18 魔女の弟子
それから十年経っても勉学と執務の合間に思いを馳せた少女が、麗しく成長した姿で目の前に現れもすれば思考も止まるというものだ。
どうにか用を済ませて城に帰ってすぐ兄に詰めよれば、必死なオスカーの様子に彼は悪びれもなくにっこりと笑った。
「なんだ、お前の言っていた令嬢とは魔女だったのか。候補者の中にというから省いてしまった」
なんてわざとらしく言うものだから思わず手を出したのはオスカーのせいではない。
なぜなら兄は最初からわかってて知らばっくれたのだから。
両親も同様で、母に至っては「顔を赤らめながらその様子を説明するオスカーがかわいくってつい。」なんて言い始めたから、顔を合わせるのを拒絶したがそれも遅れてきた反抗期!となぜか喜ばれたので二週間ばかりで断念した。
それでも結局こうして引き合わせてくれたのだから、これを機に頑張ってみようかと魔女との仲介役を交代してもらい通い詰めた。
オスカー自身執念深いというか重いとわかっているが、当の本人であるスピカは覚えていなさそうなのでゆっくりと関係を深めていくことを選んだのだ。
つまりスピカの聞き流していた「好いた女性に会いに来ている」というのは間違いではなかったことになる。
「わたくし一度会ったお方の顔は忘れないたちですのよ」
「・・・うん?」
つかの間過去に思いを馳せていたオスカーはスピカの言葉に彼女へと視線を戻す。
危うく聞き逃しそうになったが、今の言い方ではまるで最初からわかっていたかのようにも聞こえたのだ。
なんてことのないような顔でいつの間にか後一口となっていたワインが滑り込んだ口の端が上がっていて、次は?とおかわりを勧めるウィリアムも同じように笑っている。
そんな二人の様子にオスカーの脳裏に嫌な考えが過った。
「は・・・え、待って意地が悪すぎないか?」
「チャンスはたくさん与えていたよ」
「どこが!」
「魔女との面会を拒んだのはお前だろう?」
そういうウィリアムに一瞬何のことだと言おうとしたオスカーも心当たりを思い出して言いかけの口のまま固まった。
確かにチャンスはたくさんあった。
あの令嬢に会えないことや探しにもいけないことを抗議すれば度々「では魔女の館に会いに行くかい?」と父ケイネスやウィリアムは勧めてきていたのだ。
彼女が魔女であるなんて露ほどにも思っていなかったオスカーは魔女に彼女の居場所を探してもらえと言われているようで、魔女の役割をよく理解していた彼はそんなことは恐れ多いと拒んでいた。
ケイネスもウィリアムも早々にそのようにことを運ぼうとしていたので、もしそれに素直に従っていれば最短の2か月でオスカーは再会を果せていたはずことになる。
これも言葉が全く足りていないからこそ起きたすれ違いなのでやはり意地が悪いと兄をにらんだがそれに反応を示したのはスピカの方だった。
「ウィリアム様のせいではございませんでしょ。結局18年もの間、意固地になったあなたも悪いのですわ。魔女の知恵と力を借りるのはマルブライトの血を持つ方々の特権ですわ。それを利用せずに時間を無駄にするなど愚の骨頂でございましょうに」
「愚の骨頂・・・」
「約束しましたもの。18年もの間、わたくしずっとバラ園の彼が迎えに来てくださるのを待っていましたのよ?」
「そ、それって、」
なかなかにサクサクと言葉の刃を向けてくるスピカにオスカーは気を落としかけたが待っていたと告げられたことにその顔を喜色に染め上げた。
しかし顔をあげた先のスピカはオスカーの方など全く見てはおらず、彼女の目は何故かこの部屋のドアへと固定されていた。
「そんなことよりも、ようやくいらっしゃいましたわ」
「そんなことよりもはさすがに酷いと思うよ、スピカ嬢」
そのまま流れるようにその言葉を横においたことにさすがにウィリアムも自らの弟が哀れに思えて口を挟むが、それすらも受け流したスピカの気持ちはもうすでに部屋の外に向いていた。
ギィッとさして重くはないはずの扉がゆっくりと開いた隙間からはラルフレッドがおずおずとという顔で覗いていた。
「入りなさい、ラルフレッド」
「・・・はい、陛下」
何も言わなければそのまま扉を閉めて帰ってしまいそうなラルフレッドにウィリアムが声をかければ彼も従わないわけにもいかず、意を決したように部屋の中へと足を踏み入れ彼らの前へと進んだ。
「さて、君の意思を確かめたい。君はこれからどうしたい?」
「・・・」
どうしたい、と国王に問いただされてすぐに答えられるものは少ないだろう。
少なくとも自分が罪を犯したと思い込んでいる人物ならばなおのことだ。
その聞き方ではきっと話は進まないだろうとスピカが思えば、ウィリアムも思い至ったのか聞き方を変えようと言葉を続けた。
