ彼の存在は国民にとっては大きかったということで、それは王家も同じであると意思を示すために服喪期間は設けなくとも王家と同様の葬儀と献杯の議を執り行うことに決めた。

本来ならば戦争や国の発展へ多大なる貢献をしたものへと向けられる献杯は、王家でも貴族でもなかったものにはされたことはない。

しかし、彼のそれまでの貢献、そして自らの母の告発に敬意を表すとして国王自らが率先して議会へと通した。

もちろんそれを止める者はおらず、満場一致のまま恙なく取り仕切られた葬儀にて彼は神の御許へと送られたのだった。


それから服喪期間は設けないとはいえ、そうすぐに気持ちが持ち直すものではないために、通年よりは催し物の少ない期間がしばらく続いたあとようやく活気が戻ってきたかと思われる頃にまた新たな発布が出された。


【王弟オスカー・マルブライトは王位継承権を返上し、臣下に下ることとなった。同時に国王より新たに家名と爵位、領地を授けられ、オスカー・アルデバラン公爵として今後とも国民のため尽くすことを王国に誓いを立てた。

また昨今の国のあり方を改めて議論したすえ、新たに魔導騎士団と魔導士養成所の二つの機関を設けることとあいなった。

魔導騎士団はアルデバラン公爵の指揮のもと新たなる国防機関として今後この国のさらなる安全を守ってくれることだろう。また国内において魔力の強いものは魔女シルヴィアの管理する養成所にて魔力制御訓練を受け、希望する者は魔導騎士及び魔導士になるためのさらなる修練を受けることとする。】


この発布には誰しもが喜んだ。

国のさらなる安全はもちろんのこと、ここ百年ほど全く王家の発布に名を連ねることのなかった魔女の名が新たなる機関に関わっていることが記されているのである。

若い者には魔女の存在を物語のものとしてとらえている者も多くいたが、王家がその存在を正式に表明したのだ。

もっとも発布のすぐ後に養成所と指定された元孤児院には多くの人が魔女の姿を見れるかと押し寄せたが、そこには魔女の弟子と名乗る者たちしかおらず落胆することになったが、それでも魔女が現代においても母国に多大なる加護を置いてくれていることを信者だけではなく誰しもが喜んだ。


そのあと行われた魔導騎士団のお披露目では誰もが彼らの容姿に感嘆の溜息をつき、そしてそれを指揮する立場となったアルデバラン公爵の登場にもさらなる盛り上がりを見せた。

10歳を境に表舞台から姿を消し一度は誰もが最悪の事態を想像もした王弟はどこも不自由することなく威厳あふれる姿で有望なる騎士たちを引き連れて馬上より国民の声援に応えていた。

その雄姿に胸をときめかせた乙女は少なくはない。




ウィズフォレスト領のカントリーハウスで騎士団のお披露目とそれを受けた国民の様子を書き綴った号外を読んでいたスピカの元にラリマーが足取り軽くやってくる。

彼はスピカの傍まで来ると嬉しそうに来客を知らせた。


「あら、どなたかしら?」

「あれ?お約束とお聞きしましたよ?」

「お約束・・・まあいいわ。応接、いえ、ガーデンテラスへとお通しして」


はい、と明るく返事をしたラリマーはスピカにとって本当の意味での最後の弟子である。

そもそも彼女の弟子というのは魔導騎士団及び養成所の基礎となるために育てた子たちで、活動が基盤に乗るまでは様々な苦労や困難が襲うだろうと弟子として自らの監視下に置くことで彼らの体調や行動を注視していた便宜上のもの。

まだ安全とは言えないまでも国家機関となった今、あとは弟子たちに後継の養成を任せても問題はない。


そういった意味ではラリマーも弟子とする必要はなかったのだが、こうでもしなければ彼自身が納得しないだろうというのがそれまで見守ってきた大人たちの総意だった。

本当はそのまま養子としてでも王家に置くことだってできたが、発布を知った国民も考えたように彼自身優しすぎたのだ。

きっとそのまま王家に残ったとしても母と祖父のことやそれまで偽ってきたという自責の念をこれからも背負っていくだろうし、いつかそれに耐えられなくなってしまう日が来てしまうかもしれない。

ならばいっそのこと自身の存在も過去も全てを捨てさせてしまったほうがいいのではと国王夫妻が考えた結果が魔女への弟子入りと自死という発表であり、そして今の彼を見る限りその判断は間違ってはいなかったのだろうと思えた。