「君はアーノルドに誓ったそうだな。全てを捨て、どのような罰も受けいれ、そのうえでまだ国へ仕えることが可能な身であれば、生涯アーノルドへ忠誠を捧げることを」
「はい」
「その気持ちは今も変わらずあるのだな?」
「っはい!」
ラルフレッド自身もその誓いが矛盾していることはわかっていた。
どのような罰も受け入れるとなれば最悪は死を、よくて祖父と同じように爵位も何も持たぬまま王都追放が関の山。
後者なれば今まで習ってきたことを活かせば運よくどこかの傭兵か警備兵になれる可能性はあるが、それでその誓いを果せているかどうかの判断は難しいところだ。
それでもウィリアムの問いに答えたラルフレッドの目には先ほどまでのような揺るぎはない。
「なれば、ラルフレッド。全てを今ここで捨てなさい」
「今、ここで?」
どういう意味だろうと問う間もなく傍らに人が立ったのを感じてそちらに目を向ければ、すぐそばに優しい微笑みを浮かべるスピカが立っていた。
それだけで、ウィリアムが言わんとしたことが理解できたラルフレッドは素直に彼女に向かって膝を折った。
「汝、自身を表す名、自身を象る過去、自身を繋ぎとめる絆、その全てを捨て去る覚悟はあるか」
「あります。私は私の持ちうるすべてを捨て、魔女シルヴィアに師事することを望みます」
「なればその覚悟をこれに示せ」
魔女として普段とは違う口調で告げられる言の葉にラルフレッドが肯定で返せば、彼女は何の変哲もない石を差し出した。
その小さな石に手を重ねできうる限りの魔力を込めはじめるが、どれだけ注いでもその石が反応する様子はない。
この石が反応を示すのは自身の魔力を限界まで注いだ時、途中でやめてしまえば先ほどの誓いにはそれだけの覚悟がなかったとみられる。
そんなことは絶対にできないと一層力を込めたラルフレッドの視界がグラグラと揺らぎ、もう意識が朦朧とし始めたとき、ようやく石は反応を示した。
最初は仄かに光る程度、しかしその光は徐々に強さを増していき最後には一瞬目がつぶれてしまいそうなほど強く爆ぜるように光ったあと、静かにその光を治めた。
「汝の覚悟、魔女シルヴィアの名においてしかとこの手に受け取った」
そうスピカが言うや否やラルフレッドは力尽きたように崩れた体を両手を床につくことで支えた。
そんな彼の前にスピカはしゃがみ込み、労わるようにその頭を撫でたかと思えばその体を横に押して倒してしまう。
「これであなたはもうちょっとやそっとじゃ死なない体になったし、自我を失って魔力を暴走させることもないわ。ただし、わたくしには一生勝てない身になったけど。」
「・・・そ、じゃ、なくても・・・あな、たに、勝てるひとなんて、いるんですか・・・?」
「んー・・・フローラかな?」
息も絶え絶えのまま見上げたスピカの顔は9年前、5歳児にも容赦なく試練を与えた時と寸分も変わることもなく、その懐かしさにラルフレッドも当時のように笑った。
それから少し息を整えた彼はすぐに身を起こし、ウィリアムとオスカーへと向き直った。
二人ともに目の前で行われた儀式の厳粛さの余韻に浸るように呆けた顔でスピカたちを見つめていた。
「弟子入りの儀式は始めて見たな。それで、新しい名は?」
「そうね・・・アウインには届かないけれどとても透き通った碧だし・・・ラリマーはどう?」
「ラリマー・・・」
新しい弟子の名を問われたスピカは手元の石を見ながら判断し、ラルフレッドに向けて首を傾げた。
先ほどまではただの石のようだったそれはラルフレッドが魔力を込めたことで青く透き通った宝石へと姿を変えていた。
それこそが彼らの魔力の核であり本質、そして魔導騎士たちが持つそれぞれの名前の由来なのだ。
スピカの確認にそれを繰り返したラルフレッドを見て、スピカもウィリアムも問題はなさそうだと判断し話を進めることにする。
「では、ラルフレッドは自身の出生と母の不敬、祖父の愚行を嘆き今夜私室にて自死したことにする。それからシルヴィア、タイミングはずれたが予定通り魔導騎士団は王弟預かりの組織から王国所属の国家機関とする。ついでにそなたの持つ訓練生と魔力持ちの孤児院、それらも国家機関に登録し、以降魔導騎士団養成所として機能させることで相違ないな?」
「問題ございません」
「オスカー、今日表舞台へと顔を出したのだ。今後同じように活動はできんだろう。いい加減表舞台に戻らないか?」
「今更戻って何が変わるというのです」
「そうだな・・・アーノルドもすぐ成人、魔女の加護も盤石。となれば継承権の放棄を認め、爵位を授ける。その方がスピカ嬢も嫁ぎやすかろうな?」
「そのお話お受けします」
一息も入れぬ即答にスピカだけは困ったような顔をしたが、ウィリアムもラルフレッドもおかしそうにただ笑うだけだった。
次回で本編終了予定です!