周囲に花でも飛んでいそうな彼の様子を見る限り客人は王家の誰かだと推測がつくほど浮足立っている。

それから手元の書類を整理して客人を待たせたであろうテラスに赴いてもそこに人の気配は無く、周りを見渡しても風にバラの植木が揺れるだけだ。

その植木の奥から草の擦れるような音が聞こえた気がして、スピカはそちらに足を向ける。


「・・・何をしていらっしゃるの?」

「いや・・・うん、ちょっとだけ疲れていてね・・・」


テラスから見えた庭を少しだけ見ていようとしたところ疲れによる立ち眩みを起こしたらしい。

しゃがみ込んだままうなだれるオスカーを見かねたスピカは彼の下に布を敷き、植木の形をほんの少し変えて木陰を作る。

ついでにテラスに用意されていたティーセットも傍へと呼び寄せた。


「少し横になられたら?」

「ありがとう・・・」


スピカの厚意に礼を言って自身の着ていた上着を枕に横になったその傍らでスピカはハーブティを入れる。

しばらくは飲めないだろうが香りだけでも癒す効果はあるはずだ。


「ああ、もう、君の前ではいつも恰好つかないな・・・」

「あら?どこのどなたか存じませんが、わたくしたち初対面ですもの。いつもというのはおかしいですわね?」

「え?」


おかしなことを言いだしたスピカに目を向けても彼女は視線を全くあわせることなく自分のために入れた紅茶をすました顔で飲んでいる。


「わたくし『いつも』と言えるほどお会いしたことがあるのは陛下か不敬にもオリヴァーと名乗る根無し草の男くらいですわ。あなたのようなどこぞの高位貴族の方とは面識はございませんの」


これは拒まれているのだろうか、とそんな悲しい考えが頭を過るが、それならばこれまで同様屋敷に入れ無くすればいいだけなので、入れてもらえているオスカーはまだ拒絶されているわけではないだろう。

これまでの経験上、スピカもウィリアムと同じでわざとややこしい言い回しをする傾向にある。

そんな彼女の言葉をそのまま受け取るのは得策ではない。


目の前の高位貴族らしい自分を何度も会いに来たはずのオリヴァーとは別人だと言い切ったのは、あの時とはオスカーの立場が違うから。

あの議会の日以来オスカーとスピカは会えておらず、あれから今日までの間にオスカーは臣籍降下し新たにアルデバランという家名と公爵位を承っている。

つまり、挨拶からやり直せとこの魔女は仰せなのだと回らない頭でギリギリ思い当たった自分をオスカーは褒めてほしいと誰にともなく思った。


「ぁ、あー・・・、ちょっと、もうちょっとだけ待ってくれるかい?」

「病人を急かすような女に見えてますの?」


失礼しちゃうわと不貞腐れながらも労わるように額に置かれた手のひらは優しく暖かい。

その熱がじんわりと額から体全体に広がっていくように感じることから、どうやら回復魔法をかけてくれているらしい。

そのおかげで目のくらむ気持ち悪さどころかここ数日の倦怠感まですっかりと消えたオスカーはすぐに起き上がり、スピカの前に膝をついた。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。私はオスカー・アルデバランと申します。介抱いただきありがとうございました」

「当然のことをしたまでですわ。わたくしも自己紹介が必要でしょうか?」

「いえ、それには及びません。私はスピカ嬢、あなたにお会いするためにここにおります。本日、無礼にも先触れもなくあなたの元に訪れたのは外でもない、あなたへとお願いがありこうして参りました」

「お願い?」


居住まいを正し、少しだけ芝居がかった自己紹介をしたオスカーをおかしく思いながらスピカも淑女然として答える。


「実のところ私とあなたがお会いするのは今日が初めてではありません。遠き昔、それこそ私がまだ好奇心も抑えられぬ子供だった頃、私は我が家の庭であなたとお会いしました。淡いブルーのドレスを身に纏った少女に私は心を奪われてしまったのです。あなたは少し気分を悪くされていただけだったようでお互い名乗ることもなく三言ほど話をしてすぐに別れてしまいましたのであなたはもうきっと覚えていないでしょうけれど、その時交わした小さな約束だけを頼りに私は今こうしてあなたの元を訪れたのです。」

「まあ、そうでしたの?それで、そのお約束というのは?」

「あの日あなたは私の兄の婚約者候補として我が家にいらしていました。他にもたくさんのご令嬢がいらしていましたが、その時の異様な空気に飲まれたであろうあなたに私は辞退するように提案をします。そしてそれを渋るあなたにこう持ち掛けたのです。『もしもそれで将来いいお相手が望めない、なんてことになったらその時は僕が迎えに行ってあげる。』思い返せば自分でもなんと高慢なのかとお恥ずかしい限りですが、あの時の私は本気でした。今も本気です。あの日交わした拙い約束を、果たさせてはいただけませんでしょうか?」


オスカーは舞台のセリフのように長々と流暢に語っていたが、途中から言葉に熱がこもり、その視線も真剣なものへと変わり、スピカもその真摯な瞳をしっかりと受け止めた。


「あなたはご存じないかもしれないけれど、わたくしは魔女ですの。魔女が約束を守るかどうかなど、本当に気まぐれですのよ?待てど暮らせど一向に迎えにくる気配もありませんでしたけれど、それでもわたくしもずっとあの日に出会った彼をお待ちしておりましたわ。おかげで行き遅れですのよ?責任、取ってくださる?」


それはスピカらしく天邪鬼な答えだったけれど、まぎれもなくオスカーを受け入れる言葉で、オスカーははしたなくも小さくガッツポーズをしそうになるのを必死に耐えてもう一度姿勢を正す。


「では改めて・・・ウィズフォレスト辺境伯ご令嬢、スピカ様。国王陛下()よりいいお相手とは言えないかもしれないけれど、私の妻になってくださいますか?」

「いいお相手が身分や立場で決まるわけではありません。あの日約束を交わしたあなた以上にわたくしにとってのいいお相手はいないのですから。どうぞ、末永くおそばにおいてくださいませね?」

「もちろん!」


結局最後までかっこつけることはできずに、オスカーはにこりと微笑んだスピカを力いっぱい抱き寄せていた。

その締まりのなさに、お互いの顔を見合わせて笑った。







それから約一年後、マルブライト王国は盛大なお祝いムードに包まれていた。

王弟であるオスカー・アルデバラン公爵の婚姻お披露目式が執り行われたのである。

そのお相手がウィズフォレスト辺境伯の次女、スピカ嬢と聞いて驚いたものも多い。

何故ならその令嬢は彼の兄ウィリアム国王陛下の婚約者候補のお茶会で粗相をしてしまい、以来領地に籠ってしまっていたという噂のある、言うならば引きこもり令嬢なのだ。


婚約が発表された当初は弱みを握られたのだとか後ろ暗い密約でもあるのではなどとさまざまな下世話な憶測が飛んでいた。

しかし婚約発表のために開かれた夜会での二人の姿は誰から見てもアルデバラン公爵が彼女を溺愛し妻にと望んだことは明らかで、今となっては令嬢が領地に籠ったのもアルデバラン公爵の独占欲からだったのではと噂されるほどになっていた。


それほど公爵の溺愛はすさまじく、そしてそれだけの愛を受けるにふさわしいほど令嬢は美しかった。

ウィズフォレスト家というのは代々比較的見目のいい者が生まれる家系であるというのは貴族だけでなく市民も知るところだが、その中でもとりわけスピカ嬢は美しい令嬢なのだろうというのは、お披露目式にて公爵の隣に立つ彼女を一目見て誰もが思ったことだろう。


本来ならば公爵とはいえ一介の貴族の婚姻のお披露目がされるとすれば領地のみとなるが、王弟ということもあり国王と王妃の強い要望もありパレードまでとはいかずとも王都でもお披露目がされた。

純白のドレスに負けぬほど白い肌は程よく露出されていて、日の光を受けて輝くプラチナブロンドにたくさんの花を散りばめ、清き泉を覗いたかのような碧い瞳を細めて微笑む姿に女神だとそこかしこの人々の口から零れていた。

そう思えてしまうほど彼女は凛としていて、同時に瞬く間に儚く消えてしまいそうなほどの美しさを持ち合わせていた。


そしてそれをアルデバラン公爵が誰よりも一番思っていそうだとわかるほど隣立つ愛する人を見る目は眩しいもののように見つめていて、見守る人たちを恥ずかしくも幸せな気持ちにさせたのだった。

こうして晴天にも恵まれたこの良き日、オスカーとスピカは大勢の人に祝福されながら、婚姻という生涯ともに歩んでいく約束を交わしたのだ。





ー魔女との約束 終ー


これにて本編は終了となります!

皆様最後までご愛読ありがとうございました!

後日談も考えておりますので、そちら投稿されましたらまたよろしくお願いします!

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